事業承継ストーリー

後継者は店の元配達員。海外の市場で感じたひらめきを元に八百屋を承継

石川県・金沢市新竪町。かつては骨董通りとして親しまれ、古美術品・骨董品店が点在しているほか、ギャラリーやカフェ、雑貨店にセレクトショップなど、新旧の店が交差した個性的なお店がずらりと並んだ街並みの商店街です。

この商店街にある「松田久直商店」は、地域から親しまれていた八百屋を事業承継し、2009年春にリニューアルオープンしました。

古い町家をリノベーションした建物から現れたのは、松田久直さん。今から15年前、2代前から八百屋を営んでいた先代の店を受け継しました。

事業承継のきっかけは、大学時代のアルバイト

松田さんは34歳の時に八百屋を事業承継したそうですが、元々八百屋に興味があったわけではありませんでした。

松田さん「大学時代は海外に興味があって、3年の時に休学してワーキングホリデーでカナダに行ってました。卒業してから何か人と違うことをやりたいと思ってたんですけど、1年早く卒業することになった同期の友人から就職でバイト先をやめるから、かわりに引き継いでと誘われたのが八百屋との出会いでしたね」

大学卒業後に、配達要員として八百屋で働く日々を過ごしていた松田さんですが、最初から興味があれば事業を継がないかという話は出ていたそうです。

松田さん「元々、先代は65歳になったら家業をやめるといっていたんです。自分で仕事をしてみたいと思っていましたし、新竪町という街並みはプライベートでも気に入ってたので、引き継ぎの話を聞いた時は、おもしろそうだなと思っていました」

海外の市場の雰囲気に憧れて、引き継ぐ前に海外を回る

バイトとして働きはじめたものの、実は事業を引き継ぐ前の1年半ほど、松田さんは八百屋の仕事を離れていたそうです。

松田さん「海外の市場を見てみたいという想いから、配達員として数年の日々を過ごしたのちに、27~28歳に1年半かけて世界のマルシェを見に行きました。海外への想いは、八百屋で働き始める前から先代には伝えていたので、スムーズに渡航することができました。

半分は趣味みたいなものでしたが、モロッコのスークをはじめヨーロッパのマルシェやアジアの市場、さらにカナダのトロントやアメリカのニューヨークなど、雑誌でみていた朝市の風景を実際に見たいと思っていろんなところに行きましたね。そうした経験ができたからこそ、帰国後は本格的に八百屋と向き合うことができたのかもしれません」

八百屋として大切なことを教えてくれてたのはお客さん

そうして帰国後、再び八百屋さんで働くことになるのですが、配達以外の仕事もする中で「野菜や果物のことが分からない。このままでいいのか」と日々葛藤を抱えながら過ごしていたそうです。そうした状況を変えたのはお客さんでした。

松田さん「再び働き始めてからは、これまで配達のみだった仕事が変化し、慣れるまで苦労しました。少しずつ市場に連れて行ってもらう中で、野菜や果物ことがだんだん分かるようになってきましたね。でも一番勉強になったのは、配達先のお客さんにいろいろ教えてもらったりしたことです。私よりもかなり商品のことに詳しい方たちばかりでしたから」

そうして日々勉強しながら、もがき続けて、ようやく自分で店を持ちたいと思うようになっていくのでした。

松田さん「当時はECショップも流行り始め、郊外のスーパーが増えてきた反面、まちの小さな八百屋が衰退していた頃でした。そうした中、海外の市場で感じたインスピレーションを元に、八百屋を作ってみたいと思っていました」

もともとあった八百屋は、先代の人柄のおかげでお店が成り立っていたという印象だっだそうです。商店街の会長を務めるご主人のかたわら、気丈夫にお店を切り盛りする奥さんがいて、奥さんの仕事ぶりを見ながら八百屋の経営についても覚えていきました。

スムーズに事業承継ができたのは経験があったから

松田さんが事業承継する1年半くらい前に、先代から事業承継についての宣言をされたそうです。

松田さん「具体的な事業承継の話が出てからの1年半は、覚えなければいけないこともたくさんあったし大変でしたね。時には先代との意見の食い違いなどもあって辞める寸前までいったこともありましたが、最後には円満に事業承継できました。

自分の場合は事業譲渡と言う形だったので、家賃を払いながら譲渡権のような形でお金を支払ってお店を譲り受けました。司法書士や税理士にもはいってもらったんですが、想像以上にお金が必要でしたね。でも今思うと、自分のことを思って先代はかなり安く譲渡してくれたんだと思います」

松田さんがスムーズに事業承継ができたのは10年以上仕事をしていたからだと言います。

松田さん「もしゼロからの事業承継だったら難しかったかもしれません。お客さんありきの商売なので、10年以上仕事をしていろいろとお客さんを知ることもできたのがかなりアドバンテージになっていたと思います。しかも先代ありきの事業を引き継ぐって言うのは難しいものの、その点は10年かけてお客さんとの関係を構築していたのでクリアーできたていたと思います」

今回の様に八百屋を家族以外が引き継ぐケースは極めて珍しいのだそう。

松田さん「健康上の問題で八百屋を辞める人が多いんですけど、先代は元気なうちに『辞める』と宣言してやめてるんですよね。そんな訳で、珍しいケースの事業承継として、事業承継当時は多くの媒体から取材依頼もありましたね」

オーナーになることでお金の考え方が変わりました

そうして事業承継をした松田さんですが、従業員の頃から比べて考えが変わったのは、お金についての意識だそうです。

松田さん「事業継承して思うことは、働いてもお金がもらえる訳ではないということですね。従業員の時は働けば働いた分だけ給料が入ってきましたが、オーナーになればまずは従業員に給料を払うので、結果働いてもお金が入ってこない場合があるというのは辛いですね」

現在は従業員とバイト含めて延べ10人くらいで運営していて、平日は1~2人、忙しい時は2~3人、中には週1日で働いている人もいるそうです。

お客さんの要望で増えていった商品の数々

事業承継をして15年程たった今、承継前後でお客さんはがらりと変わっているのだそう。

松田さん「事業承継前のお客さんってもう一握りしかいないかもしれないですね。世代交代とかもありますが、ありがたいことに常に新しいお客さんが増えているからです。うちには大口のお客さんはいませんけど、個人お客さんがたくさんいるので、そうした方を1人1人を大事にしたいと思っています」

新しくて美味しいものを紹介したいという気持ちで仕事をしているからこそ「ここに行けばいいものがある」「めずらしいものがある」というポジションまで持ってこれているのだそうです。

松田さん「お客さんが欲しいというものを増やしていったんですが、その結果どんどん商品の種類は増え続けてますね。地元の野菜にこだわりたいですが、お客さんからの要望で石川県にないものなどは県外から取り寄せたりもしています」

気軽に入れるパブリックスペースを目指す

商品自体は昔は缶詰や調味料なども置いていたそうですが、そうした商品は少しずつ減らし、店自体も引き継いでから3年後にリフォームしています。

松田さん「海外の泥臭いマルシェのような店が自分の原風景としてあります。店構えだけでなく、気軽に入ってもらえるパブリックスペースのような店にしたいので、あれこれ試行錯誤していますね」

海外のマルシェの雰囲気を目指す松田さん、目指していることがもう一つあるそうです。

松田さん「生産者とうちと消費者で、環境問題に取り組んでいきたいと思っています。ヨーロッパでは、お店が生ゴミを回収する取り組みなどが進んでいて、環境問題に対してはかなり先進的です。メッセージ性の高いリサイクルステーションとして取り組みたいというのが、今のモチベーションになってますね」

今いるお客さんを大事にしながらも、自分の思い描いたビジョンに向けて一歩ずつ進み続けている松田さん。持続可能な社会を目指し、新たな八百屋を作り出そうとしています。そうした想いが伝わるからこそ、地域に愛される店として、さらには通りがかりの人でさえも愛おしく思わせるお店なのです。

文:八反田 清正

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