事業承継ストーリー

「新規事業を持って来い」承継の条件を与えた父。不動産鑑定士として立ち上がった3代目の事業承継

1965年創業の株式会社新和工芸は、秋田県秋田市の工業団地にある看板の製作と施工が主な業務の会社です。

カーディーラーや金融機関を主な顧客とし、県内で一定のシェアを占めています。 現在、専務取締役の石塚伸宏さんは父にあたる社長から『後を継ぐなら新規事業を自分で持って来い』と事業承継の条件に新規事業立ち上げを突き付けられました。

様々な業種での経験や出会いを経て、家業に新規事業として不動産鑑定業を取り入れています。 一体どのようにしてここまでの道のりを歩まれたのでしょうか。石塚さんにお話を伺ってきました。

事業承継の経緯

新和工芸は、石塚さんの祖父が始めた看板屋。家業があることには誇りがあり、物心ついたときには「家業を継ぐ」と決めていた石塚さん。

家業を継ぎたい気持ちを、社長である父に伝えたところ返ってきたのは「家業を継ぐのなら、新規事業を自分で持って来い」という条件でした。

石塚さん「大学卒業後、最初に就職したのは人材業界。その会社で働いている人の熱意に刺激を受けましたし、幅広い業種の方に出会えることで、新規事業のヒントも得られるのではないかと考えました」

リーマンショック直後の入社で厳しい市況ではあったものの、尊敬出来る方々と一緒に働くことが出来、法人営業や自社の採用担当も経験し、充実した時間だったそうです。

石塚さん「入社3年目に父が体調を崩したことをキッカケに退職を願い出て、秋田に帰ろうと決めたのですが、父からは『帰ってきて何をするんだ』と突き放されました。その後、父の体調は回復したものの、秋田に帰り承継への道を進むという自身で描いたストーリーは頓挫してしまいました」

石塚さんが次の転職先に選んだのは、起業経験を持つ方や複数社経営されている方が在籍していたEC関連のベンチャーでした。

石塚さん「ベンチャーで結果を出せれば父に認めて貰えると思ったのですが、結果として上手く行きませんでした。振り返ってみると『表面的な形で転職活動をしてしまったな』と思いますし、当時は落ち込みましたね」

そこから、今までのキャリアと自分の強みや得意なことを掛け合わせていった方がいいかもしれないと思うようになったそうです。そのように考えが移り変わっていく中で、石塚さんの転機となる仕事の話を持ち出してくれたのは、他でもない石塚さんの父でした。

石塚さん「新規事業を持って来るという事業承継のとっかかりも見つけられず、転職先でも成果を出せずに落ち込んでいた時期に、父から『不動産鑑定士の先生に会ってみないか』と提案されたんです。

不動産鑑定士の仕事内容を聞くなかで、不動産価値を判定する理論や関連する法律を突き詰める地道なインプット作業が苦痛にならない自分自身の強みが活かせるのではないかと感じ、不動産鑑定士への勉強をスタートしました」

不動産鑑定士の取得と、被災地での事業承継への想いの変化

居住地を仙台に移し、不動産鑑定会社に勤務する傍ら2015年に論文試験に合格。実務の修習期間を経て2018年に不動産鑑定士としての登録を果たします。

石塚さん「不動産鑑定士として働き始め、自身の専門分野を活かせることにやりがいを感じました。勤めていた不動産鑑定会社では事業再生の評価も多く、特に被災3県には数多く足を運んだのは大きな経験でしたね」

被災地においては沿岸部での仕事も多く、津波により本社が流されてしまったり、事業の再開の目途が立たなかったり、事業の継続もままならなくなってしまった企業の姿も目にしました。この経験から事業を承継出来る場があるというのは当たり前ではないと感じたと言います。

現在専務として、事業承継に感じること

今現在、専務取締役として事業承継の渦中で感じることも伺ってみました。

石塚さん「社長と専務との差は感じますね。よく『社長の仕事は社長しかできない』と聞いてはいましたが、本当にその通りで経営上の意思決定をするスピードやその回数などに差を感じますね。

その他、価値観などの違いも感じますがこれは事業承継でよく見られる課題なのではないでしょうか」

苦笑いされている一方で、事業承継だからこその良さも話してくださいました。

石塚さん「今年で新和工芸を立ち上げて55年になります。長年地域に根付いていることで既にお客様からの信頼を得ているのは事業承継ならではのありがたみだと思います。

不動産鑑定業を新規事業として開始した際も、看板業からお付き合いのあるお客様に『この部署で関係あるから紹介するよ』と言って頂けたこともあります。今までの信頼の積み重ねだと感じました」

ゼロから起業する場合と比較して、事業承継にはこれまで培ってきた歴史があります。こうした歴史があるからこそ、周囲の信頼もあるのが魅力ですよね。そうした意味で、何か新しいことにもチャレンジしやすい環境があるのは事業承継ならではの魅力ではないかと話されています。

これからのビジョンについて

新和工芸と不動産鑑定士としての、今後のビジョンについても伺ってみました。

石塚さん「新和工芸の看板屋の仕事と不動産鑑定業の両方の接点を考えたときに、お客様の資産に対してアプローチ出来る仕事だなと考えます。

看板はそれ自体が店の顔になりますし、当社では看板のみならず建物の設備面での修繕実績があり、いわゆるハードの部分に踏み込めます。一方で、不動産鑑定業は不動産の権利移動等のソフト面にアプローチ出来る仕事です。その両方から、お客様の役に立っていけるといいなと考えています。

秋田においては老舗企業も多く、資産についての課題をお持ちの企業様も多いと思います。そうした場合に、お気軽にご相談頂けるように自社のサービス拡充にも取り組んでいきたいと思います」

これからの事業承継に向けて思うことは「承継に踏み出すときの仲間は多い」ということ

これからの時代の事業承継についても、前向きな意見を貰うことができました。

石塚さん「事業承継というと、既存事業を『守る』というイメージもありますが、現在数多くのアトツギ達が自社の既存事業をベースにして『攻め』の戦略を取る動きが見られます。

例えば、私が入っている一般社団法人ベンチャー型事業承継の運営する「アトツギU34」というオンラインサロンもそうですし、秋田で直接アトツギと会っていてもそうですが、新しいチャレンジをするアトツギの方が増えているんですよね。

事業承継に踏み出せていないときやスタートラインに立ったときには、会社員のときとは違うストレスを抱えたり孤独を感じたりする人も多いと思いますが、仲間は多いですよ」

多くの経験と学びをしてきた石塚さん。最後に話してくださった「仲間は多いですよ」という言葉に多くの勇気を貰えるアトツギや事業承継者の方も多いのではないでしょうか。

石塚さんのこれからが楽しみです。

文:瀬島 早織

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