20代女性の新番頭。先代の反対を乗り越え「幸福湯」4代目を承継

65年にわたり地域の人々に愛されてきた、和歌山市の銭湯「幸福湯」。4代目として事業を承継したのは、現在28歳の中本有香さん。2019年4月にリニューアルオープンし、幸福湯の経営をしながら番台に座ったり掃除をしたり、さらには広報活動と忙しい日々を送っています。

「家業を継ぐつもりはまったくなかった」と語る中本さんの道のりと展望について伺いました。

身近な存在すぎて、継ぐ気持ちにならなかった

小学校の頃から番台に座り家業を手伝っていた中本さん。「幸福湯」は子どもの頃から身近な存在だった一方で、近すぎるが故に見えるものもあったと言います。

中本さん「子どもの頃はお客さんと話すのも楽しかったですが、高校生や大学生になってからは仕方なく手伝っていましたね。嫁いできた母が慣れない銭湯の仕事をして、父は仕事終わりに手伝うという、決して楽とはいえない状況を見ていたので、自分が同じようになるのは嫌だなと感じていました」

「幸福湯」という場所を大事に思う気持ちに気付いた

大学卒業後は大阪の企業へと就職。しかし初めて地元を離れたことで、自分の居場所は和歌山だと気づきます。

中本さん「それまでずっと父や母、祖父母と一緒に暮らしていたので、大阪で一人暮らしをしていた時は、ギャップでさびしさを感じていました。幸福湯の常連さんたちを思い出すことも多かったです。仕事が想像以上に過酷だったこともあって、退職して和歌山で仕事を探そうと帰ってきました」

しかし和歌山へ戻った後、すぐに幸福湯を継いだわけではありません。事務などの仕事をしながら、何をすればいいのかわからないまま日々を過ごしていたといいます。

中本さん「幸福湯は設備の老朽化がかなり進んでいて、床に穴が空いたり水漏れがひどい状況でした。誰も継ぐ人がいなかったので潰れる可能性もありましたが、正直な話、両親が大変な思いで働いている姿を見ていたこともあり、廃業しても仕方ないのかなと思っていました。

そんなある時、出かけた先のお店で何気なく『もうお店は潰すかもしれない』という話をしたんです。すると『潰してほしくない!』と色んな方に言われて、幸福湯がこんなに多くの方に愛されているんだと気付きました。そして、自分自身にも幸福湯という場所を大事に思う気持ちがあったことに気付かされたんです。

それに、人と話すことやコミュニケーションをとることが好きだということもありました。様々な年代の方が交流できる場所で働きたい。ずっと一番近くにあった幸福湯こそがそういう場所だと分かったんです」

先代は承継に大反対!

しばらく考えた末に、幸福湯を継ぎたいという気持ちを両親に伝えた中本さん。しかし、家族からは大反対を受けてしまいます。

中本さん「母は嫁いできた身として、大変だった思いを娘にもしてほしくなかったんだと思います。私が面倒くさがりなことも知っていますし、簡単なことじゃないと伝えたかったのかもしれません。祖父も銭湯を潰したくはないけれど、私が継ぐことには反対でした。『結婚しにくくなるんじゃないか』『和歌山から離れられなくなるんじゃないか』『好きな人ができたら銭湯のことを放り投げて出て行ってしまうんじゃないか』とあれこれ心配されました。

私も諦めたくはありませんでしたが、家族に直接言葉で伝えるのは気恥ずかしくて、言葉ではなく態度で分かってもらえるように努力しました。おかげで『じゃあやってみようか』と家族の理解を得られ、晴れて幸福湯を継ぐことになりました」

あらゆる世代に愛される銭湯を目指して

継ぐと同時に老朽化が著しかった設備を改装し、2019年にリニューアルオープンした幸福湯。日々の仕事に取り組むようになってからは、悩むことも多かったようです。

中本さん「継ぐ前からお客さんが徐々に減っていて、新たに若い世代に向けてアピールしたいと考えていました。とはいえ、常連さんから『若い人が増えたから幸福湯に行きにくくなった』とは言われたくありません。全国的な銭湯ブームなのか、他の銭湯の面白い取り組みを目にしたり、やってみたいと感じることも多くありました。でも、幸福湯に求められているものではないのかなと思って、多くの方が受け入れやすい運営をしようと考えるようになりました」

さらに、若い人にも継続して通ってもらえるような工夫も考えたといいます。

中本さん「銭湯の入浴ルールを分かりやすいイラストにしてポスターを作りました。若い人は銭湯に通い慣れていなくて、入浴のルールを知らない方もいます。間違った方法を年配の常連さんから注意されてしまうと行きにくく感じてしまうのではないかなという思いから作りました」

地域の方々から愛される銭湯を目指すために、新たな取り組みにもチャレンジしています。

中本さん「昔は家にお風呂がなかったので、銭湯に行くことは当たり前でしたが、今は違います。まずは幸福湯の存在や良さを知ってもらうことが大切だと思って、SNSのアカウントとホームページを作成しました。斜め向かいにあるゲストハウスでは入浴券を販売してもらうなど、近隣のお店との連携も始めています」

一方で、先代を引き継ぎ、変えなかったところもあるそうです。

中本さん「改装した後も番台はそのままの形で残しました。最近だとフロントにする銭湯も多いですが、番台に座っていると会話が弾みやすいので、お客さんとのコミュニケーションを優先することにしたんです。それに、幸福湯は年配のお客さんが多いので、万が一倒れたり怪我をしたりした時は、番台に座っているとすぐに気づけるんです。なにより、番台のある昔ながらの雰囲気が好きなんですよね」

幸福湯を昔から愛してくれている人たちに恩返しがしたい

以前の仕事は好きだったものの、人間関係で悩むことが多かったという中本さん。しかし、今は仕事が暮らしの一部になっていて悩みはなくなったそうです。

中本さん「朝起きて『仕事がいやだな』と思うことはなくなりましたね。一緒に仕事をしているのは気心の知れた家族だけなので、相手の顔色をうかがう必要がなくなってずいぶんと気が楽になりました。

私自身、銭湯がすごく好きだとか、マニアというわけではありません。でも幸福湯は好きなんです。この場所をなくしたくない、幸福湯を昔から愛してくれている人たちに恩返しがしたいという思いで継ぐことを決めました。今は新型コロナウイルスの影響で、新しいアイデアを起こすのは難しいですが、落ち着いたら周囲の人たちを巻き込んで、楽しい取り組みを考えていきたいと思います」

承継から2年。幸福湯を愛してくれる人たちのためにも、中本さんは今日も番台に座ります。

文:三角園泉

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