事業承継ストーリー

おばけ提灯で老若男女を巻き込む。八女の提灯を通して「飽きさせない商い」を目指す8代目の挑戦

高速道路をおりて田園風景の広がるなかを車で走ること10分ほど、白壁の土蔵造りのまち並みが広がる通り沿いに「伊藤権次郎商店」の看板が見えてきます。

福岡県の南部に位置する八女市で1815年に創業、板を差し合わせて家具や器具を作って売る「指物商」から始まった商店は、今や200年以上この地で根付いて装飾提灯という生業を守りつつ、新たな提灯の可能性・魅力を発信しています。

この伊藤権次郎商店を8代目として兄弟で承継され、職人でありながら営業も担当されている弟の伊藤博紀(ひろき)さん。盆提灯作りが盛んなこの地で、唯一の装飾提灯屋として商いをされている中で、近年祭りや神社・仏閣等の用途以外にも、新たに飲食店やホテル、セレクトショップ等の内装や映像演出にも挑戦されています。

今回は、新しい分野の仕事を次々と獲得し続ける、伊藤さんからお話を伺いました。従来の用途にとどまらない事業発展の裏には、常に伝統産業の新たな可能性にチャレンジし続けるアグレッシブな姿勢がありました。

頭の中から家業でやりたいことが溢れて、予定を先倒しして承継

伊藤さんはおじいちゃん子で幼い頃から工房に出入りし、職人さんによくおやつをもらっていたなど、家業はとても身近な存在で、物心ついた頃から家業を継ぐことを決めていたそうです。しかし、視野を広げるため、大学生の頃にイベント企画や広告等の事業で起業します。

8代目の伊藤博紀さん。提灯を綺麗に張れるまでに2〜3年はかかるそう

大学卒業後は、福岡市内のファッションビルでプロモーションの仕事に就きました。もともとは30歳で家業に入ると決めていたものの、会社に勤めながらも常に家業の事が頭にあり、家業でやりたいことをプランニングしていたそうです。

その中で「他の人に先を越されたくない」というおもいが強くなり、予定を早め20代半ばにして家業に入ることになります。

伊藤さん「伝統産業の分野でも、全国に何人か同じ世代で頑張っている方々がいるんですけど、自分がやりたいことを、その人たちに先を越されたくなかったんです。

家業に入った時、先代は粛々と提灯の商いをしていました。赤字ではありませんでしたが、決して良い経営状況ではありませんでした。父や工房の職人さん達も自分が継ぐのが当然だと思っていたので、スムーズに家業に入ることができました」

地元八女の竹ひごと手漉き和紙を使って提灯作りを行うのは、この地域では伊藤権次郎商店のみだそう。「自社の提灯がなくなれば、九州の文化やいくつもの地域の生業が無くなる」と危機感を持ちながら、自身の経験と得意分野を活かして、伝統産業の新たな可能性を見出す挑戦がはじまりました。

「提灯」を知ってもらうための情報発信で、職人のモチベーションもアップ

家業に入り、まず着手したのがお店のホームページの作成でした。

伊藤さん「伝統産業の世界は先細りが見えていると感じ、このまま同じことをしていてはだめだと考えていました。当時は、何か新しいことをしても発信する媒体がなかったので、まずはそちらを整えることに専念しました」

伊藤権次郎商店のホームページ

ホームページでは、納品後の提灯の紹介のほか、新たに受注したお店・ホテルの内装の様子や海外のデザインユニットとのコラボレーションの様子、和紙ではなく布を張り実験的に製作された提灯の紹介もしていきました。ホームページやSNSでの発信は、社内にも変化をもたらしました。

伊藤さん「今まで職人は、提灯を作って納品したらそこで仕事は終わりでした。でも、それではもったいないなと思い、納品後の現場に出向いて、どのように提灯が使われているのかホームページ上で発信することにしたんです。

すると、外への情報発信だけでなく、うちの職人達も自分で作った提灯がどうやって使われているかを知って、モチベーション向上に繋がりました。情報発信等の取り組みを通して、他の職人が会社がよくなったと言ってくれたこともありました」

外部に対して家業の魅力を見える化したことで、今までにないお客さんから問い合わせも来たそうです。

伊藤さん「デニム生地を張った提灯をブログに載せたところ、フィンランドのデザイナーから久留米絣*1(くるめがすり)で提灯が張れないかという問い合わせがあり、実際に東京で展示会を行うことにも繋がりました。情報発信がきっかけでディズニーからも問い合わせがあり、映画に提灯を提供したこともあります。いつかは弊社主体で世界や海外に提灯の魅力を伝える機会を作りたいです」

*1:福岡県久留米市を中心に生産されている織物

ファッションビルのプロモーション経験を活かし、おばけ提灯を展示

提灯作りの修行の傍ら、ホームページの作成をはじめSNSでの発信や新規営業にも力を入れて取り組んできた伊藤さん。常に挑戦し続ける姿勢は、情報や時代の流行の先端を追う「ファッションビルのプロモーション職」で養われたものだそう。

伊藤さん「照明としての提灯ではなく、アートに昇華した提灯の見せ方に挑戦しています。それが、妖怪やおばけの絵を描いた提灯などを展示したイベント『奇々怪々な提灯展~おどろおどろ~』です。9月の地元の燈籠人形公演に合わせて、おばけ提灯などを工房兼展示スペースに飾ります」

「奇々怪々な提灯展~おどろおどろ~」で使用している妖怪が描かれた提灯

伊藤さん「提灯単体を売るのではなく、アートとして、空間を含めて楽しんでもらいたいです。提灯を知ってもらうための空間にぜひ来て欲しいと思って始めました。地元の灯籠人形公演にあわせて開催しているので、子供から高齢者までたくさんの方に見ていただき、提灯に新しい可能性を感じました」

工房兼展示スペースには、常に外からの「老舗の提灯屋」に対するイメージを意識している伊藤さんならではの視点が、たくさん詰まっているように感じられました。

同じことをただ続けていてもやっていけない。飽きさせない商いを目指して

日本人のライフスタイルが変化し、提灯が使われるシーンが減少する中で、伊藤さんが描く提灯の未来を伺いました。

取材中に張り終えた昔から形の変わらない提灯

伊藤さん「大学の時に、伝統工芸って終わってる業界だと思いました。物自体は素晴らしいと思うのですが、周りの環境が変わる中で同じことを続けていたら、商いとしてやっていけない。

商いって、『飽きさせない』ことだと思っています。美しい昔ながらの提灯の形は変えず、『見せ方』で工夫して現代の人からも求められるようなモノを作っていきたいですね」

八女のこの地で、時代の波を受けながら200年近く「提灯」を作り続ける伊藤権次郎商店。「飽きさせない」という姿勢は、地域の生業を長く続けていく上で大切な心得のような気がします。

アグレッシブに新しい取り組みを続ける伊藤権次郎商店の挑戦に、今後も注目していきたいと思います。

文・栗原香小梨

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