事業承継ストーリー

「この街の財産がなくなるのは困る」。常連客が縁を繋ぎ実現した「喫茶店Cotty」の承継物語

1976年、福岡市中央区の住宅街に創業した喫茶店『Cotty(コティ)』。初代オーナーから店を引き継いだ大嶽俊雄さん・みづえさんご夫妻は、1986年から34年間この店を営んできました。

年齢や家賃の値上げをきっかけに店をたたむことを考えた大嶽さんでしたが、この店を愛するある人物が縁を結び、福岡市内でカフェやコーヒースタンド、レコードショップを営む児玉太樹さんが引き継ぐことになったのです。

前オーナー時代の常連客が縁を繋ぎ、『コティ』存続の道を拓いた

ビルやマンションが建ち並ぶ福岡・高砂に『コティ』はある

福岡・高砂といえば、住宅街であり近年は個性的な飲食店やショップが点在するエリア。今でこそビルやマンションが建ち並んでいますが、大嶽さんが店を引き継いだ頃は一軒家が建ち並ぶ住宅街だったそうです。

大嶽さん「朝から晩まで、とにかく忙しかったですね。朝7時には店に来ていたけれど、それよりも早い時間から駐車場で待っているお客様もいました。当時は若かったから20時まで営業していたけれど、年齢を重ねるとともに徐々に営業時間が短くなっていったんです」

当初は70歳で引退しようと考えていた大嶽さんですが、あと5年はできそうだと、次の目標を75歳に設定します。そして、75歳が見えてきた頃、「80歳まで続けるのは難しいかな」と考えるようになったそうです。そして、追い打ちをかけるように不動産会社から「家賃を値上げしたい」と言われ、引退を決意しました。

前オーナーの大嶽俊雄さん。コロナ禍もあり、久しぶりに店を訪れた

大嶽さん「夫婦2人で細々とやってきましたが、家賃が上がるとなると話は違ってきます。極端な話、赤字になってまで続けることはないと考え、引退を決意しました。そして、店をたたむことを決めたことをジョニーくんに言わなくちゃと思いました。『店を閉めようと考えたとき、絶対に連絡して』と言われていましたから」

ジョニーくんとは、同じビルの2階にセレクトショップ『moreAXE』を構える山下致賞さんのこと。山下さんは2018年、自身の店の移転先を探していたとき、1階に『コティ』があることを理由に、このビルへの移転を決め、打ち合わせやランチなど足繁く通い、大嶽さんご夫妻との親交を深めてきたといいます。

山下さんは「このような店があることは街の財産。このままの状態で次世代に受け継がないといけない」と考え、以前から親交のあった児玉さんに相談しました。

オーナーの児玉太樹さん。福岡市内でコーヒースタンドやレコードショップなどを営む

児玉さん「私は渡辺通に店を構えるレコードショップ『LIVING STEREO』の移転先を探していました。ご縁があって、いちばんに声を掛けてもらえたことは嬉しかったですね。初めてこの物件を見せていただいたとき、この空気感に感動して、ここはレコードショップにするには勿体ないなと直感。店名もスタイルも、そのまま引き継がせて欲しいとお願いしました」

店名や空間はそのままに。価格も最小限の値上げに留める

開店から40年以上が経っているとは思えないほど綺麗な状態を保っている店内

山下さんが繋いだご縁によって、『コティ』という名前も空間もそのままに、2020年5月、児玉さんがオーナーとなり、新たなスタートを切りました。

大嶽さん「味を引き継ぐというのは、いい面もあるけど、そうではない部分もあります。たくさんのお客様が来てくださるのであれば、そこまで厳密に引き継ぐこともないと思いました」

その美しいフォルムが目を惹く「オムライス」(750円)は大嶽さん時代も今も人気を集める

フードメニューは、大嶽さん時代とほぼ変わらず。とんかつ定食がポーツかつ定食になったくらいとのことですが、レシピや味を引き継いだりはしなかったそうです。ただ、価格を変えることに、児玉さんは慎重になったと言います。

児玉さん「もともとがとても安すぎて。それぞれ50円ずつ値上げさせていただいたんですけど、それでもポークカツ定食が700円というのは安いと思うんですよ。とはいえ、突然900円になってこれまで来てくださっていたお客様が離れてしまうことが、いちばん嫌だったんですよね。スタッフからも『もっと上げた方がいいのでは?』と言われましたが、そこは頑なに守りました」

児玉さんが引き継いだ後、店の奥から出てきたというマッチ箱

再オープンした当初は児玉さんが店に立ち、大嶽さん時代から通ってくれている常連さんに「自分たちが引き継いだ」という話をできていたそうですが、当時、4店舗を運営していた児玉さんは多忙を極め、徐々に現場に入れなくなっていったそうです。

児玉さん「今でも大嶽さん時代のお客様が来てくださっていることは、とても嬉しいですね。ただ、頻度が減ってしまった方もいて。そこはもっとうまくやれたらよかったなと思っています」

大嶽さん「今日も当時のお客様から『久しぶりにコティに行ってきたら、忙しそうにしていたよ』とメールをもらいました。引き継いだのは間違いだったと思われるのは申し訳ないので、賑わっていると聞くのは嬉しいですね。児玉くんはやり手で実績も上げているから、私がいろいろ言うことはありません。私たちはSNSでの発信とかもできなかったし、若い人の考えでやっていってもらったらいいと思っています。今後もコティがより発展することを望んでいますし、応援し続けたいですね」」

以前よりも幅広い世代のお客様が来てくれています

店内の照明やインテリアも40年以上前のもの。大切に使われ続けてきたことがわかる

2020年12月、児玉さんは約20年間営んできた福岡・大名で営んできたカフェレストラン『STEREO』を閉店させたばかり。『STEREO』とは、2002年4月にオープンして以来、福岡カルチャーを発信し続けてきたお店で、児玉さんは学生時代から約17年間働き、経営を受け継いだ自身にとっても思い入れのある場所でした。10数年前は大人の町だった“大名”も、ここ数年は街の雰囲気も変わってしまい、新型コロナウイルスの影響もあって閉店を決めたといいます。

児玉さん「『コティ』があって本当によかったと思っています。今は『STEREO』のベテランスタッフも『コティ』に入り、長年通ってくださっている常連さんともうまくコミュニケーションが図れるようになってきました。『STEREO』は復活させたいと考えていますが、現在は『コティ』で『STEREO』のメニューも提供しており、『STEREO』の常連さんも来てくれています」

現在もLINEなどで連絡を取り合っているという大嶽さんと児玉さん

取材に訪れたのは平日のランチタイムが終わった頃。店内は家族連れや女子高生など、さまざまな世代のお客様で満席でした。大嶽さんは、その様子を嬉しそうに眺めています。

大嶽さん「私たちの頃はお母さんが子どもさんを連れて来たりはしていましたが、高校生はいませんでした。今はいろんなお客様が来てくださっているみたいですし、嬉しいものですね。お客様が入っているかはいつも気になりますから、これだけ流行っている様子を見られて安心しました」

引退後、大嶽さんは趣味の山登りのため、奥様ともに毎日トレーニングに励んでいるそうです。

大嶽さん「お店をしていた頃も、年に数回、休みを取って山登りに行っていました。コロナ禍で今は行けないけれど、落ち着いたらすぐにでも山に行きたいですね。そうそう児玉くんも一緒に山に登ろうって話しているんですよ。落ち着いたら一緒に飲みにも行きたいですね」

店名や空間はそのままに、夜のバー営業など新しいことにも取り組んでいく

最後に。児玉さんは『コティ』の未来について、こう語ってくださいました。

児玉さん「難しいことはせず、まずは50周年をめざして地道にやっていきたいと思っています。これまで来てくださっていたお客様にも来ていただきたいですし、新しいお客様も増やしていけるといいですね。また、時短要請が解除されたら、夜はバー営業もしていきたいと考えています」

児玉さんが『コティ』を引き継いで、まもなく1年。これまでの『コティ』らしさを守りつつ、新しいことにもチャレンジしながら、この街に必要不可欠な場所であり続けることでしょう。

文・寺脇あゆ子 写真・竹内さくら

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