成約案件インタビュー

【成約事例インタビュー】将来の夢と継業がマッチした奇跡的な出会い。家族で移住し高原町のパン屋を承継

2020年6月、宮崎県高原町にある「天然酵母田舎のぱん屋さん」がrelayにて後継者を募集しました。地域に根づきオーガニックにこだわった安心安全のパンづくりを承継することになったのは、宮崎県出身で現在は千葉県に住む関島美弥さん。元々お店のファンで帰省時には買い物に行っていたという関島さんと、UIターン者に承継してほしいという希望を持っていた松崎さん。奇跡的とも言える出会いを果たし、現在承継の準備を進めておられるお二人にお話を伺いました。

譲渡者:「天然酵母田舎のぱん屋さん」代表 松崎弘志様
承継者:関島美弥様
聞き手:relay編集部

譲渡することで、お店を持ちたい人たちの後押しができるだろうと思った

「天然酵母田舎のぱん屋さん」代表 松崎弘志さん

――松崎さんは、15年間続けた事業をいつから辞めようと考えていらっしゃったんですか?

(譲渡者)「天然酵母田舎のパン屋さん」代表 松崎弘志様(以下、敬称略):3年ぐらい前からです。やりきれたので一つ節目をつけたいと思いました。ただ仕事の関係もあるし、商工会の役員もしていたので、そう簡単には辞められなかった。それらが整ったのがこの6月だったという状況ですね。

――「もう、そろそろ辞めようと思ってる」と、いつ商工会で話されたんですか?

松崎:役員最後の1年くらいに言いました。ほんとは今年1月くらいから役場などに相談して、半年ぐらいかけて承継者を探してもらおうかなぐらいに思ったんですよ。それがたまたま昨年6月ぐらいに中武さん*が訪ねてきて「これから先どうするの?」って。「いや。来年ぐらいに辞めようと思ってるんだ」という話をして「誰かにあげようと思うんだけども、誰かいないかな」と言ったところrelayの紹介をされたんです。  *高原町職員

――完全に廃業しようと思っていたんでしょうか?

松崎:はい。やることはほとんどやってきたから、半年前ぐらいから言いだせば誰か引きとる人はいるだろうと。引き取り手はたぶん町内からだろうとは思ってはいたんですけどね。

――町内でどなたか頭に浮かんだ方がいらっしゃったんですか?

松崎:町内向けに開いているパン教室に来る人が、口をそろえて「店持ちたい」って言うんですよ。でもこれだけの機械を買うのはハードルが高い。最初から機械があることでお店を持ちたい人たちの後押しができるだろう。捨てるのはもったいないから、これでその人達の夢が叶うんだったら、利用してもらえばいいかなと思ったんですね。

たまたま手に取った移住雑誌で故郷の店を発見

後継者 関島美弥さん

――(聞き手)relay編集部(以下、略)関島さんは現在お住まいの千葉県で、パン屋さんで働いていらっしゃるんですよね。

(承継者)関島美弥様(以下、敬称略):はい。今はパートでパン屋とカフェで働いています。

――高原町のお隣の小林市のご出身で「天然酵母田舎のぱん屋さん」にお客さんとして通っていらっしゃったとか。

関島:はい。ここのパンが好きで、宮崎に帰省したときはいつも買いにきていました。

松崎:嬉しいですね。

――いつも通っていた「天然酵母田舎のぱん屋さん」が後継者を募集されていると知って、どう思われましたか?

関島:「えーっ」って驚きました。「えっ閉めちゃうの。これからどこのパン屋さんに行けばいいの」と思いました。たまたま本屋で手にとった雑誌に松崎さんが載っていたのも驚きました。

――その雑誌はTURNSですよね。地方の閉業を減らすために連携して、初めて掲載した記事だったんです。ゆくゆくは首都圏からの移住を伴った継業事例ができるといいなと思っていたのですが、初回から理想的な形が実現するとは思ってもみなかったのですごくうれしいです!

関島:みんなの理想が合わさったんですね。

――それでrelayのページをご覧になられた?

関島:地元宮崎の情報誌ならともかく、全国版に載るなんてめずらしいじゃないですか。しかも店を閉めるということだったので、ずーっと考えて、relayのサイトも見て、記事ページ上で財務情報を購入しました。そのあとすぐにオンラインで面談をやってくださったじゃないですか。あの段階では、まだ、もやもやしている状態だったんですけど…。

――あの頃はもやもやしていたんですね!どうやって気持ちがかたまってきたんですか?

関島:宮崎に帰省して、中武さんとご一緒したときに、いろいろなところを見て、当たり前だと思ってた風景や施設、たとえば御池(みいけ)や皇子原(おうじばる)公園も、いい意味で変わっていない。そのままの風景が、高原町の財産というふうに考えるようになったんです。

自分の夢と継業がフィットした

――決断されときの最終的な決め手になったことは、覚えてらっしゃいますか?

関島:カフェを開業するのは元々の夢だったので、自分の将来やりたいと思っていたことと、松崎さんのパン屋さんを継業するということがフィットしました。きっかけがなかったためずっとできなかったのですが、松崎さんからレシピを教えていただいたり、機材の譲渡というのも大きく、開業する上でのハードルを下げてくれました。

それと、お店がどんどん閉まっていくという課題を改善できるという点ですね。思い出のある土地ですし、大事な場所なので、それを自分が新しい形で続けることで守れるのがいい。そういう意味でも継業は「ありだな」と思いました。

小林市も同じような理由で辞めていく店も多く、帰省する度になじみの店が閉まっているのが寂しいと思っていました。実際松崎さんが閉めると知ったときもそれを自分が継ぐことで、改善につながるのではないかなと思えたことで決断できましたね。

移住者に高原町で起業してほしかった

――松崎さんは、インターネット上での、情報公開に対して不安はありませんでしたか?

松崎:本当は関西や関東方面から移住してほしい、高原町で起業してほしいという気持があったんですけど、たぶん無理だろうなと思っていたんです。だから中武さんからrelayの話を聞いたときは、渡りに船でした。

人口減少している高原町の状況に危機感を持っている人は多いです。特に若い人たちを中心に、少しでも町を活性化したいと町民みんなが思っていますね。もちろん私もそう思ってます。

――ご希望通りになり私たちも嬉しいです!ちなみに、関島さんの旦那さまは移住や承継に対してどんな反応だったんですか?

関島:主人は土地というものに対して全く固定観念がない人なんですよ。だから「両親がいるから、まあその方がいいよね」という感じで「いいんじゃない、やれば」と言ってくれました。かなり背中を押されましたね。

――旦那さんにとっても大きな決断だったのに、快く尊重してくださったんですね

関島:そうですね。また今回、町のサポート*もあるので、そういった点も大きいですね。あとは知っているお店だったことや、パン屋として継承しなくてもいいという柔軟な体制だったことですね。  *高原町の「地域おこし協力隊」として移住予定

――お子さんはどんな反応ですか?

関島:子どもたちは、帰省で宮崎に帰ると、もてなされる側なので楽天的です。でも友だちと離れるのには抵抗があると思うので、母親としてちゃんとフォローしてあげないとと思いますね。

年内に移住し承継予定

――関島さんが移住されるのは、いつ頃を予定していますか?

関島:年内には移住する予定です。

――引き継ぎが決まって、いろいろ準備されている心境を聞かせてください

関島:やることに追われている感じです。店は自分で探すという条件なので、町中探したんですけど、かなり難航しました。たまたま2カ月前に、父が何年か前に自分の土地に建てた大きめの小屋というか、倉庫のような場所を譲るという話があって、建築士さんにお願いして模型や設計図までできている状態です。あとは予算や細々した配置などを話している最中です。一番の進展はお店が決まったことですかね。それこそ、松崎さんのお店から5分もかからない場所です。

――そんなに近いんですか!

松崎:はい!

関島:めちゃめちゃ近いんですよ

――新たな生活が、はじまるという感じですね。現段階で悩みや困っていることはありますか?

関島:予算内で納めることに苦労していて、建築士さんと一緒に考えています。あとは具体的にどういったメニューを出していくのか、ずっと悩んでいる感じですね。

「事業承継」が一般人の選択肢になった

――relayを通じて良かったことと、より良いサービスにするための課題をお聞きできますでしょうか?

関島:ただ食べるために事業を立ちあげて続けてきた人はいないと思うんですよ。そういった「想い」が伝わる記事が、すごくいいと思いました。松崎さんのお店のことは、もちろん知ってましたけど、より伝わってきましたし、ほかの記事を見てもそうでした。これまでは、継業とか事業承継というと大企業や老舗の話で、私たちのような一般人には選択肢になかったと思うんです。

――自分でも承継できるんだ、と思っていただけたのですね

関島:そうですね。あとは有料で財務状況なども拝見できるのも、いいなと思いました。まだ悩んでいて、とりあえず一つの材料として見てみようという感じだったので、最初どぎまぎしたんですけど、結果的によかったなと思っています。

――なるほど。ありがとうございます。松崎さんは承継者の立場としていかがですか?

松崎:こちらの思いが伝わってたので、いいかな。あとは、これからは紙ではなくてネットになっていくのだと思いました。ネットは気軽に見れるし、そのままスルーしてもかまわない気軽さがある。いろいろな人たちの目にとまるということが一番いいのかな。

関島:そうですね。間口が広いですよね。

松崎:間口が広い。それで「一緒に考えてみようか」というときに、財務情報まで見て頂いてから決断をするのは、あれはあれでいいのかなあと。それなりに考えて来られるということで、私はいいなと思います。

――ありがとうございます。最後に松崎さん、今後関島さんに期待することなどありますか?

松崎:自分のやりたいことを、とにかくやることだと思うんです。失敗してもいいから、やりたいことをやったほうがいいと思います。人の意見を参考にはしても、自分でやっていくことですね。

継業が地域の人たちの夢につながれたら

――事業承継をほぼ終えて、今の最終的な思いなどをお聞かせください

関島:高原町にはカフェがないので人々の憩いの場になるのはもちろん、町の外から来る人たちの目的地である場所になれたらいいなと思っています。自分がそこでお店を営業していくことで「あそこのカフェに遠出してみよう」だったり「ああいうカフェがあるから、私もやってみよう」とか。私が継ぐことでお店が続くことだけじゃなく、そんな仲間が増えるのが、私としても町としてもいい形なのかなと思いますね。

――素晴らしいコメントありがとうございます(笑)。今日はありがとうございました!

廃業を決めるも、今ある資源を残そうと考えた松崎さん、そして継業することで自分の夢を叶えるだけではなく、地域の資産になれたらと考えた関島さん。事業承継の実現が地域の暮らしの維持につながる移住の形。小さな町であればあるほど、一事業者の営みが近隣の多くの住民に紐づく大事な町の資産になっていることを実感しました。

(relay編集部)

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