祖母の嫁入り道具からはじまった「宇佐美商店」。100年モノのぬか床で守る郷土の味

福岡県北九州市の城下町、小倉は1602年に築城された小倉城を中心に栄えました。今は新幹線が止まる小倉駅を有し、本州と九州を繋ぐ玄関口となっています。そんな小倉の郷土料理「ぬか炊き」を販売するのが、1946年創業の「百年床 宇佐美商店」です。2016年に宇佐美雄介さんが店主としてお店と味を受け継ぎ、切り盛りされています。

「宇佐美商店」が店を構えるのは、小倉駅から歩いて10分ほどの場所にある旦過市場。大正時代のはじめ、市場に沿うように流れる川から荷揚げされる場所としてスタートした北九州の台所です。野菜や肉、魚などの食料品や乾物、練り物、製菓などさまざまな店舗が軒を並べますが、よく見かけるのが「ぬか炊き」。漬物を作るぬか床と一緒に、近海で採れたイワシやサバを煮込んだもので、「じんだ煮」「ぬかみそ炊き」とも呼ばれています。

宇佐美商店はぬか炊きの専門店。店主である宇佐美雄介さんの祖母が嫁入り道具として持ってきた、およそ100年の歴史あるぬか床を使ったぬか炊きを販売しています。宇佐美さんにとって、父方の祖父母の店だったお店です。幼少期は転勤族の父とともに、全国を転々としていた宇佐美さん。2016年に、東京から小倉にIターンして店を継ぎました。

IT関連会社からキャリアチェンジ。祖父母のふるさと、北九州市へIターン

宇佐美さん「学生の頃に父親から『継ぐ気はあるか?』と聞かれたことがあって、周囲の期待を感じることもありましたが、若いころは祖父母の店を継ぐことは考えていなかったんです。学校を卒業後、東京で教育分野のIT関連会社に就職しました。でも会社員として10年ほど働いた頃、ずっとやりたかったキャリア教育に関する仕事にチャレンジしたいと思い、転職活動をはじめました」

旦過市場にお店を構える宇佐美商店の店主、宇佐美雄介さん

子どもたちにキャリアについて考えるきっかけを与えられるような仕事がしたいと、いくつかの企業に応募したものの、残念な結果が続くことに。あまりにもはっきりとやりたいことが決まっていたがために、「うちの会社では難しい」と言われてしまったそうです。そして同じ頃、父親から再び宇佐美商店の事業承継の話を持ちかけられたそう。

宇佐美さん「いつかキャリア教育に携わりたいという想いはもちろんあります。そのとき、店を継ぐことで、サラリーマンとしてだけでなく、別の働き方や生き方を子どもたちに見せられることになるんじゃないかって思ったんです」

宇佐美さんはまず見習いとして2年間、当時店を切り盛りしていた2代目である叔母とともに働き、2018年10月に代表として正式に店を継ぐことになりました。

店の味の決め手。祖母の代から続く「ぬか床」の管理に苦戦

宇佐美さん「祖母からは『やるんだったら、あなたにまかせる。好きにしていいよ』と言ってもらえました。福利厚生は少しだけ整備する必要がありましたが、大きな負債があるわけではなく、プレッシャーもそこまで感じなかったですね。会社員時代から、祖父母の家に帰省する年末年始はお店の手伝いをしていたので仕事にもすんなり馴染めました。今は僕と叔母、そして数人のパートさんが中心となってお店を回しています。

地元の常連さんもすでにいらっしゃったので、事業承継とはいえとてもやりやすかったです。ゼロからの営業は大変ですから」

ぬか床には無数の菌が生息し、とてもデリケートなもの。気温や湿度など気候の変化を受けやすく、さらに人の体温や混ぜ方ひとつでもその味は大きく変わります。まるで生き物のように変化する味に対して「育てる」という意識が必要なぬか床の管理に、宇佐美さんはとても気を遣っているそうです。

宇佐美さん「およそ100年の歴史があるぬか床は、店の要です。会社として、そのぬか床を守らなければいけないとはいえ、季節やその年の気候の影響、混ぜ方ひとつでも発酵スピードや味が変わるんです。叔母から教わったり、自分で本を読んで勉強したりすることもありますが、どちらかといえば誰かに教えてもらうというより、日々みんなで作りながら学んでいますね。これはずっと勉強だと思います」

新しい小倉名物として、遠くの人でも食べられる新商品を開発

「博多は明太子、小倉はぬか炊き」と多くの人にイメージを持ってもらうことが目標だと宇佐美さんは言います。

宇佐美さん「福岡名物は明太子やもつ鍋のイメージがあるけれど、どれも福岡市が中心の名物。『小倉ならコレ!』という名物として、ぬか炊きの名前を挙げてもらえるようになればいいですね。

そこで、新商品として開発したのが「百年床のぬか炊き缶」です。日持ちしないため、お土産として購入して帰るのは難しいと諦める人も多かったので、お土産やギフトにもなる商品を作れたらとの思いで缶詰にしました。スタンダードな「本味」、唐辛子を加えた「辛口」、さらに缶詰オリジナルで「梅肉」の3種類があります。パッケージは、地元・北九州で活躍するデザイナーに依頼し、シンプルながらおしゃれな雰囲気にしてもらいました」

またお店がある旦過市場をもっと知ってもらいたいとの思いから、市場の若手メンバーと手を組み、「旦過市場の詰め合わせセット」を販売。人気YouTuberとコラボして、商品や市場の魅力をPRする取り組みも行いました。

宇佐美さん「旦過市場にお店を構える方の中には、ネット販売に興味はあるけれど、どうやればいいのか分からない、ネットに抵抗があるという方もいます。そこで僕が発起人となって声をかけ、市場で販売する商品をセットにしてネット販売することになったんです」

市場全体で協力した新たな取り組みであるお土産セットの売れ行きは上々。YouTubeの動画再生数も順調に伸びています。

事業拡大に向けた課題も。周囲の期待は「いい意味でプレッシャー」

宇佐美さん「新しいことにチャレンジしていると、モチベーションもアップします。小さいお店だからこそ、新しい商品や企画に取り組んだとき、すぐにお客さまの反応が見れるのはうれしいですね」

小さい頃から手伝っていたことや周囲の理解もあって、事業継承そのものはとてもスムーズに進んだそう。しかし、これまではあまり山場がなかった一方で、課題はこれからだといいます。

再開発が予定され、宇佐美商店がお店を構える「旦過市場」

宇佐美さん「旦過市場は、今年から再開発が始まって、2027年に完成する予定です。今の建物は取り壊して工事が行われますが、その間、店の形をどうしていくかを考えています。事業を拡大するとなれば、本格的に人を雇うことも考えないといけない。人数が少ないとできることも限られてしまいます。これからさまざまな課題に立ち向かっていかなければなりません。

もともとキャリア教育に興味があったこともあり、いずれは地元の子どもたちを迎えて社会見学のようなものをしてみたいです。若い頃から働く大人や現場に触れる。話を聞ける場所が作る。地域と連携して、働く人の姿を見て働くイメージをつける。そうすることで、仕事に対する意識をより身近に持ってもらい、将来の職業選択の幅を広げるきっかけになれればいいですね

地元が誇る郷土料理を軸にした新しいチャレンジ。旦過市場の開発の行く末とともに、市場にある宇佐美商店をはじめとする古くから続く商店の今後には多くの人が関心を寄せています。「いい意味でプレッシャーですね」と笑う宇佐美さん。祖母から孫へ受け継がれた100年モノの郷土の味が、新しい門出を迎えています。

文・戸田千文

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