地域に根ざした薬局を守るために。管理薬剤師と組合が二人三脚で挑戦する薬局運営。

京都駅からバスに乗って小一時間。すぐ近くに比叡山が見える閑静な住宅地に「さぎのもり薬局」があります。こぢんまりしたドアをくぐり「こんにちは」と声を掛けると、奥から若い薬剤師さんが「はーい」と出てきました。

この薬剤師さんが、「さぎのもり薬局」の管理薬剤師を務める増田聖也(ますだせいや)さん。2020年3月に「さぎのもり薬局」の運営を先代の松嶋京子さんから引き継いで、お店を切り盛りしています。

近年大手チェーン店やドラッグストアの流行で後継者難に見舞われている、調剤薬局。そんな中で、さぎのもり薬局を引き継ぐことになった経緯や、引き継ぎ後の薬局の展望について、増田さんと増田さんをバックアップする京都小売薬業協同組合の米田理事長にお話を伺いました。

薬局の後継者を募集するも、難航し…

「さぎのもり薬局」は、先代の松嶋京子さんが1987年に創業しました。創業以来処方せん薬や一般の市販薬、日用雑貨などを扱い、地域に根ざした薬局として地域の住民に親しまれています。

京都府京都市「さぎのもり薬局」

ところが、松嶋さんが高齢になり店は後継者問題に直面。松嶋さんから相談を受けた京都府事業継承・引き継ぎ支援センターは「京都小売薬業協同組合」による事業継承を提案します。その提案を受け、同組合はさぎのもり薬局の事業を継承、店舗を運営する管理薬剤師の募集を行いました。

しかし、後継者選びは難航しました。

薬剤師はわざわざ独立しなくても、調剤薬局はもちろんドラッグストアなどで安定して仕事ができるからです。

米田理事長「何人か良さそうな人はいはったんですけどね。こっちから『ちょっと無理やな』と思ったり、『こんな人の通らへんところ経営が成り立たない』とあちらから断られたりしたこともあって、なかなか進みませんでした」

「独立したい」という気持ちを、事業継承で実現

そんな組合と増田さんが出会ったのは、後継者探しがスタートして1年以上が経った頃でした。

増田さん「チェーンの調剤薬局に勤めてたんですが、ゆくゆくは自分も独立したいと思っていたんです。それを知りあいの薬剤師さんに話したら、『今後継者を募集している薬局があるからどうか』って紹介してくれはって」

さぎの森薬局 増田聖也さん

独立しなくても安定した仕事がある中で、なぜ薬局を継ごうと思ったのでしょうか。

増田「自分のことは責任を持って、お金を稼ぎたいんです。全部自分の責任でやって、やった分だけ自分のものになるってシンプルじゃないですか。そういうシンプルさに惹かれます」

京都小売薬業協同組合の米田理事長は、増田さんの第一印象について、こう話します。

米田理事長「覇気がある人やと思いましたね。患者さんの対応も全部できるし、医薬品もきちんと発注もできる。だいたいのことはほとんどできるんで、管理薬剤師として来てもらって、経理などの事務作業は組合がバックアップするという体制で運営していくことにしました」

こうして京都小売薬業協同組合が経営し、増田さんが薬剤師として店を管理するという体制での事業承継が実現したのです。

先代のサポートと時間を味方に、地域に根を張っていく

30年以上にわたり地域の人たちに親しまれた調剤薬局を継ぐ以上、地域の人たちとの関係を維持していくことも大切な仕事のひとつです。

大手の調剤薬局チェーンの場合、定期的に転勤が発生します。薬剤師の方が代わってしまうので、患者さんの中には「同じようなことを何度も聞かれる」「やっと顔なじみになったと思ったらいなくなってしまった」という不満や不安を抱く人も出てきます。

しかし、さぎのもり薬局のような独立した薬局だとそういうことは起こりません。

増田さん「お薬もらうのはここだけにしてる、あんたがわかってくれてるから安心や、とおっしゃってくれる方もいはります。お客様との信頼関係は、独立した薬局ならではの強みですね

米田理事長「お薬取りに来てたまたま会った知りあいとしゃべって行かはる、みたいこともありますな。店が地域の中に根ざしているからこその光景なんでしょうね」

なじみの薬剤師にお薬を出してもらえる安心感や、地域の人ともあえるちょっとした社交の場としての役割は、さぎのもり薬局ならではの強みです。そんな薬局の承継にあたっては、先代の松嶋さんも大きなサポートをしてくれました。

増田さん「一緒に店に立って、来はる患者さんみなさんに私のことを『今度から来る子やからお願いな』と紹介してくれはって。それが良かったんやないかなあと思います。最初は不安もあったんですが、こちらがきちんとやっていればみなさん自然に接してくれはりますしね」

米田理事長「何かいろいろあるやろうな思うて、2年ぐらいは松嶋さんに伴走してもらわんとあかんやろなと思ってんですけどね。おかげさまですんなり移ったかなとは思います。最近は松嶋先生のほうから『もう代わるわ』って言わはって、店には月に2~3回くらい来はるくらいになりました」

薬局存続のために必要な「利益」をどう上げるか

薬局を継いで1年あまりの間、松嶋さんのバックアップを受けて営業の基礎固めを進めてきた増田さんですが、これから取り組んでいかなければいけない課題もたくさんあります。なかでも大きな課題は、いかにして利益を出していくかという問題です。

増田さん「今扱っている処方せん枚数でも、売り上げは十分です。だけど先々ずっと経営していくことを考えると、新規の患者さんも来ていただいて、扱う処方せんの枚数も増やしていかないと売り上げは伸びていかないんで」

今は、街の調剤薬局にとっては厳しい時代です。近年は調剤薬局のチェーン店も増えました。ドラッグストアのチェーン店も処方せんの取り扱いをはじめています。

大手の薬局は病院の門前という便利でわかりやすい場所に店舗を構えています。ドラッグストアには処方せん薬の購入にもポイントが付くなどのメリットがあります。患者さんの多くは、こういう便利でお得なお店に処方せんを持っていくようになりました。

こういった状況の中で、昔ながらの調剤薬局であるさぎのもり薬局を守っていくためには何をすべきなのか。増田さんが考えているのが、新規の患者さんを取り込む「営業」を積極的に行うことです。

増田さん「グループホームなどのお年寄りが集団で生活されている施設には、だいたいお医者さんの往診があります。その往診の際に出る処方せんを一括で扱うことを提案し、新規の患者さんを増やせないかと考えています」

とはいえ、高齢者向けの施設にはほぼ確実にすでにどこかの薬局が入っています。そういう施設に対してどんな提案ができるか。検討すべきことはまだまだ多くあると言います。

町の調剤薬局存続のモデルケースを目指して

さぎのもり薬局の運営をサポートする京都小売薬業協同組合も、営業のバックアップがどれだけできるかはわかりません。というのが、今まで組合は薬局を直営したことがないからです。組合に加盟しているそれぞれの薬局が持つ経営や営業ノウハウについても、ほとんど共有されていないのが現状です。

米田理事長「お客さんのために親切にやっていくことが、まわりまわって客数を増やすことになる。だから、嫌なことを嫌な顔せんと一生懸命やったほうがいいよっていうことを松嶋先生はよう言うてはりましたね。そうやって信頼を得て、地域の中に入っていくというのが一番なんでしょうな。

その上で、施設に営業をかけていくというようなことも必要だろうし、売上が上がらんと、店を閉めてしまわなしゃあないっちゅうことになるしね。きちんと採算ベースに乗って、利用してもらえる感じでやっていかへんとね……なかなか厳しい話ですが」

増田さん「店引き継いだばかりだし、新型コロナ感染症の件もあって、なかなか出にくかったんです。感染の広がり具合を見ながら、外に出ての営業もやっていきたいですね」

今回のさぎのもり薬局の事業承継は、経営者が高齢化を迎えつつある調剤薬局をどういう形で存続させるかというモデルケースでもあります。承継した事業の足元をしっかり固めつつ、これからどうやって薬局を維持していくか。増田さんと組合の取り組みに注目です。

文:鶴原 早恵子

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