事業承継のベテランが豚まんを受け継ぐ。味はそのまま、生まれた土地で恩返し

大分県別府市の温泉街、鉄輪(かんなわ)にある「鉄輪豚まん本舗」は、2002年の創業から約20年間、地域住民や観光客に愛されてきました。同地域の旅館「入船荘」を営む後藤美鈴さんが「鉄輪の観光に貢献したい」との思いで、まちおこしの一環で創業しました。

後藤さんのほか、地元有志数名で地獄蒸しを使った鉄輪の名物土産を考える中で生まれた鉄輪豚まん。具材は大分県産の豚肉や椎茸を使用し、地産地消による地域貢献を目指しています。

しかし従業員や後継者の確保が難しく、後藤さんは廃業も検討していたそう。地域の文化資源などを守るための事業承継に力を入れる「大分みらい信用金庫」や、佐賀県に本社を置く「クロスダM&Aセンター」を介して、2021年8月、大分市に本社を構える「ヤマナミ麺芸社」に事業を引き継ぐことになりました。

生まれ育った鉄輪に恩返しがしたい

簡単そうで難しい包み加減

鉄輪豚まん本舗の事業を引き継いだヤマナミ麺芸社は、大きく二つの事業を展開しています。一つはラーメン店の運営、もうひとつが製麺卸業です。別府エリアにはラーメン店が2店舗、ラーメンの麺を卸している取引先が数件あります。鉄輪地域では鉄輪豚まん本舗がはじめての事業展開です。ヤマナミ麵芸社代表取締役の吉岩拓弥さんに、事業承継までの経緯を伺いました。

吉岩さん「鉄輪は僕が小中学生の頃に過ごした地域なんです。 子どもの頃からよく遊びにも行っていました。事業承継のお話が来たときに、鉄輪豚まんを通して生まれ育った地域に恩返しといいますか、何かしら貢献ができないかなと思ったんです」

ヤマナミ麺芸社の代表、吉岩拓弥さん

先代の後藤さんが掲げた「鉄輪観光のまちおこしにつなげる」という創業理念は、今でも引き継いでいるといいます。

吉岩さん「鉄輪の店舗では手作業で作った豚まんを直売するほか、近所の施設に豚まんを卸しているので、それは続けていきたいです。今はコロナ禍で観光客もだいぶ減ってはいるのですが、鉄輪豚まん本舗の理念を実現していくための手段として、この店舗を本拠地に、ほかの販売チャンネルを増やしていきたいと思っています。

私たちヤマナミ麵芸社のもともとの事業である製麺の卸先が福岡や熊本にありますので、そこを通して鉄輪温泉を九州に広げていく活動をしていこうと考えています。具体的にはスーパーや百貨店、駅や空港といった取引先を想定しています。冷凍製品やチルド製品の販路拡大を図り『鉄輪といえば豚まん』というブランディングをしていく予定です」

豚まんとラーメンの共通点でシナジーを狙う

由縁(ゆかり)さんに指導を受ける、一江さん(右)と美紀さん(左)

鉄輪地域のまちおこし以外にも、事業承継を決めた理由があると吉岩さんは話します。

吉岩さん「豚まんというのは小麦粉を発酵させて膨らませますよね。それが、私たちが普段扱っている麺と相乗効果があって面白そうだなと思ったんです。豚まんの中に入っている豚肉と、ラーメンのチャーシューに使っている豚肉も共通していますし。

もしも魚だったら承継していなかったと思います。豚まんは食材も似ていて、私たちが積み上げてきたノウハウが活かせますし、大きなシナジーを生むんじゃないかなと思いました。 ヤマナミ麵芸社には『麺業界・ 麺産業の食品メーカーになっていきたい』という大きなビジョンがありまして、そのビジョンとつながったことも承継を決めた大きな理由です」

大ベテランに支えられ、そのまま引き継いだ味

20年ものキャリアをもつ、由縁(ゆかり)さんの餡包み

飲食店は代が変わると味も変わることが一般的ですが、鉄輪豚まん本舗では事業を承継すると同時に、味もそのまま引き継がれています。

吉岩さん「8月いっぱいまでは先代の後藤さんが運営されていて、引き継ぎのために9月の1カ月間は店を休んでいました。その間、従業員の中でノウハウの引き継ぎなど、後藤さんからいろいろと教えていただいて、10月に再開したばかりです。久しぶりに店を開けたときは地域の方がたくさん来てくれました。

ありがたいことに、20年間豚まんを包んでいる大ベテランのスタッフにもそのまま残ってもらえて、非常に助かったんです。他にも残ってくれた従業員さんがいたので、味はそのまま引き継がれています」

ワクワクする反面、先代の思いを受け継ぐ責務を感じる

鉄輪温泉のまちおこしに、鉄輪豚まんの事業をどのように繋げていくを考える楽しさとワクワクがある反面、責務も感じているそうです。

吉岩さん「先代の後藤さんが鉄輪豚まんにかけていた思いを受け継ぎ、ヤマナミ麵芸社として花開かせたいとワクワクしていますが、同時に身が引き締まる思いです。鉄輪豚まんのおいしさそのものも伝えるだけでなく、地域の魅力も伝えていきたいです。

豚まんといっても、様々な豚まん屋さんがありますので、うまく差別化していきたいですね。いずれ鉄輪豚まんの取り扱いの数が少しずつ広がれば、鉄輪や別府市だけでなく先代への恩返しにもなると思っています」

吉岩さん「おっぱい形の『ピンクの豚』は先代がつくったもので、そのまま引き継いでいます。これからはプラスアルファで新しい商品を提案していきたいと考えています。楽しみにしていてください」

今回の事業承継で6度目だという吉岩さん。その魅力は、事業を展開していく地盤がすでにできていることだといいます。

吉岩さん「ゼロから事業を立ち上げてイチにしていく、たくさんのお金と時間を割いて認知してもらうことはすごく大変だと思うんですよね。事業承継はすでにお客様がいて従業員様がいて、ノウハウもあります。足りないところはお互い補い合うことで相乗効果やシナジーが生まれ、全体として更によくなるところが一番の魅力だと感じています。

一方で先代にノウハウや関係性が紐づいていますので、それを引き継ぐことが大変かなと思います。社長と従業員さん、 取引先との関係性は事業承継をしたからといってあるわけではないので、ゼロから構築していかなければなりません」

事業価値は自分だけでは分からない。事業への思いを外に

吉岩さん「物事の価値は、ものの見方や考え方、見る人によって変わってくると思います。その意味で、事業に価値があるかないかは事業をしてきた方と引き継ぎ先とでは変わってきます。要は『承継してほしい』という思いを外に出してみないと分かりません。

事業に『そんなに価値はないんじゃないか』と思われる方も多いのですが、それはご自身で決めることではありません。『引き継いでくれる人なんていない』と思っているお店にこそ魅力があるものです。事業を承継してほしいという思いが少しでもある方は、一度、地域の支援センターなどに相談に行かれてはいかがでしょうか」

実は、ヤマナミ麺芸社以外からも事業承継の問い合わせがあった鉄輪豚まん本舗。後藤さん自身、個人で立ち上げた事業にたくさんの方が興味を持ってくれたことに驚いていたそう。場所も屋号も変えず、豊富な事業承継の経験と今後の販路拡大にも期待できるヤマナミ麺芸社を選びました。

創業者の思いを受け継ぎ、鉄輪豚まんをどうブランディングしていくのか、地域をどのように発信していくのか。鉄輪豚まん本舗の次のステージが楽しみです。

文・黒木萌

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