おばあちゃんと孫が繰り広げる「モリパン劇場」。名物おばあちゃんのパン屋をイラストで発信

創業95年、山口県山口市にお店を構える「モリのパン」。3代目としてお店を切り盛りする名物ばあちゃんが有名な、昔ながらのパン屋さんです。孫である森彩菜さんが事業継承を決意し、4代目候補として2人で店をやっていくことになりました。

パンの仕込みはもちろん、お店のSNS発信にも力を入れている森さん。おばあちゃんの様子や美味しいパンを、写真とイラストでお客さんに届けています。自分が純粋に楽しいと思うことを大事に店づくりがしたいという森さんに、事業承継についてお話を伺いました。

軽い気持ちで始めたお手伝いで、お店の現状が見えてきた

事業承継を決めたのは2年前。創業支援の会社で事務をしていた森さんでしたが、働き方改革で残業がなくなったのをきっかけに、モリのパンを手伝い始めます。

森さん「残業がない分お給料も減ったし、時間的にも余裕ができて手が余っている状態だったんですよね。だからモリのパンを手伝って、おばあちゃんにお小遣いもらえないかな~くらいの軽い気持ちで最初は手伝い始めました。もともと引き継ぐつもりは全然ありませんでした。でも、会社の出勤前の時間で手伝って、そのまま仕事に行って。そういう感じで働いていたら、だんだんお店の現状がわかってきたんです。

まず、おばあちゃんの働き方が心配でした。朝4時くらいからパンを焼いて、店番して、全部終わるのが夜の7時半。仕込みから片付けまでひとりでやっているのを見て、大丈夫かなって思っていました。資金繰りも苦しくて、支払いがある月末はイライラしていましたし。おばあちゃんの年金を全部支払いに回しても追い付かないこともあって、本当にその日暮らしでした。無理してやっているな、もう少し楽をさせてあげたいなって思ったんですよね」

笑顔で語る4代目候補の森さんと、後ろで耳を傾ける名物ばあちゃん・信子さん

森さん「あとは、店が汚いのも気になってました。おばあちゃん、掃除は好きなんですけど足が悪いから全部はキレイにできなくて。物が捨てられない性分なのもあって、昔もらったお土産なんかが所狭しと並んでたんです。ポップも当時はバイトさんたちが代わる代わる書いていたので、フォントがばらばらだったし、台紙も蛍光のいろんな色がチカチカしていて。とにかく雑然としてました。

そうやって改善したいところにどんどん手を付けてるうちに、時間が足りなくなってきたんです。しばらくは事務の仕事をアルバイトに変えてモリパンの時間を多くとるようにしていたんですが、こんなに宙ぶらりんでやるくらいなら、いっそのこと会社を辞めてしまおうって思って。お店を手伝うようになってから2か月で会社を辞めて、モリパン一つで生きていく決意をしました」

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得意な絵を活かして、森さんがSNSに投稿している漫画

軽いお手伝いのつもりが、引き継ぎに発展。おばあちゃんは驚きながらも、こっそり喜んでいたそうです。

森さん「継ぎたいって言ったとき、おばあちゃんは反対も賛成もしなかったんですよ。『あんたがやりたいんだったらやれば』みたいな感じだったんですよね。内心ちょっとびっくりしたんだと思います。心配もあったと思う。お金が安定して入るわけでもないし、それこそこんなコロナになるなんて何も想像できないし。おばあちゃんは女一人で苦労してきたっていう部分が結構大きいから、やりなやりな!みたいなことは全然言わなかったですね。でも結局嬉しかったみたいで、お客さんには『私が3代目で孫が4代目なのよ』って今めっちゃ言いふらしてます」

勝手に持った責任感にがんじがらめになった日々

店を継ぐことを決め、周りの環境を全部変えてきた森さん。おばあちゃんとお店のために頑張る日々の中で、大きな心の動きがあったといいます。

森さん「最初は、自分がお店を守らなきゃって気持ちで頑張っていたんです。でもやっていくにつれ“私はこんなに頑張ってるのになんでわかってくれないの?”って気持ちが生まれることもあって。勝手に持った責任感にがんじがらめになって、つらい日々が続いていました。そんな時に、お店で漏電が起きたんです。初めて私が率先して借入をして、もう大丈夫と思っていたらまた漏電して。そこからも立て続けに物が壊れて。自分の心の中の糸がぷつん、って切れる音がしました。私がどんなに頑張ってもお店は古いし、自然災害には敵わない。末永くお店を残したいって思っても、私の力じゃ守り切れないかもしれないってすごくむなしくなったんです」

信子さんと、森さんデザインのばあちゃんクッキー

森さん「そこから、自分の気持ちに向き合いました。私は“おばあちゃんに、残りの人生を楽しく生きて欲しい”って気持ちがずっとあって。お店のレジに座って、お客さんとしゃべって褒められながら仕事して、最後はおばあちゃんの望み通り釜の前で眠るように死ぬ、みたいなことを叶えてあげたかったんです。でも改めて考えてみたら、それって私がここで働いていることで叶っているなって気づいて。その時、“お店やおばあちゃんのためじゃなくて、自分が好きで楽しいって思えることだけを考えよう”って視点に変わったんです。

お店を継ぐって思っていても、絶対継ぎ続けているって確信はない。でも、自分の気持ちが変わらない限りはずっとここで楽しく焼き続けようと思って。“最悪、おばあちゃんの代でお店が閉まるのもありとしよう”って、自分を責任感から解放してあげたんです。そんな心の変化を経て、今はイキイキと働けるようになりました」

モリパンで生きる今が一番自分らしい

一番人気の、森さん手作りスコーン

モリパンで働き始めて、自分に自信が持てるようになったという森さん。おばあちゃんからは、「ここを継ぐのも運命だったんだろうね」と言われたそうです。

森さん「確かに、良いことも悪いことも今までのことが全部つながっている気がします。創業支援の会社にいたから、事業経営の知識もなんとなく身についていましたし、自分だったらどうやるかみたいなことが自然と浮かぶようになっていました。そういうことも全部運命に導かれたみたいだなと思います。

お店には、森さんが描いた可愛いポップが並ぶ

事業承継を決めてよかったなと思うのは、“今が人生で一番自分らしく生きているな”って思えたことです。以前は自分という人間がずっとわからなくて、自信がなかった。でもモリパンに入って変わりました。自営業って、商品や事業の方向性に自分っていう人間が全て反映されるんですよね。だから、自分が作ったものを認めてもらえることは、自分っていう人間を認めてもらえることなんだなって腑に落ちたんです。イラストや発信っていう自分の得意なことにも気付かせてもらえて、今はそれを活かして自信を持って生きられています」

個性豊かな“モリパン劇場”は続いていく

失敗が話題となった“かえるパン”

これからも「おいしい・たのしい・なつかしい」という理念は変わらず、昔ながらの雰囲気でやっていきたいという森さん。おばあちゃんが作った昭和のふわふわパンはもちろん、商品以外でも幸せを届けたいといいます。

森さん「うちのお店は“モリパン劇場”だと思うんです。おばあちゃんのキャラクターだったり、私のイラストやSNSっていう全部をお客さんには楽しんでもらいたい。失敗もありのまま発信します。以前“かえるパン”っていうのを作って失敗したんですけど、“失神したかえるパン”って名前を付けて出したらすごいウケたんですよ。“パン屋さんでも失敗するんだ”みたいなふうに思ってくださったみたいで。私が失敗すると人が喜ぶんです。複雑な気持ちですけど(笑)だから、悪戦苦闘してる様子もそのまま発信しようと思っています。今こんなこと悩んでるとか、こんなものを作りたいとか、そんな生々しいことも劇場みたいに届けていきたいです」

お客さんと一緒に歳をとっていきたい

森さん「創業100周年を目指すっていうのが目下の目標ですね。100周年イベントでもして、お客さんに“おばあちゃんおめでとう”ってたくさんお祝いしてもらえたらいいなと。昔はたくさんの人に来て欲しいと思っていたんですが、今はそれが少し変わってきましたね。モリパンを好きって言ってくださる方に末永く愛してもらえる店づくりをしたいと思っています。

あと、これは私の理想なんですけど、お客さんと一緒に歳をとりたいっていうのがあるんですよ。このお店は昔からずっとあって、地域の皆さんの生活に溶け込んでいるから、久しぶりに帰ってきて“まだこのお店あったんですね!”って懐かしんでくれる人もたくさんいます。そういう人たちの思い出も守りたい。お店があり続けるっていうことは、人の思い出を守るってことだなと思うんです。今小さい子も、モリパンでの思い出を持って歳をとっていく。そうやって親子2代、3代で楽しめるお店にして、また次の世代につながっていってほしいなと思います」

画像

森さんとおばあちゃんが作る「モリパン劇場」。これからも、様々な物語を届けてくれるはずです。懐かしいあの店の扉を、また開いてみませんか?

文:紡 もえ

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