惜しまれつつ閉店した「キャプテン」が、新たな“キャプテン”を迎え復活

天神や博多へのアクセスが良く、福岡市のベッドタウンとして注目を集める那珂川市。まちにチェーン店が増える中で、喫茶店「喫茶キャプテン」は39年に渡り地域の人に愛され続けてきました。

しかし2019年の6月、店を運営する岡本さん夫婦の体調不良が原因で、お店を閉店することに。すると「それは困る!」と長年通い続けた常連さん達が中心になり、後継者探しが始まります。

那珂川市でまちづくり会社を営む木藤亮太さんも、当初は後継者探しに協力していた一人でした。ところが後継者はなかなか見つからず、木藤さん自身が後継者として立ち上がり、「喫茶キャプテン」を承継することになったのです。

今回は前オーナーの岡本信行さんと現オーナーの木藤亮太さんに、承継の経緯や想いについて、話をお聞きしました。

底引き漁船の“キャプテン”から喫茶店の“キャプテン”に!

11年間続けていた底引き漁船の仕事を辞め、30歳で「キャプテン」を創業した岡本さん

キャプテンのオーナーである岡本さんは福岡市内で底引き漁船の船長(キャプテン)として東シナ海で漁に当たっていました。30歳で退職し、船上でも淹れて飲むほど大好きだったコーヒーを仕事にしようと喫茶店を開きます。

土地所有者と相談し、船舶の帆をイメージしたゴシックアーチ型の店舗を建て、店内には操舵輪や航海灯など、船にちなんだインテリアを施しました。船長という意味の“キャプテン”を店名に掲げ、岡本さんは第二の人生をスタートさせたのです。

オープンしてしばらくは、コーヒーとカレーやスパゲティなどの軽食が中心でした。その後徐々に日替り定食などの食事メニューも増やし、地元客のみならず遠方から訪れるファンも増えていきました。

そんな岡本さんご夫妻に転機が訪れたのは、開業40周年が見えてきた頃。長年の立ち仕事の負担が大きく、体調面から店舗運営を続けることに限界を感じ始めます。

創業当時からの看板メニュー「ウインナーコーヒー」

岡本さん「そろそろ店をたたもうと妻に話し、6月30日に閉店することに決めました。

私はオープン当初から、商売をする以上はきちんと経営していこうという気持ちで、税理士さんにも入っていただいていたし、コツコツと真面目にやってきたんです。40年くらいで引退するかなとも思っていましたし、閉店することに対して全く躊躇はなく、むしろ清々しい気持ちでした」

しかし、長年通い続けた常連さんたちに話すと、「それは困る!」との声があがり、周囲の人々を巻き込んだ後継者探しが始まったのです。

人々から長く愛され続ける“地域の財産”をなくしてはいけない

当初は後継者探しに協力していたが、最終的に自身が後継者となった木藤さん

猫すら歩かないと揶揄された「油津商店街」(宮崎県日南市)を再生し、“地域活性化の請負人”として知られる木藤さん。実はここ那珂川市には母方のご実家があり、子どもの頃から馴染みがあり、大学に進学してからはこの地域を拠点に暮らしてきました。

木藤さん「私が子どもの頃は、この通りにも地元のお店がたくさんありました。けれど、殆どがチェーン店になり、便利にはなったかもしれないけれど、どこにでもあるまち並みになってしまったんです。

当時から『キャプテン』の建物を見て育ったので、この風景がなくなってしまうことが嫌でした。何より地元の皆さんから愛されているお店がなくなってしまうことが寂しいと思い、後継者探しをお手伝いさせていただくことにしました」

なんとかこの店を残したいという想いで後継者を探したものの、候補者はなかなか現れず。「ならば自分がやるしかない」と、木藤さんは友人と事業承継会社「バトンタッチ」を立ち上げ、経営を引き継ぐことを決意したのです。

「承継の意志をビジネスライクと受け取られたくない」と考えた木藤さん。客入りの少ないランチタイム過ぎに訪問するなどの配慮をしながら、自分の気持ちを伝えていきました。

木藤さん「実は若い頃、キャプテンに入って注文する前にPCを開き、岡本さんに怒られたことがあるんですよ(笑)。そのくらい喫茶店の空気感や文化を大事にされていて、お客様の居心地のいい空間を守ってこられたことは理解していました。

だからこそ、少しでも看板やレシピを雑に扱えば断られると思い、順序立ててコミュニケーションをとっていきました。何回目かに通った日、ふと私の祖母の話になったんです。祖母がキャプテンの常連だったことを伝えると、『富子さんの孫ね?富子さん、孫の自慢してたよ』って。ぐっと距離が縮まった瞬間でした」

店内の一角には岡本さんご夫妻が引退した日の日めくりカレンダーが飾られている

こうして承継話がまとまり、岡本さんが閉店を告げる張り紙を貼ったのは、閉店の1ヵ月前のこと。それから閉店までの日々は、岡本さんご夫妻との別れを惜しむ常連客がたくさん訪れました。

岡本さん「お客様がお花やお菓子をたくさん持ってきてくださいました。あんなにたくさん来てくださるとは全く想像していませんでしたね」

ラスト1週間となると、さらに忙しくなり、開店前日に居合わせた木藤さんと新体制の店長は、岡本さんに「手伝わせて欲しい」と申し出ます。

木藤さん「新体制で店長を務める予定だった橋本さんが、『お手伝いしたい』と言ってくれました。忙しい中でも長く通ってくださる常連さんを紹介してくださいましたし、最終日まで2日間お手伝いさせていただけたことは、貴重な経験となりましたね。お客様と接点を持つことができましたし、このお店がどれだけ愛されていたのかを、肌で感じることができました」

2019年夏、新たな船出を迎えた新生「キャプテン」

木藤さんたちは、『キャプテン』というお店を受け継ぐために、コーヒーの淹れ方やフードメニューの作り方、カウンターでの立ち振る舞いに至るまで、約1ヵ月に渡り岡本さんご夫妻から教えていただく時間を設けました。

木藤さん「私自身、油津商店街でもカフェを経営しているので、ある程度飲食のノウハウはありましたが、39年間で培ってきたノウハウは学ぶことが多かったですね。開店準備の期間中に何度も来ていただいて、“キャプテン流”のやり方を教えていただきました」

岡本さん「私が望んだのは、長年通ってくださっているお客様の居場所を残して欲しいということだけでした。その方々の声があったからこそ、『キャプテン』を承継することを決めたワケですから。そこさえ大切にしていただければ、あとはやりたいようにやってくださいと伝えました」

2019年8月21日。『キャプテン』は新たな“船出”を迎えました。

木藤さん「みんな緊張していましたね。何十年も岡本さんのコーヒーを飲まれていた方にコーヒーをお出しすることは、身の引き締まる想いでした。その日はテレビの取材も入っていましたし、ランチタイムは満席に! とにかく忙しくて1日があっという間に過ぎていきましたね」

那珂川市を“住むまち”から“暮らすまち”へと変えていきたい

午前中は長年通う常連さんたちが訪れる。この日は岡本さんとの再会を喜んでいた

新体制での船出から約1年半。昨年春以降は新型コロナウイルスの影響もあり、時短営業やテイクアウトなどイレギュラーな状況に見舞われます。

木藤さん「岡本さん時代の常連さんが変わらず来てくださっていることは、とても嬉しいですね。また、普段は博多や天神で働かれている界隈の住民の皆さんが『在宅勤務になったから』と来てくださることも増えました。地域の皆さんの支えが、心から嬉しいですね」

一方、那珂川市のまちづくりに取り組んできた木藤さんは、那珂川市の課題をこう語ってくださいました。

木藤「那珂川市人口は増えていますが、その多くの方は福岡市内で働いています。食事やショッピングも福岡市内で済ませてしまうため、那珂川市には雇用も消費も殆どないのが現状です。

私は那珂川市を“住むまち”から“暮らすまち”へと変えていきたいと考えています。『キャプテン』を承継させていただいたのも、そんな想いからなんです。これからも、ここ那珂川市で“暮らし”とつながっていける取り組みを広げていきたいですね」

岡本さん時代から通う常連さんのほか、近所の家族連れや学生など、新しい客層も順調に増えている

木藤さんたちが立ち上げた株式会社バトンタッチは、『キャプテン』のほかにも、福岡市近郊などの足を運べる範囲で事業承継をサポートし、長年愛され続けてきたお店を守り後世に伝える活動に取り組んでいく予定とか。

長く愛され続けてきたお店を守り伝えることは、地域の財産を守ること。その活動が広まっていくことに、地域の未来に期待が膨らみます。

文:寺脇あゆ子

relayでは事業の買い手を募集しています。

惜しまれつつ閉店した「キャプテン」が、新たな“キャプテン”を迎え復活