事業承継ストーリー

26歳で銭湯「梅の湯」を継いだ若き当主。銭湯の枠を超え、まちの賑わいの要に

ある程度まとまった土地と、数億を超える莫大な資金。

これは銭湯を新しく始めるために、最低限必要な資源なのだそう。新規参入が簡単でない上に、建物の老朽化、経営者や利用者の高齢化、後継ぎの不足など、銭湯業界には様々な問題が山積しています。

そんな銭湯という業種に、新しい風を起こし続けている人がいます。東京都荒川区にある銭湯「梅の湯」の3代目、栗田尚史さんです。

26歳の若さで跡を継いだ栗田さんは、12年が経った今でも、荒川浴場組合の中では一番年下だといいます。そんな若き当主に、銭湯を継いで思うこと、未来の話を伺ってみました。

開店前には行列ができる、商店街の賑わいの中心

梅の湯は、荒川区西尾久という小さな街の一画にあります。目の前にある商店街は、かつては活気があり、自転車に乗ったままでは前に進めないほど、人が歩いていたのだそう。

現在は新たにお店を始める人が少しずつ増えてきてはいるものの、夜になると人出はほとんどなくなり、寂しい印象がぬぐえません。

その中でひときわ目を引くのが、梅の湯です。一般的に想像する銭湯のイメージからは程遠く、清潔感のある白を基調とした建物。

入口にはオリジナルでデザインしてもらったという、おしゃれなロゴマークのついた看板が目に入ります。

開店の15時前には、一番風呂を浴びたい人が行列を作り、たくさんの人が今か今かと待ちわびています。

また「梅の湯が定休日の月曜は、うちも店を閉める」と決めている周辺の飲食店も多いほど。街の活気の中心を担っています。

栗田さん「祖父母の代からずっと銭湯をしていたので、僕にとってここは”おばあちゃんの家”。遊びで店番をしたり、ご飯を食べさせてもらう代わりに、風呂掃除をしたり。

だからなんとなく、銭湯ってどんな仕事をする場所なのかは、子ども心に分かっていたような気がしますね」

若い世代の自分だから、できることがあるのかもしれない

栗田さんは大学を卒業後、東京の印刷会社に就職。銭湯とはまったく違う業界に身を置くことになりましたが、後を継ぐことに対してのプレッシャーはほとんどなかったのだそう。

会社勤めだった頃、栗田さんの母が梅の湯のフロントスぺースの一部を使って、焼き鳥屋を始めたいと言い出しました。

先代である母も銭湯運営に関わっていたので「人手が足りなくなるから一緒にやらないか」と声をかけられたのが、後を継いだきっかけだったといいます。

栗田さん「自分の実家が銭湯だったもんだから、よく風呂屋は好きで、いろいろと巡っていたんです。でもどこの銭湯も、時代から取り残されている感じがして。

それが”味”だからいいんだけど、自分だったらこうするのに、と思う改善策がいくつもあったんです。もしかしたら若い世代の自分だからこそ、何かできることがあるのではないかと思い、後を継ぐことを決めました」

SNSを駆使して、銭湯の中を「見える化」した

掃除が行き届き、清潔感のある梅の湯の内部

跡を継いでまず初めに取り組んだのは、当時まだ日本に上陸して間もなかった、Twitterのアカウントを開設すること。とにかくWebやSNSを駆使することを意識したといいます。

栗田さん「すごく大きな変化はなかったけれど、少しずつ情報発信をすることで『この場所が銭湯だと初めて知った』という人が周りに山ほどいるのだと知りました。

銭湯って中を気軽に見ることができない場所じゃないですか。来たことがある人とない人では、その壁がどんどん厚くなってきていたんです。だからWebやSNSを通して銭湯内の様子を発信し、少しずつ壁を取り壊していこうと思いました」

DX化して浮いた時間で、新しい取り組みに挑戦

タブレットやキャッシュレス決済を導入し、利用者の利便性向上と帳簿の管理の簡略化を同時に行えるようにした

情報発信だけではありません。パソコンが使える人がいない、帳簿が手書き、経営の管理が曖昧、チラシが分かりづらい……。

掃除や経営などの基本業務と並行しながら、挙げればキリのない課題の山を、乗り越えていく日々でした。

栗田さん「何も試されていない業界だからこそ、気持ちは楽でしたけどね。パソコンなどの新しい仕組みを取り入れることで時間ができる。

その時間でもっと掃除をしたり、イベントなどの新しい活動をしたりすれば、銭湯はより良くなるんじゃないかと思いながら取り組んでいました」

お風呂屋に求められていることを、根本から見つめ直した

フロントスペース。営業していない時間帯にイベントを開催することも

後を継いでから5年ほどが経ち、銭湯経営の基本を学んだ後に取り掛かったのは、老朽化した梅の湯のリニューアルでした。

毎日使う機械や配管はどうしても古くなるため、2,30年に一度は、こうした修繕は必要なことだといいます。

1年半も営業をやめる覚悟の上取り掛かった、リニューアルプロジェクト。こだわったのは、とにかく空間を活かす、理想の銭湯を作り上げることでした。

栗田さん「自分の家にも必ずと言っていいほど風呂がついているのに、あえて銭湯にくる意味ってなんなんだろうって、ずっと考えていたんです。それは天井が高く、開放的で広々とした空間なのだと気づきました。

本当は銭湯の上に賃貸物件も一緒に作って、マンション経営をすることも考えていたんだけど、やめました。

その分少しでも天井を高くして、風呂の数を増やし、みんなが気持ちよく入ってもらえるような銭湯をつくろうと決めたんです」

高い位置にも窓がある、気持ちの良い空間に生まれ変わった

リニューアルは大成功。「女性が来ない、若い人が来ない、子どもが来ない」と叫ばれる銭湯業界の通説は、梅の湯には当てはまりません。老若男女、みんなに愛される銭湯に生まれ変わったのです。

さらに以前は客数が減少し、場所を持て余していたフロントスペースも思い切って広くすることに。

今まで銭湯に一度も来たことがなかった人に対して、訪れるきっかけとなるようなイベントもできるようになりました。今でも新しい銭湯の在り方を、模索し続けています。

人が集まる場を活用して、地域のために何ができるのか

近隣の図書館と連動して配置している”街なか図書館”。外部とのコラボレーション施策で地域に開かれた銭湯となっている

そんな栗田さんは現在、梅の湯の運営だけでなく、商店街の活気づくりなどにも関わっています。

栗田さん「ずっと梅の湯の中にいてお客さんを迎え入れ続けるだけでは、今後さらに多くの人に来てもらえるイメージはどうしても湧かなくて。だったら僕自身はもっと外に出てもいいのかなって。

やっぱり自分たちが住んでいる街は楽しいほうがいいじゃないですか。みんなが楽しくなることを望んでいて、銭湯にその可能性があるのであれば、どんどん広げていきたいなって思います」

コーヒー牛乳などの定番商品だけでなく、クラフトビールやアイスクリーム、ガチャガチャなど販売商品は多岐に渡る。単なる入浴施設でなく、”家族の憩いの場”という新しい体験価値を生み出した

お風呂を求めて、時間になればわらわらと人が集まってくる……。この銭湯ならではの習性を、近隣の店にも繋げていきたいと話す栗田さん。梅の湯の1階で母が経営する、焼き鳥屋「梅京」だけでなく、もっともっと他の店にも。

軌道に乗った梅の湯も見つつ、現在の栗田さんの視野は、地域、そして銭湯業界全体を見据えています。

お風呂上がりのさっぱりとした顔が見たい

最後に栗田さんに、銭湯業界を目指す人へのアドバイスを聞いてみました。

栗田さん「まずは銭湯の”リアル”を知ることが、とても大事です。銭湯のある地域はどんな場所なのか、どんなお客さんが来ているのか、掃除は行き届いているか、経営はどうなっているのか。

銭湯ってやっぱり、自分の家の近くにあるからこそ行くもの。他所の地域から人を連れてくることが無駄だとはいわないけれど、見るべきところはやっぱり、自分の目の届く範囲のことなんだと思うんですよね」

お客さんの風呂上りのさっぱりした顔を見ると、やりがいを感じるのだという栗田さん。掃除などの基本の業務を怠らず、目の届く範囲の人や地域を喜ばすためにできること。今日も栗田さんは、そのことだけをずっと考え続けているのです。

文・撮影 櫻井朝子

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