事業承継ストーリー

大学院の学びを生かして町の調剤薬局を承継。サービスの幅を広げて未来を切り拓く

福岡市北九州市の門司(もじ)駅から歩いてすぐ、大通り沿いに「柳町調剤薬局」はあります。1985年に創業した小さな薬局です。引き継いだのは、福岡で薬局に勤めながら、大学院でMBAを取得した尾山一志さん。

「MHCF株式会社」を設立して柳町調剤薬局を承継し、一般的な薬局としての業務のほかにも、福岡県新型コロナウイルス感染症検査促進事業、在宅医療や事業承継のコンサルタント、アスリートに特化した栄養状態の管理サービスなど、多岐に渡る事業を展開されています。どういった経緯で柳町調剤薬局を引き継ぐことになったのか、その経緯とこれからのビジョンを伺いました。

2つ目の専門性に経営学を選び、卒業間近に先代を紹介してもらった

代表取締役の尾山一志さん

人口減少で患者数は減る中、薬学部の設置数は増え、薬剤師がこれからもっと増える。そんな未来を見据えた尾山さんが選んだのは、経営という2つ目の専門性を身につけることでした。

尾山さん「薬局を営むために必要な薬剤師は、国家資格で食いっぱぐれがないイメージがあります。ただ、医師や看護師とは違い、薬の処方以外にも日常の些細な問題や悩みに寄り添うことが求められる、ジェネラリストのような仕事でもあります。

大学院に進学した理由は、事業承継そのものではなくて、経営を今後のキャリアの一つとして身につけるためでした。修了後は調剤薬局の会社の経営・企画として、事業承継やM&Aを担当する予定でしたが、修了を間近に担当の教授から柳町調剤薬局の話を聞いたんです」

尾山さん「事業承継に関しては、大学院で学んだことを実践して引き継ぐことはできると思っていました。ただ、そのためにはまず大きな借り入れをする必要があったので、不安はありましたね。

会社を経営している叔父に相談したところ、『家を1軒買ったと思えばいいじゃないか』と背中を押してくれたんです。大学ではM&Aや企業評価の分野を中心に学んでいたのですが、その頃は大きな会社、資金のある会社がやるものだと思っていて、個人でも事業承継ができる機会があることに気付いて、挑戦してみようと思いました」

人員の再配置。従業員との軋轢を乗り越える

柳町調剤薬局の以前のオーナーが、ご主人の介護で事業が続けられなくなったことで、尾山さんのもとに事業承継の話がきたそう。無理のない経営を続けていくために人員の再配置をしたところ、もともと働いていた従業員との軋轢が生じたこともあったと振り返ります。

尾山さん「以前のオーナーは、人員に余裕がある中で経営をしていましたが、私としては適正な人員体制で運営したかったんです。そこで、当時のパート従業員の方々には説明をした上で勤務日数を減らしたりして、徐々に改革をしていきました。それによって軋轢が生まれて、精神的にきつい時期もありました」

従業員の方々も、待ちの時間が多いという話は以前からしていたそうで、人員の再配置に加え、一人ひとりの努力が報われる職場環境の整備に力を入れた尾山さん。

尾山さん「大きく変えたのは、資格取得制度を取り入れたことです。特定の資格を取得したら手当を支給したのですが、従業員自らが学ぶ姿勢を身につけてくれたのが何よりも嬉しかったですね。当たり前の制度のようですが、町の調剤薬局だと、まだまだしっかりと整備されていないのが現状です。小さな会社なので、何かあったときに従業員が次の仕事を見つけられるよう、普遍的なスキルや知識を身につけてもらいたいと思っています。

教材を買って講習を受けるとなれば、お金も時間も掛かります。従業員の前向きな意欲を会社として後押しするような制度を整えることは、私の仕事だと考えています。経営者としての考えはもちろん大切ですが、雇用される従業員の視点に立った制度や福利厚生、社内の仕組みがどうあるべきかを常に考えています」

経営者としてのネットワークを広げ、仕事の幅を拡大していく

事業承継して経営者となった尾山さん。会社員として働くこととの一番の違いは、自身の判断がダイレクトに業績に反映されることだと言います。

尾山さん「会社員であれば、与えられた仕事をこなせればいいのかも知れません。でも、経営者となったからには新たに仕事をつくっていく必要があります。そのためには、何よりも人との繋がりが必要です。仕事で得られたネットワークが更に次の仕事へと繋がっていき、その連続が経営者としての仕事の仕方なんだと思っていて、そうしたやり方を知ることができたのは、事業承継をして良かったことの一つですね」

尾山さんは、自身の経験を生かして、今では薬局に留まらないさまざまな業種の事業承継に関して買い手側と売り手側双方のファイナンシャル・アドバイザーもされています。柳町調剤薬局を承継してから、すでに5件ほどの実績があるそうです。薬局の独立開業支援もされていて、社員の希望に合わせて、そうした学びの場や機会を提供できる制度も整えています。

日本全国で、コンビニと同じくらいの店舗数がある薬局。近年はドラッグストアでも処方箋の応需枚数が増えており、ますます、薬局だけの仕事では厳しい状態だそう。

尾山さん「私がスポーツファーマシストという資格を持っていて、北九州のスポーツクラブでアンチ・ドーピングの話をさせて頂く機会がありました。高いレベルでスポーツをしている人にとって、薬の適切な使用は大会への出場を左右するので非常に重要である一方、まだまだ一般に知られていないことも多くあります。アスリート自身が安心して競技に取り組めて、できるだけ長くアスリート生活を送るためのサポートをしています。

ほかにも、食事管理のサービスも提供していて、どのような処方箋が合っているのか、ピンポイントで足りない栄養素を補うようなサプリメントを提案したりしています。私たちの薬局で薬を買ってもらうためというよりは、スポーツファーマシストとしての活動を通して、結果的に柳町調剤薬局で買ってくれればいいと思っています。極端な話、別の薬局に行ってもらっても構わないと思っていて、商売というより、認知度を上げるための活動だと思っています」

価格ではなくサービス。「お大事に」の先を考える

事業承継後は、高齢者施設に入っている患者さんの話を聞きながら、薬を処方する在宅サービスもはじめました。

尾山さん「コロナ禍ではありますが、薬局としての仕事とは別に、介護施設に赴いて処方する仕事が増えたことで、業績は前年に比べて10%ほど上昇しています。

認知症の方は難しいですが、薬を処方すると同時に普段の体調などをヒアリングしています。昨今の高齢化社会のニーズでもありますから、これからは、調剤薬局としてもこうしたサービスもしていく必要があると思っています。

直近では、2022年1月より、福岡県新型コロナウイルス感染症検査促進事業の承認を受け、福岡県在住の方に、無料検査を受けていただくことができるようになりました。すでに400件を越えるご利用をいただき、調剤薬局として、医薬品の提供以外にもお役に立てることがあると知り、嬉しく思っています」

尾山さん「薬という価格で差がつけられない仕事柄、サービスがいかに大切かを身にしみて感じています。『お大事に』という言葉をかける以外に、患者さんに対してできること、やれることはまだまだたくさんあります。これからも、調剤薬局としてのサービスに重点を置きながら、経営者として、様々な仕事の可能性にも手を広げていきたいと思います」

薬局チェーンの経営・企画から、町の調剤薬局という道を選んだ尾山さん。大学院で学んだ経営の専門性を生かして、薬局の仕事に留まらない仕事へと活躍の場を広げています。

文・清水淳史

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