700世帯が加入するフォトアルバムサービスを引き継ぎ。「あとから買えない写真の価値」を守る老舗写真館

国の重要文化財に指定されている芝居小屋「八千代座」をはじめ、歴史的な建造物が多く残る熊本県山鹿市。風情溢れるこの地に100年以上続く、地域の人々の「思い出の時間」と向き合ってきた「こうの写真館」があります。

こうの写真館は、この春、創業55年になる同業者、熊本市内の「オガサワラ写真館」を承継しました。後を継がれる予定だった息子さんが他界し、高齢のため店を閉めようと考えていたオガサワラ写真館の店主。

しかし、子どもの成長を節目ごとに撮影してアルバムとして残す「会員制のフォトアルバムサービス」を途中で終わらせるわけにはいかないと、後継者を探していたのだそう。

オガサワラ写真館の店主の思いや「地域の人々の思い出」をつなぎ、後世へ残していこうとされている「こうの写真館」の店主、河野健二郎(こうのけんじろう)さんに承継の経緯や「写真」に対する思いを伺いました。

写真は思い出を呼び起こすためのツール。写真で「地域の人々の思い出」に寄り添う

河野さん「あくまで写真は、思い出を呼び起こすためのツールなんじゃないかな。撮影する時に感じた感情であったり思い出こそが、我々『写真館』が提供する商品だと思っています」

こうの写真館店主・河野健二郎さん

そう話すほがらかな笑顔が印象的な河野さんは、大正時代から続いている写真館の3代目。20年ほど前までは、店の売上の8割が婚礼写真だったそうですが、現在は七五三、成人式を中心としたスタジオ撮影、衣装レンタルが主な事業となっています。

河野さん「子どもの頃から父に『写真館を継がないとうちが潰れる』と言われてきましたから、自分が写真館を継ぐものだろうと思って育ってきました。高校卒業後は東京工芸大学で写真を学び、北九州の写真館で経験を積んだ後、山鹿に帰ってきました」

この山鹿地域にピーク時には7軒ほどあったという写真館ですが、現在ではご親戚がやられている第一梅田写真館とこうの写真館の2軒のみだそう。

明治ごろ、この地で開業した「梅田写真館」の技師として、河野さんのお祖父様は縁あって山鹿にやってきました。のちにお祖父様は独立して、この山鹿の地に「第二梅田写真館」を創業。

写真館の名前は変わりましたが、河野さんのお祖父様の代から、100年以上に渡ってこの地域の人々の思い出に寄り添い、写真を撮り続けてきました。

レイアウト、背景パターンの作成やロゴの作成まで河野さんのこだわりが詰まったアルバム

河野さん「現代のお客さんたちは、普段はスマートフォンの写真がメインになってしまっているから、写真館の写真にもリアル感・質感を求めていないように思います。だから、うちはお客さんの思い出となる『写真館で過ごす時間』も大切に考えているんです」

河野さんの言葉から感じられるように、こうの写真館は「地域の人々の思い出の時間」と真摯に向き合ってきました。そして、その姿勢はオガサワラ写真館の承継へとつながっていくのです。

次の世代へつなぐために、熱意と気持ちに共感した承継

山鹿市内の「こうの写真館」から熊本市内の「オガサワラ写真館」までは車で40分弱ほどの距離。決して近くはない距離ですが、なぜ「こうの写真館」が「オガサワラ写真館」を承継することになったのでしょうか。

河野さん「小笠原先生も、お金の問題もそうだけど、撮影を楽しみにされている会員さんたちがいる中、閉店によって、途中でアルバムのサービスを放り出すわけにはいかなかったんじゃないかな」

オガサワラ写真館より引き継いだ手書きの会員制アルバムの名簿

河野さんのもとに、オガサワラ写真館の店主より電話があったのは昨年の夏頃。もともと地域の写真協会が主催する講習会などで何度か会う機会があり、顔見知りだったというお二人。

初めに電話をもらってから返事を保留にしていたという河野さんですが、その後も小笠原さんから何度か承継を打診され、その熱意に共感。小笠原さんの気持ちを汲み、承継することを決めたと言います。

河野さん「僕が『写真館向けの技術誌』の発行や講演などをしていたこともあって、技術面を信頼してもらっていたんだと思います。写真館仲間に承継について話した時には『うちにも連絡あったよ』言われて、小笠原さんの意思の強さと熱意を感じましたね。

荷物を持ってくるのが一番大変でした(笑)8往復くらいしたかな。会員制のアルバムはお客さんから預けられたままになっているのが300冊くらいあって。収納が一番大変です」

七五三や成人式の衣装、スタジオの撮影機材、顧客名簿、会員制のフォトアルバムサービス、小道具など建物以外のものをすべて引き継いだのだそう。

先代の人柄のおかげ。フォトアルバムサービスには700世帯近くが登録

オガサワラ写真館の会員制フォトアルバムサービス「フォトストーリーアルバム成長物語」は、5年間で12ポーズ撮影することができ、毎月定額で積み立てることで撮影総額が割安になるというサービスです。

安定収入につながる会員制のフォトアルバムサービスは、バブル時に全国的に広がったそうですが、子どもやロケーション撮影に特化した写真館など、現在では顧客ニーズが多様化。

同じ背景で毎回スタジオ撮影を行う会員制のアルバムサービスは、近年ではだいぶ下火になってきたのだそう。そんな時代に、とても珍しいことに、オガサワラ写真館の提供するサービスには700世帯近くが登録しています。

オガサワラ写真館から引き継いだ子ども用のおもちゃ。小笠原さんの思い入れがあり、子どもたちに大人気の小道具なのだそう

「たくさんの会員さんがいるのは、小笠原先生のお人柄かな」と話す河野さんに、承継を決めた際のことについて伺ってみました。

河野さん「はじめは、どんなお客さんが来るのか不安の方が大きかったですね。あと、従来うちで提供しているアルバム撮影の商品のお渡しが、4ヶ月かかってしまっているんです。お客さんが増えて従来のうちのサービスが提供し続けられるのか、とか不安の方が大きかった。でもね、小笠原先生のお客さんは表情が本当にいいんですよ」

お客さんが「写真館で過ごす時間」も大事にして、地域の人々の大切な瞬間と向き合ってきた河野さんだからこそ、どんなお客さんが来るのか不安の方が大きかったに違いありません。

しかし、お客さんのいい表情を引き出している小笠原さんの写真を見て、オガサワラ写真館に来られたお客さんと小笠原さんのあたたかな関係性が垣間見えたのではないでしょうか。

河野さんは、小笠原さんのお客さんとの向き合い方や会員制アルバムの継続を願う熱意に共感し、意思を引き継ぎ、次の世代へつなぐため事業承継をしたのです。

たとえ100万円出しても買えない。「あとから買えない価値」をつなぐ

河野さん「つぶれないのが今後の目標ですね。息子達が大きくなるまで、20年くらいはね(笑)。オガサワラ写真館さんがやっていたものは管理の手間がかかり過ぎていたから、ゆるい形で会員制のシステムは続けていきたいです」

現在は、写真の修正からアルバムの編集まで、社内ですべて一人でやっている河野さん。こうの写真館に来春入社される新入社員に、ゆくゆくは色々任せていきたいと話します。河野さん曰く「どうしても着付けの修正や写真のレイアウトが気になってしまうから、外注しづらい」とのこと。

河野さん「うちの写真館のファンの方がいらして、赤ちゃんの頃から来てくれているんですよ。自分で修正や編集もやるもんだから、商品のお渡しまでに時間がかかっちゃうけど、もう10年以上そういうサイクルでやっているから、わかってくれる人じゃないと来ないよね。それでも、商品を渡す前にみんな次の写真を撮りに来るから、求められているのは『写真』という商品じゃなくて、やっぱり『写真館での体験』なんだよね」

承継後、オガサワラ写真館のお客さんが10組ほどアルバム撮影に来られたそうですが、「承継の魅力や苦労がわかるのはまだこれから」と話す河野さん。「写真」の魅力についてこう話します。

河野さん「あとで欲しいと思っても、100万円出しても買えないものだからね」

お祖父様とお父様が残した「第二梅田写真館」の建物を拠点に、今後、山鹿市内の歴史的な建造物や風景をバックとした、ロケーション撮影などの新たな事業にも意欲的に挑戦していこうとしているこうの写真館。

”あとから買えない価値”と”お客さんの大切な時間”を、オガサワラ写真館の承継を通してバトンを受け取り、「地域の人々の思い出」を後世へつないでいこうとしています。

文・栗原香小梨

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