下町の銭湯に新たな風を吹かす3代目。サラリーマン時代の学びを銭湯の経営に活かす

下町情緒溢れる東京都江戸川区で創業61年目を迎える銭湯「仁岸湯(にぎしゆ)」は、営業開始前から常連さんが集まる地元民の社交場です。

時間の流れがゆったりと感じられる街で育った岡部利紀(おかべとしき)さんは、仁岸湯の見習い兼3代目。2018年に祖父から事業承継をしました。小学生の頃から家業を継ぐことを意識していたという岡部さんにお話を伺いました。

「大人になったら銭湯をやる」卒業文集で綴っていた家業への想い

岡部さんの前職はサラリーマン。社会インフラとして多くの人の生活に深く根差しているコンビニ業界で、より良い暮らしの提供をする一員となることを志し、大手コンビニエンスストアの企業に入社。商品開発などに携わり、28歳のときに仁岸湯の見習い兼3代目となりました。

岡部さん「転職をしたいと思ったタイミングで実家の銭湯を継ぐことに決めました。当時28歳だったので、まだ早いかなと思ったんですが祖父が80歳を過ぎていたこともあって継ぐなら今かなと。

前職では商品開発や店舗での接客、営業などに携わりました。当時からデスクワークよりもお客さんと顔を合わせてコミュニケーションを取りながら働くことにやりがいを感じていたので、創意工夫でお店を変化させることができる銭湯の経営は楽しみでした」

幼い頃から家業を継ぐ意思があったという岡部さん。小学校、中学校、高等学校の卒業文集にも「大人になったら銭湯をやる」と書いていたと言います。

岡部さん「小さい頃から銭湯にいたので、お客さんとか近所の人にも何代目!なんて言われたりするんですよ。お風呂屋さんって嫌だなと思った時期もありましたが、高校生くらいの頃からは家業を継ぎたい気持ちが強くなっていました」

仕事を通して人々の生活に影響を与えたい

サラリーマンから銭湯の経営にキャリアチェンジをした岡部さんは、仕事内容が変わっても仕事を通して実現したいことがあるそうです。

岡部さん「就職活動をしていたときも『仕事を通して人々の生活に影響を与えたい』という軸がありました。小さい頃から自分で考えたアイデアを形にすることが好きで、周りの人が喜んでいる姿を見ると自分までうれしくなるんです。

また東日本大震災のとき、被災地ボランティアに参加したことも自分にとって大きな経験でした。人と人とのつながりの大切さを身を持って感じたからこそ、人々の生活にダイレクトに影響を与えることができる仕事をしたいという気持ちを抱くようになりました。

地域に根差して地元のお客さんにサービスを提供する銭湯の経営も同じ。仕事が変わっても自分のやりたかったことは一貫してできているので満足しています」

コンビニと銭湯。前職での経験が銭湯の経営に役立っていることもあるそうです。

岡部さん「『お客様は来て下さらないもの、お取引先は売って下さらないもの、銀行は貸して下さらないもの、というのが商売の基本である。』会社員時代に知ったこの言葉を今でも大切にしながら、銭湯を運営しています。

前職ではお客さんに信用してもらえるように『お客様第一』の考え方、基本の徹底や変化・対応の重要性を学びました。お客さんに信用信頼してもらえる仕事をしようという考えは常に持っています。

銭湯は昔から同じようなスタイルでというイメージが強いですが、中身の部分ではお客さんのニーズに合わせて変化させる必要があります。どんな業種であっても、伝統は守りながらも中身を変えていかなければならないと感じています。そうしないと時代に取り残されてしまいますからね」

若い人にも銭湯の良さを知ってもらいたい

下町という土地柄もあってか、高齢のお客さんが多いという仁岸湯。若い人にもっと銭湯を身近に感じて欲しいと思った岡部さんは新たな挑戦を始めました。

岡部さん「若い人に来てもらうために様々な工夫をしています。例えばInstagramやTwitterの運用は新しく始めたことの一つ。祖父の世代はSNSとかやらないので、自分にしかできないことかなって。試行錯誤の毎日ですが少しでも興味を持ってもらえるように発信しています」

仁岸湯の番台の前には、オリジナルTシャツやステッカー、サウナハットなどのグッズが並べられています。

岡部さん「サウナハットは、お客さんの声から生まれたグッズなんです。僕自身もサウナによく入るんですけど、お客さんと話すうちにサウナハットが欲しいという意見をもらって。実際に作ったら喜んでくれる人が多く、お客さんの声で気が付くこともたくさんあります。

SNSの活用やグッズの販売を開始したことで、以前よりも年齢の若いお客さんは増えました。ご高齢の方だけではなくて、近所の若者も足を運び続けてくれるような、地域に根差したお店にしたいです」

僕の育った地元に恩返し

これまでにない新たな取り組みをしている岡部さんに承継してよかったことを伺いました。

岡部さん「銭湯がお客さんの生活に役立っていることや自分の仕事が街の『社交場』としての役割を担っていることが目に見えるので、やりがいを感じています。ここで知り合ったお客さん同士が仲良くなって一緒にゴルフ行ったなんて話を聞いたときは地域のためになっていることを実感しました。

僕がやり始めてから『お店の雰囲気が明るくなったよね』と言ってくれるお客さんもいて、すごくうれしい。お客さんの中には0歳のときの僕を知っている人もいて感慨深いです。地元に恩返しできている感じがしますね」

幼い頃から銭湯に親しみ、銭湯の運営にやりがいを感じている岡部さん。実際に承継し、想像以上に大変なこともあるそうです。

岡部さん「特に大変なのは掃除です。毎日4時間くらい、一人で掃除をしています。すごく疲れますが、お客さんに来てもらうためには清潔感が一番大切なのでどうしても手が抜けませんね。精神的なところで言うと、お客さん同士のトラブル対応。番台に座っているだけでいいと思っていたので、正直甘く見ていたなと感じることはあります(笑)

銭湯の経営は想像していたよりも大変です。正直に言うと休みも給料も減りましたが、やりがいは大きく日々の生活も充実しています。もちろん銭湯に入るのも大好きですよ。本当に気持ちいい!」

江戸川区全体の銭湯を盛り上げる

自身も感じている銭湯の魅力をさらにたくさんの人に伝えるため、イベントなどにも積極的に参加しているという岡部さんは、仁岸湯だけでなく江戸川区全体の銭湯を広めたいと考えています。

岡部さん「江戸川区にある銭湯の底上げや発展に尽力したいです。『都内の銭湯』はスケールが大きすぎるけど『江戸川区の32店舗』なら自分でも力になれるかなと。高齢の方が経営している銭湯も多いので、SNS発信のお手伝いとかもしたいですね」

仁岸湯は今年で61年目を迎えました。目標はひとまず100年。100周年までは絶対に潰しません。最近の銭湯界は若い経営者も増えてきているので情報交換なども活発です。伝統を守りながらも新しいことを生み出して銭湯界を盛り上げていきたいです」

自分のお店だけでなく地元である江戸川区全体の底上げを目指す岡部さんからは熱い想いが伝わります。後継者不足や家にお風呂があることが当たり前となったことで銭湯の数は減少傾向でしたが、近年は銭湯ブームが再熱しているとの声も。岡部さんを初めとした若き経営者たちが日本の銭湯文化を盛り上げてくれるのではないでしょうか。

文:yukako

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