事業承継ストーリー

「サーチファンド」による国内初の事業承継者は、創業65年の会社で価値向上に挑む。

北九州を拠点とする「塩見組」は、1955年創業の土木工事を営む会社です。海上土木の高い技術力が特徴で、65年にわたり基礎工事を行なってきました。しかし後継者と事業の低迷ぶりを悩みとし、先代の末吉政人(すえよしまさと)さんは会社の未来を委ねられる者を探すため「サーチファンド」を活用されました。

事業を承継した渡邊謙次(わたなべけんじ)さんは東京出身。大学卒業後、家業の印刷会社に10年ほど勤めたのち、経営者になるうえでの見識を深めるためアメリカへMBA留学。アントレプレナーへの関心が高まり、帰国後は事業を承継できる会社を探していました。その際に利用したのが「サーチファンド」です。

ふたりは、承継者を探す人と経営する会社を探す人が交流するサーチパーティーで出会うことに。そうして2020年2月、塩見組の経営権が譲渡され、渡邊さんが3代目の社長となりました。北九州には地縁のない渡邊さんでしたが、家業より事業規模の大きな会社のトップとなる縁に感謝しながら、明るい未来を築くために邁進する日々を送っています。

出会いのきっかけとなった「サーチファンド」とは、経営者になりたい若者を、次世代の経営者を育てたい投資家が支援する仕組みです。“若者”はサーチャーとして自ら承継する会社を探し(サーチ)、買収にあたっては「サーチファンド」を活用。事業承継成立後は経営に専念し、会社を再生しながら事業を推進することで企業価値向上に取り組みます。

渡邊さんは、山口フィナンシャルグループ(以下、FG)などが設立した「YMFG searchファンド」を活用して事業承継を成立させた、日本で初めての人。2020年2月、先代の末吉政人さんから引き継ぎ、後継者に悩み、低収益構造にあった「塩見組」の社長となりました。

YMFG searchファンドを活用して事業承継した3代目の渡邊謙次さん

渡邊さん「初めて『塩見組』を知ったのは山口FGのサーチパーティー。まだ私がサーチャーとして認定される前でした。パーティーは、YMFGエリアで事業承継に興味を持つ数社と交流をはかるもので、そこに『塩見組』も参加していたんです。実際にオフィスを訪れると資材が乱雑に置かれているような様子を目にして、結構なキャッシュを使っているのに、なぜしっかり管理されていないのかと疑問を持ちました。改善点があるのかもしれない。そう思ったのが第一印象です」

また、パーティーで出会った他の経営者と異なり、当時の「塩見組」の末吉社長はあらゆる資料を包み隠さず話してくれたといいます。サーチ期間が1年と定められていたなか、会社の状況を包み隠さず見せてくれたことに渡邊さんのなかで信頼感が生まれ、会社には伸び代も感じたそう。

渡邊さん「65年の歴史がある会社で、技術力や経験をかなり有していました。かつ売上規模は10億円を超え、営業利益も当時1.5億円ほど。その状況を見て、もっと成長できると感じたんです。また私自身、売上10億円以上の会社を経営したいと思っていました。なぜなら家業の会社が売上3億円ほどであり、もうひと回り大きな事業規模を求めていたのです。業種は絞っていたわけではなく、歴史のある会社であることを優先していました。そして家業が印刷会社であったこともあり、製造業の方が私のキャリアを活かせるだろうとは感じていました」

北九州、土木業という未知なる世界に挑む不安はあったといいます。そのため「塩見組」での職責を正式に務め出す前に、少しの期間ながらインターンとして勤務。全国基礎工事業団体連合会による基礎土木に関する合宿にも1ヶ月ほど参加し、クレーンなどを操作して土木の世界に触れたといいます。

ただ、不安以上に心の内にあったのは期待感。家業での経験、MBA取得を目指して海を渡ったアメリカ留学の経験が高揚感を抱かせ、未知なる挑戦に強く背中を押しました。

危険と隣り合わせの現場に挑むスタッフへの敬意を大切に

北九州に渡る以前、渡邊さんは、大学を卒業すると一社員として企業に勤めるのではなく、家業の印刷会社に就職します。学生時代も昼は大学へ行き、帰宅後は家の仕事を手伝う生活を送っていました。15名ほどの従業員を抱える家族経営の会社で社会人として10年ほど勤務するなか、印刷工程に携わるだけでなく、経理、総務、営業も経験。のちに役員となり、父親との共同経営へ。経営者の視点から会社全体を見るようになっていきます。

そして、MBAを取得するため海外へ。

渡邊さん「元々は会社を継ぐ目的で行ったのですが、現地に滞在している途中で弟が継ぐ流れになりました。実は、父親と叔父が同じ会社で働きながら、よく喧嘩をしていたのを見ていたんです。そのため兄弟で会社を経営していく難しさを感じていました。また、私の通っていたMBAのコースがアントレプレナーに特化した内容だったんです。周囲の学生も起業への意欲があり、私も感化されていきました。実家は弟に任せ、自分は何か新しいことをやろうと、そう思い至ったんです」

自分の道を歩むことになった渡邊さんは、帰国して「サーチファンド」と「塩見組」と出会い、現職へ。企業価値向上をミッションとしながら、仕事のダイナミズムにも魅力を感じているといいます。

渡邊さん「小さくても何トンもする重機や資材を動かす、危険と隣り合わせの仕事です。そのダイナミズムだけでも魅力的ですが、その上で、今目の前にある地盤を掘る処理の仕方や工夫が現場ごとに求められます。地盤は場所により状況がまったく異なりますから、仮説を立て、実行し、ときに修正していく。それらを瞬時に行う必要があり、常に職人としての力が問われるヒリヒリとした環境に魅力を感じます」

渡邊さんは土木に関して素人。そのため職人さんへのリスペクトの姿勢は、とても大切にしているようです。

渡邊さん「職人さんには癖のある方が多いんですよね。北九州という土地ならではの部分もあると思いますが、でも彼らは仕事に対して真面目で、現場に入れば常にどうすればうまく事が運ぶかを考えています。私には土木の経験がそれほどありませんから、彼らが仕事に向かう姿勢や経験、知識には常に敬意を抱いています」

仕事は人があってこそ。しかし一方で、そこには会社の課題も。

渡邊さん「人材をどう確保するか。それが課題です。北九州には名のある大きな企業が多く、私たちのような中小企業で、3Kと呼ばれる仕事となると、若い人たちを確保するのが難しいのです。目下、考えている解決策は、まず外国人の採用。『塩見組』は外国人を採用した経験がないのですが、知人の社長の会社がベトナム人の実習生を雇っている話を聞き、前向きに考え始めました。もう一つは仲介業者を利用すること。そして少しでも魅力ある会社として知ってもらえるように、ホームページを刷新するといったことも行っています」

与えられた時間は10年。それまでに必ず会社と自身の未来を築く

2020年2月に経営権を得て、すぐに本社移転。決断は社員と情報を共有しながら行い、結果として年間3000万円ほどの固定費削減に成功しました。動くお金が、家業のときより遥かに大きいことを実感しているといいます。

渡邊さん「最近まで経理もやっていたのですが、一ヶ月で動くキャッシュの金額が大きいことを改めて知り、やりがいもプレッシャーも感じました。ただ、レバレッジ効果を考えると、無駄を削減し、新規事業に参入するなど、収支構造をブラッシュアップさせられたときには、会社は大きく生まれ変われるのだと思います」

現在の仕事は宮崎や鹿児島、瀬戸内海の護岸や海上施工が多いものの、かつては関東でも仕事を受注しており、東京ディズニーランドの開業前には現地の埋め立て工事も手掛けていたそう。そのような歴史的な背景から、渡邊さんは現在の強みを活かしつつ、今後は東にも進出していきたいと考えています。

また市場の流れとして、障害撤去や解体、都市の再開発にも可能性を感じているそうで、既存の建物の撤去や地中の障害物撤去という仕事にも注力していく予定です。

渡邊さん「収益構造の改善、それが塩見組における私の役割です。再生案件をマネージし、私自身も職務を通じて事業を成長させる人間になりたいと考えています。ファンドから与えられた10年という期間(※)のうちに塩見組を立て直し、将来的には、もっと事業規模の大きな会社の蘇生に挑戦する。そのためにも、今は歴史ある『塩見組』の社長としての責任を全うしたいと思っています」

※MBO(Management Buyout)でオーナー化することで、更に長期間社長を勤めることも可能

サーチファンドで出会った「塩見組」を率いるため単身で北九州へ。しかし今は現地で家族をもうけ、近く双子の父親になるといいます。東京に比べゆったりと時間が流れる土地柄は住み心地がよく、オンオフを明確にできることでプライベートも充実。腰をしっかり据え、今日も渡邊さんはミッションに取り組んでいます。

株式会社塩見組
山口キャピタル株式会社(YMFG Searchファンドの運営会社)

文・小山内隆

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