6,000人を集客したいちじくいち!地元愛あふれる後継者のチャレンジ

いちじくの特産品としても有名な、秋田県にかほ市。人口2万人のこの場所には、「いちじくいち」というマルシェを開催して6,000人を集客した、地元愛あふれる後継者が居ます。

「いちじくをもっと多くの人に身近に感じてもらいたい」

この想いからマルシェを開催したのは、秋田県にかほ市の小さな酒屋・佐藤勘六商店4代目の佐藤玲さんです。高校卒業後は実家を離れ、関東の大学に入学し、そのまま関東で就職しますが「自分に都会の暮らしは合わない」と、29歳の時に秋田へ戻ってきました。

酒屋の後継者である佐藤さんがいちじくいちを行おうと思ったきっかけ、いちじくを広めたいと思って引き継いだ家業との向き合い方についてお話を伺ってきました。

地元の誇れる特産品をインターネットで販売したい

佐藤勘六商店ではお酒の販売をメインで行いながら、いちじくの加工販売も行っています。秋田県にかほ市は「北限のいちじく」が特産品です。この地域でいちじくは、昔から甘く煮詰める甘露煮として食べられてきました。甘露煮にすることで保存期間が長くなり、季節に関係なくいちじくを販売することができます。

佐藤勘六商店がある集落のほとんどの家はいちじく農家で、秋田県内のいちじくのうち約9割を生産しています。佐藤さんも、祖母が工場で加工しているところを幼い頃から身近に見ていました。

そのため佐藤さんにとっていちじくは身近で、地元の誇れる特産物でした。しかしいちじくは一般的にそんなに多く流通していません。関東で暮らしていた時は、いちじくを見かけたり食べたりすることはまずありませんでした。

佐藤勘六商店4代目の佐藤玲さん

佐藤さん「当時、まだそんなに知られていないからこそ今後の商売に可能性があるし、20年前はインターネットでの通販が出始めた頃だったので、これだ!と感じました。実家に帰って通販サイトを作ればすぐに売れていくかなと安易に思っていたんですよ。

なので、酒屋を継ぎたいというよりはいちじくを売りたいと思って家業を継ぎました。スーパーでもお酒は購入できるし、酒屋は自分の代でなくそうかとも考えていました」

いちじくに可能性を感じて実家に戻った佐藤さん。しかし現実はそんなに簡単ではありませんでした。

地酒ってかっこいい!愛されて作られた地酒も一緒に販売したいと思うように

佐藤さん「実家に帰って、いちじく加工の手伝いから始めました。するとだんだん現実が見えてきて。工場の衛生面や製造体制も含め、素人目から見てもこのままではいけないことがすぐに分かりました。自信を持って販売できるまで時間がかかるとわかった時、売り上げや資金面の事を考えて酒屋もやり、二足の草鞋を履いて頑張っていくことを決意しました」

酒屋も経営していくことを決意した佐藤さんは秋田に帰ってきてから地酒を飲み、酒蔵を訪れ、杜氏の方々と接していくうちに日本酒の魅力にはまっていったそうです。

佐藤さん「実家に帰ってきてから飲んだ日本酒がとにかく美味しかったんです。地酒の洗礼を受けましたね。酒蔵を訪れて話を聞くと杜氏の皆さん、どうやって美味しいお酒を作ろうかと真剣に考えていて。

自分がいちじくへの愛があるように、杜氏さんもお酒への愛があるなと感じました。今では愛されて作られた地酒を、こんなに美味しい地酒を販売できることが嬉しいです」

店頭には珍しい地酒が並ぶようにして、地酒に特化した酒屋を心がけているそうです。平日の日中に訪問させていただきましたが、絶え間なくお客様がいらっしゃっていました。

理想と現実のギャップを体験しながらも、昔ながらの甘露煮を守る意味を見出した

一方、なかなか思うように進まなかったのはいちじくの加工・販売の方でした。まず、製造工場としての体制の問題です。加工を担当していた祖母はレシピ等を作らずに感覚で調理をしていました。今後、家族だけではなくスタッフを雇うことを考えていたので、糖度計を購入して、レシピを作ることからのスタートでした。

甘露煮を作る様子

次に、商品の味の問題です。佐藤さんは祖母の作る甘露煮は甘すぎると感じていたので、自分好みの味にしようとして砂糖の量を抑えて作りました。しかし日持ちせずに、すぐに腐ってしまったのです。

佐藤さん「祖母は言葉でハッキリとは言いませんでしたが、砂糖を大量に使うことで保存食を作っていたんだなってその時に実感しました。うちの商品は、保存食としての『甘露煮』が代々引き継がれてきたものなので、『甘露煮』と呼ばれる糖度を下げないことを条件に商品改良を進めました。

砂糖を大量に使わないものは、『コンポート』と呼ばれる果物を少なめの砂糖で煮込んで作る、ヨーロッパの伝統的な果物の保存方法になり、冷蔵保存が必要になってしまいます。

ギリギリ常温保存のできることを大前提に、砂糖の甘味のみで糖度を調整するのではなく果汁を使うなど、甘みの質にこだわった味作りを行いました。ここが一番大変でした。

周りに意見を聞くと、秋田の人は甘いのが好きだから生で食べるよりも、あえて甘く煮てるんだと言うんです。甘露煮が地元で愛されてきた経緯があると気づかされました。今後、県外の人が食べた時に『うわ、やっぱり秋田は甘い!』と思われるくらいでいいのだと思うようになりました」

こうしていちじくの加工販売も、今ではスタッフを新しく雇用し、安定的に製造販売を行っています。

いちじくいちの開催をきっかけにどんどんいちじく愛の輪が広がっていった

元々の目的である「いちじくを多くの人に食べてもらう・身近に感じてもらう」活動を始めることができたのは、収入が安定的になった、家業を継いでから3〜4年後のことでした。

当初は、近所の農家さんにもっと効率的に生産したい、販売していきたいという考えを伝えに行っても、誰も話を聞いてくれなかったと言います。

佐藤さん「周りの農家さんにとって自分は『関東から帰ってきた息子・またいつ出ていくかも分からない息子』と見られていたため、信用されていなかったんだと思います。でも消防団などの地域の活動を積極的に参加していくうちに、やっと自分を信用してもらい、そこからはいちじくを全国にもっと広めたい想いを聞いてもらえるようになりました」

だんだんと信用の貯蓄「貯信」が出来てきたのが嬉しかったと語る佐藤さん。2016年には、たくさんの人の協力を得て、にかほ市の廃校になった小学校でいちじくいちというマルシェを開催しました。当初は500人程度の集客ができればいいなと思っていたいちじくいちは、2日間で6000人もの来場者があったそうです。

佐藤さん「予想を遥かに超えてお客様に来場していただきました。毎年続けていきたいと思っていたのですが、2020年は新型コロナウイルス肺炎の影響で開催を断念してしまいました。しかし何か、いちじく愛を伝えたいと思い『いちじく忘れない』というミュージックビデオ作成をすることにしました。

これもまた、たくさんの人に関わって頂いて出来たミュージックビデオです。貯信が全くなかった15年前の自分では、いちじくいちの開催も、ミュージックビデオの作製も不可能でした。気持ちの熱を持って伝え続けると信用と輪が広がっていくことを実感しました」

ミュージックビデオ撮影の様子

家業を継承してからの活動はめぐり巡ってお店にも還元され、売り上げが上がりました。継承前の商圏は半径2キロが大半を占めていましたが、承継後はお客様も全国規模へと広がったそうです。

いちじくの関係人口を増やしていきたい

これまでいちじくの栽培にあまり関わってこなかった佐藤さん。人口減少が進んでいく秋田県で、いちじくの農家を絶やしたくないとの思いで、今年から栽培にも力を入れ始めたようです。

佐藤さん「栽培に関わることで、生産・加工・販売と、もっといちじく愛を多くに人に伝えられるようになると思いました。ゆくゆくは栽培をしたい人を募って、いちじくの関係人口を増やしていきたいです。

広い土地でゆったり木の手入れをするのが気持ちいい。いちじくの木は背が低いので広い土地をぐるっと見渡せます。ちょっと時間が空いたからいちじく農園に行ってみよう、そんな感じでもいいんです。収穫の時期などに手伝ってもらえたら、いちじく愛が芽生える人が増えると思います。」

「にかほ市のいちじく」から「秋田県のいちじく」へと、甘い甘露煮も含めていちじくを有名にしてゆきたいと熱く語る佐藤さん。興味のある方は一緒に摘み取り体験などをしてみてはいかがでしょうか!

文・津川千穂

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