事業承継ストーリー

廃業を決めた創業約100年の銭湯を承継。四代目は向かいでブックカフェを営む経営者

アルプスの山々に囲まれる長野県松本市。城下町のレトロな雰囲気が漂う地で、長い歴史を持つ銭湯「菊の湯」。湧き水を使ったやわらかいお湯が評判で、100年もの間地域の人々に親しまれてきました。

今では銭湯として知られる菊の湯ですが、実はもともと材木屋。職人たちに汗を流してから帰ってほしいとの想いで廃材を燃やして湯を沸かしていたところ、やがて大衆浴場になっていったという経緯があるそうです。

いつしか地域の人たちの社交場となっていた菊の湯を三代目から引き継いだのは、向かいでブックカフェを営む菊地徹さん。先代が一度は廃業を決めた菊の湯を存続させた菊地さんにお話を伺いました。

銭湯があることで生まれる風景をなくしたくない

もともと菊の湯の向かいでブックカフェ「栞日」を経営していた菊地さん。大学生時代、スターバックスでのアルバイト経験を通してサードプレイスの考え方に共感し、自分の日常に少し前向きになって帰っていける空間の提供をしています。「自身の生い立ちの中で銭湯に親しみがあったわけではない」と話す菊地さんですが、なぜ銭湯を承継することになったのでしょうか。

菊地さん「毎日向かいの菊の湯を眺めている中で、地域のみなさんが日常的に銭湯を訪れてリフレッシュしたり、おしゃべりをしたりして楽しんでいる姿を見ていました。その風景はまさに自分が実現したいサードプレイスの姿。その風景や時間を創り出している菊の湯はすごく尊い場所で、無くしてはいけないなという想いがありました。

しかし、時代の流れとして家にお風呂があることは当たり前となり、全国的に銭湯が減少していることは知っていました。これまで銭湯に親しんできた年代の方だけで、今後の銭湯業界を支えてくださいというのは構造的にも難しい。若い世代が参加していかなければどうにもならないと感じ、菊の湯が時代の流れに飲み込まそうになったときは名乗り出ることを決めていました」

銭湯があることで生まれる尊い風景を大切にしていきたいと考えていた菊地さん。ある日、菊の湯を閉めることを決めた先代から、建物の新たな活用方法について相談されたといいます。

菊地さん「廃業を決断した先代から、思い出のある建物を今後どのように活かしていけば良いかと相談をされました。しかし僕は銭湯を残したいという想いを伝えたんです。まさか継ぎたい人がいるとは思っていなかったでしょうから『何を言い出すんだろう』と驚かれたと思います」

時代とともに厳しくなっていく銭湯の経営。先代は「やめておいた方がいい」と説得するものの、話合いを重ね菊地さんが菊の湯を受け継ぐことが決まりました。

「思い切りやってみてください」

約100年続いている菊の湯を承継することになった菊地さんですが、プレッシャーや大きな不安はほとんどなかったと語ります。

菊地さん「承継が決まったとき先代が『失敗してもいいからとにかく思い切りやってみてください』と言ってくださったので大きな不安を抱くことなく、胸を借りるつもりでやってみよう!という気持ちでした。

先代は僕がやりたいと言ったことを一緒になって考えて、真剣に理解しようとしてくれました。始めてみないと何もわからないのでまずはやってみよう、やるだけだという気持ちでした」

若い世代にとって銭湯の必要性が薄くなっていることを課題に感じていた菊地さんは、若者向けのアプローチに成功している全国の銭湯を参考に、アメニティーの充実や休憩スペースの設置、グッズ販売などに力を入れました。

菊地さん「今の時代、家にお風呂があることは当たり前。若い世代の皆さんにとって銭湯は必要のない場所になっていたので、そこを超えられる価値を提供する必要がありました。たとえば、手ぶらで気軽に来ることができて、入浴の前後も心地よく過ごせる環境を整えるための工夫をひとつずつ取り入れていきました。

シャンプーやコンディショナー、化粧水などのアメニティーは使い心地だけでなく、環境配慮が行き届いている製品であることやメーカーの理念なども重視しています。また、承継のタイミングでロビー、休憩室、脱衣所のリノベーションを行いました。毎日通ってくださるお客さんもいらっしゃるので、休業して迷惑をかけないように施工箇所は最低限に留めました」

銭湯を継ぐことに寄せられた共感の大きさ

「最低限」とはいっても施工費や設備導入にかかる費用は500万円。リノベーションにかかる費用を工面するため、そして世の中のリアクションを知るためにも菊地さんは自身2回目となるクラウドファンディングに挑戦しました。

菊地さん「クラウドファンディングの活用自体は2回目だったので、システムや運用方法は理解していました。ただ、前回と圧倒的に違ったのは世間のリアクション。承継への想いを長々と綴った記事に対する共感やシェアの多さは想像以上でした。

身近な友人やそのまた友人だけでなく、九州や東北など遠方のみなさんからもご支援いただき、銭湯を継ぐことがこれほど話題を呼ぶことに改めて驚きました。たくさんのレスポンスがあったことは、まだ正解がわからない僕自身にとって、今でも大きな支えになっています」

リノベーションにより生まれ変わった菊の湯は、随所に「足心地」を意識した床が用意されています。素足で過ごす時間が長い銭湯だからこその工夫。もともとフローリングだった二階も畳を敷き詰め、ゆったりと寛ぐことができる休憩スペースになりました。

サードプレイスとしての菊の湯を目指して

日常の一部として菊の湯に通ってくださるお客さんはもちろん、若い世代の取り込みに力を入れた菊地さん。地域の人だけではなく、旅行客にとっても『松本に来たら寄りたい場所』となれるように努力されています。

菊地さん「SNSを活用したことで、若い世代のお客さんが以前よりも増えました。松本には信州大学や松本大学があります。コロナ禍でリモート授業が多かったり、サークル活動もままならない状況の学生たちが息抜きする場の一つとなっていると思うと、嬉しいですね。

地域にいる様々な世代の方に支えていただくことが基本ですが、日本は全体として人口が減っていきます。旅行者との関わり方や地域経済に貢献する方法も考える必要があるので、今後は近隣の宿泊施設と連携したプランの提供も視野に入れています」

菊の湯は、現在も名義は先代のままだと言います。変更すると今の法律に合わせて設備も変える必要があり、膨大な改修費がかかるので業務委託という形を選んだ菊地さん。最後に、今後のビジョンを伺いました。

菊地さん「菊の湯を承継して半年が経過し、ようやく営業のリズムが掴めてきました。一方で、運営上の課題やイメージ通りに進んでいない部分が浮き彫りになってきたので、これからは見えてきた課題に対して向き合いながら対応していくことが第一ステップです。たとえば、子育て世代にはまだまだアプローチできていません。僕の次や、さらに次の世代にも菊の湯と銭湯の文化そのものを継承していきたいので、お子さん連れでも気兼ねなく通うことができる場所に育てていきたいです」

菊地さんは、常に街に対してプラスになるような仕事を目指しているそうです。ブックカフェと銭湯では目的は違っても、来たときよりも前向きな気持ちで帰っていくことができる場所であることは変わりません。アップデートし続ける菊の湯、菊地さんが考えるサードプレイスの探求はこれからです。

文:yukako

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