豆腐を通して東北を発信したい「TOFokU」の挑戦

岩手県普代村では昔から煮しめにたくさんの焼き豆腐を入れるのが御馳走とされてきました。

そんな普代村で豆腐店「TOFokU(とうふぉく)」を経営するのは宮崎県宮崎市出身の鬼束拓哉(おにつかたくや)さん。一度は廃業した先代の「上下豆腐店」を2018年に引き継ぎ、現在は焼き豆腐と「香絹」という商品の製造と販売を主に行っています。

お金があっても物が買えなかった震災を経験して

鬼束さんは2011年、東京のシステム会社でSE(システムエンジニア)の仕事をしていたときに東日本大震災を経験しました。

上下豆腐店を引き継いだ鬼束拓哉(おにつかたくや)さん

鬼束さん「お金があってもものを買えないことを体験し、一次産業に関心を持つようになりました。自分でものをつくっておくと安心だと考えたんです。その後宮崎に帰り、一次産業にかかわる制度を調べていたところ、地域おこし協力隊のことを知りました。

東京時代に結婚していた人との間にできた子どもが東北にいて『子どもに親として背中を見せたい』と思い、岩手や青森で地域おこし協力隊の検索をかけていたら普代村が募集していて、応募したんです」

半年かけて直談判。衝撃を受けた豆腐の味を承継

2015年1月、鬼束さんは地域おこし協力隊として岩手県普代村へ赴任しました。普代村ではSEの経験を活かし、情報発信を行うかたわら、一次産業の見習いにも取り組んだといいます。

鬼束さん「一年目に先代の上下静子(かみしたしずこ)さんと出会いました。近所の店で普代の郷土料理である豆腐田楽を食べたのですが、それが一口で衝撃を受けるほどおいしくて。その店で先代の上下豆腐店の豆腐を使っていると聞き、店へ行きました。

静子さんも僕が発行していた協力隊通信を通して僕のことを知ってくれていました。『楽しみに読んでる』『いいこと書くね』と言ってくれました」

静子さんと鬼束さんとの交流はしばらくの間それきりになっていたそうですが、2017年11月、鬼束さんは静子さんが豆腐屋をやめるという噂を聞きます。

鬼束さん「その噂を聞いてじゃあ自分がやろうと思いました。実は祖父が宮崎県新富町で豆腐屋をやっていて、それを小さいころから見ていたんです。

いまは叔父が継いでいて、その叔父はいつも焼酎と一緒に豆腐を食べていてぜんぜん病気をしたことがないというのもあり、豆腐の効力を肌で感じていました」

2018年2月、鬼束さんは商工会議所の人から静子さんが本当に豆腐店を畳んだと聞きます。

鬼束さん「半年くらい静子さんを説得しました。『本気なのか』『続けられるのか』と問われましたが、何度か店に来て『やらせてください』と伝えました。最終的に3週間ほど豆腐の作り方を教わりました」

訪問販売で販路を開拓し、先代の気持ちもお店も上向きに

2018年9月、承継。当初の屋号は先代の「上下豆腐店」にちなんで「上下豆腐2.0」としました。SEだった鬼束さんらしいネーミングです。しかし、わざわざ店まで買いに来る人がおらず、訪問販売をするようになりました。

鬼束さん「訪問販売することで、豆腐は意外と重いことに気づきました。直接お客さんの自宅に届けることで、高齢のお客さんを中心にとても喜んでもらえました。

自分が作ったものを直接お客さんが買ってくれて笑顔でありがとうと言ってくれることがやりがいになっています。週一回訪問するときに会うのを楽しみにしてくれる人もいて、ありがたいです」

一方、先代の静子さんは廃業前から気持ちがふさぎ込みがちになっていました。鬼束さんはご自身のお子さんを静子さんのところに一緒に連れて行っていたといいます。

鬼束さん「子どもを静子さんのところに連れて行くことで、落ち込んでいた静子さんの気持ちがだんだん前向きになっていきました。そんな折、豆腐を訪問販売することで、たくさん作れるようになり、手伝ってほしいという話を静子さんに伝えました。

日に日に元気になり、ちょっとした手伝いだけど、それをやることで気が晴れると言ってくれました」

豆腐作りを学ぶための修業。外国産大豆から国産大豆へ

正月は焼き豆腐の需要が特に高くなります。2019年、承継してはじめての正月を迎えますが、豆腐の出来が悪く、形が揃わなかったといいます。

鬼束さん「先代が感覚でやっていたものを数値化してやっていましたが、形がうまく揃いませんでした。これではお客様に申し訳ないと思い、その年のゴールデンウィークに10日ほど、八幡平にある全国的に有名な豆腐屋『ふうせつ花』へ修業に行きました」

そこでは豆乳を作り、器の中で豆腐を作る方法を教わったとのこと。この方法だと失敗が少なくなるのだそうです。こうしてできたのが「香絹」で、現在焼き豆腐と並ぶメイン商品となっています。

鬼束さん「『ふうせつ花』の社長さんが国産大豆の問屋さんを紹介してくれ、それを機に外国産大豆から国産大豆へと切り替えました。今は東北原産の大豆を使っています。宮城県産と山形県産の大豆を二種類独自の配合で使っています」

鬼束さんはこれを機に屋号も「上下豆腐2.0」から「TOFokU」へと変更。「東北の魅力を豆腐から」をキャッチフレーズに豆腐を通して普代や東北を発信する試みを続けています。

一次産業まで拡大し、商品の原料から携わりたい

承継後も、豆腐が売れなかったり形が揃わなかったりして苦労の連続だった鬼束さん。先代から受け継いだものについて次のように語ってくれました。

鬼束さん「豆を変えて味は変わりましたが、食感は先代のものを再現しています。はじめて食べたときに感じたのが、口の中で豆腐がほろほろと崩れた後、つるんとした喉ごしがあって、 とてもおいしかったんです。その食感を大事にしています。

また味についても、一般に出回っている豆腐は豆の味がしない豆腐ばかり。その中でうちの豆腐は味がしっかりしており、煮しめてもちゃんと大豆の甘味やうま味が感じられるところが強みだと思っています」

今後は東北6県の大豆を使って6種類の豆の味がする豆腐セットを作っていきたいと意気込みを聞かせてくれた鬼束さん。

現在は二次産業に従事しているわけですが、自宅でにんにく栽培をして豆腐田楽の原材料とするなど、一次産業へも取り組んでいきたいとのこと。「TOFokU」の今後が楽しみです。

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文:黒木萌

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