高円寺で最新の輝きを放ち続ける「小杉湯」。銭湯が「ケの日のハレ」の存在であるための3代目の仕掛け

サブカルチャーの聖地とも言われ、個性豊かな文化が集う高円寺。その高円寺にあり、全国の銭湯ファンを惹きつけてやまないのが、創業88年を迎える「小杉湯」です。

昨今囁かれる「銭湯離れ」はどこ吹く風。小杉湯には若者からお年寄りまで幅広い層の客が次々と集います。浴槽をステージに演奏や踊りを披露する「銭湯フェス」「踊る銭湯」など、ユニークでハッピーなイベントを発信し続け、若者の心も掴んでいるのです。

その仕掛け人は、2015年に3代目を承継した平松佑介さん。「家業は駅伝」だと語る平松さんに、小杉湯3代目としての矜持やチャレンジについてお話を伺いました。

承継を決心するのは36年の時間が必要だった

株式会社小杉湯 代表取締役社長 平松佑介さん

幼い頃から”3代目”と呼ばれていたという平松さん。自分が継ぐという意識は持っていたものの葛藤もあったと言います。

平松さん「僕は長男なので、それはもう小さい頃から、銭湯の常連さんたちに”3代目”と呼ばれていました(笑)  幼いながらにいつかは自分が継がないといけないんだなという気持ちはずっとありましたが、決心するのには36年の時間が必要でした。

3代目として生きることは、自分の未来を選べないんだという気持ちもあって、そこに対する抵抗感もありましたね。10代の頃は、勉強を頑張ったとしても、受験を頑張ったとしても、未来の選択肢が決まっているんだったら、”じゃあ今は何も頑張らなくてもいいんじゃない?”となってしまって。そこが自分の中では辛かったです。

あとは、1日の大半を小杉湯の敷地内で過ごすことになるので、社会と切り離されて世界が狭くなってしまったり、休日もなくなってしまうので、自由がなくなってしまったりすることへの恐れは大人になってからもありました」

小杉湯初代と平松家の3兄弟

承継することに悩み、大学卒業後は大手ハウスメーカーに就職し、30歳でベンチャー創業に関わった平松さん。しかし一度外に出たことで、家業への想いが変わっていきました。

平松さん「ベンチャーの場合は何もかも0からなので、認知度もないし、やりたいことを信頼してもらうことも難しい環境でした。でもそんな状況でも、実家が銭湯だと話すとみんなが興味を持ってくれたんです。

0から何かを伝えようとするよりも、小杉湯を通した方が伝えたいことを伝えられるのかもしれないと思いました。“小杉湯という存在を活用して自分がやりたいことやメッセージを伝えよう!”と思えたことは、自分の中でとても大きくて、この経験が今も僕の小杉湯経営の根幹になっています。会社員と創業メンバーを経験して辿り着いた考えですね」

楽しそうに働く両親の姿が、承継の背中を押した

もう一点、承継の不安を払拭してくれたのは、先代である父と母の姿だったと語ります。

平松さん「様々な不安はありましたが、両親が楽しそうに働いている姿や小杉湯が地域に愛されている存在であることは、とてもポジティブな要素でした。いつも暗い顔をして、愚痴ばかりだったら継ぎたいとは思えないですよね。

社会人になったときに、思ったより世の中の大人が楽しそうに働いていないことに気がついてしまったんです (笑) 自営業はすべての責任を自分たちで負わなければいけない責任感がありますが、両親の楽しそうな姿は僕にとってとてもいい影響を与えてくれていたと思います」

先代から受け継いだ、”たすき”を手にして見えた景色

幅広い世代でいつも賑わう浴室は、隅々まで清掃が行き届いていて心地よい空間

2015年に小杉湯で働き始め、2016年の事業承継と同時に小杉湯を法人化し、株式会社小杉湯を設立した平松さん。2016年に事業を承継してから5年経った今、どのようなことを感じられているのでしょうか?

平松さん「実際に小杉湯で働いてみて、高円寺という場所に根を張れば張るほど、たくさんの人たちが集まってきてくれて、繋がりや企画が生まれていく。小杉湯があるからこそ、生まれる繋がりがあるんだということを感じました。

銭湯暮らしというプロジェクトが誕生したり、いろいろな魅力を持ったスタッフが小杉湯で働いてくれたり、企業や生産者さんとのコラボ企画が誕生したりと、今まで会社で働いていた頃よりもたくさんの人に出会えるようになりました。自由度が上がることは予想外でしたね。銭湯が注目される存在になっているタイミングで承継をできたことも、とてもよかったなと思っています」

 
イラストレーターの塩谷歩波さん︎が小杉湯で番頭をしながら、銭湯の魅力を伝える「銭湯図解」を発売したことで、小杉湯にさらなる注目が集まった

一方で承継する際に大変だったこともありました。

平松さん「僕が承継を決めたとき父はまだ60代後半だったので、まだまだ現役で働ける年齢でした。家族の場合はそのあたりが緩やかになってしまうのが課題かもしれません。だから僕自身も20〜30年後に自分の子どもたちがどういう風に継げるかを常に考えています。でも次の世代が継ぐまでに20〜30年あることを考えると、長期思考で事業を考えられるのが家業のいいところだなと思います」

浴室では小杉湯で働くスタッフ主催のイベントや企業とのコラボイベントなどが開催されている

昭和平成令和と3世代に渡り、続いてきた小杉湯は、2021年に88年目を迎えます。2020年には、創業当時から引き継がれている宮造り建物が国登録有形文化財に登録されました。

平松さん「増築や改築をしながらも、昔ながらの銭湯の趣を残してきたこの建物もまた人を惹きつける強さがあると思っています。築88年の宮造りの建物は、二度と作ることのできないとても貴重な財産です。建物にも文化や歴史が宿っていると思うので、これからも大切に守りながら次世代へと承継していきたいと思っています。僕が受け取った、たすきをこれからもつなげていくこと、50年100年先も続いていく銭湯にしていくことが一番の目的だと思っています」

昭和初期に建てられた小杉湯と初代を囲む平松家の家族写真

次世代のために第3走者としていい走りをしていたい

株式会社として新たな歴史を歩み始めた小杉湯は、2020年に敷地内に会員制のスペース「小杉湯となり」をオープン。高円寺の街に根ざしながら、地域内外の人々が交流できる場所を作り、新たなコミュニティーの形成にも注力しています。

平松さん「3代目としての僕の役目は、小杉湯の価値を再定義して、関わってくれる人との関係性を編集していくことだと思っています。株式会社小杉湯を設立したときに、小杉湯を環境だと定義することにしました。この小杉湯という環境を50年、100年維持し続けることを株式会社小杉湯の信念にしています。

小杉湯という環境を続けるためのWEBサイトを立ち上げ、「ケの日のハレ」というオウンドメディアもスタートしました。時代が変わっても銭湯という場所が、日常の延長線の中で幸せを感じてもらえる「ケの日のハレ(日常の中の非日常)」という存在でありたいという願いを込めて、小杉湯に関わってくれる仲間たちと運営をしています」

小杉湯のWEBサイト内に掲載されているオウンドメディア「ケの日のハレ」

平松さん「会社員やベンチャーと家業では、同じ仕事という枠の中でも、種目が違うイメージですね。例えば、会社員として働くことは、100m走のようなもので、自分が選んだ競技でいかに早く走るかが大切だと思うんです。一方家業は駅伝。次の世代にたすきを繋いでいくことが求められます。小杉湯の場合は、1代目と2代目がいいタイムで走っていたので、3代目の僕が、たすきを受け取らないわけにはいかないという状況だったんですが、そのたすきを受け取ろうと覚悟を決めるまでに36年かかりました。

50年、100年という時間軸で事業を考えるようになったことで、小杉湯という環境を、”大切な人たちと一緒に、大切に守っていく”という状態を少しずつ実現できるようになってきました。子どもたちが小杉湯を継ぎたいと思ってもらえるように、第3走者としていい走りをしていきたいですね」

今まで続いてきた文化や歴史に対して、リスペクトの気持ちを持って価値を再定義し、新たな時代に向けてアップデートをしている小杉湯。人々の心と身体を癒す、宿り木のようなあたたかい場所が末長く続くことを願います。

文:ユウミ ハイフィールド

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