事業承継ストーリー

孤独な麹作りがポジティブな承継を生んだ。国東半島の蔵元5代目の改革

大分県国東半島で長きに渡って伝統を守り伝えてきた味噌と醤油の蔵元「安永醸造」は、来年2022年で創業130年を迎えます。先代の父から母を経て引き継いだ西百恵さんは5代目。初の女性当主として蔵元とオリジナルブランド「かね松」の再起を図り、さまざまな改革を打ち出しています。

一方で、蔵元からできるだけ近い産地の原料を使う、お客様が発酵食を続けられるサポートを第一に考えるなど、先代が大切にしてきた部分は変えずに引き継いでいる西さん。先代の頃から人気だった味噌作り教室にかける想い、事業を引き継ぐにあたって感じた孤独や苦労についてお聞きしました。

蔵を畳むためではなく、より良い事業のための承継へ

安永醸造の製造も営業も一手に担ってきた父隆一さんが体調を崩され、2016年に逝去。西さんも母親も、「関わる方にご迷惑をかけないように、緩やかに蔵を閉じていこう」という考えで一致していたそうです。

しかし、閉業のための事業承継でも製造はしなくてはなりません。隆一さんが一人で手作業で作っていた麹は、味噌にも醤油にも欠かせない蔵の要。蔵元の個性であると言っても過言ではない麹造りは、先代の急逝によってそのノウハウが失われてしまいました。

西さん「経営や営業について素人同然だった私は、『大分県産業創造機構よろず支援拠点』や『産業科学技術センター』の方々に相談しました。麹造りについても何も知らなかった私に、市の商工会や大分県の『味噌醤油協同組合』の方々も、私の疑問を親身になって聞いてくださいました。漠然と疑問をぶつけるのではなく、やりたいことを明確にしたうえで教科書どおりの作り方をゼロから学んでいきました。とはいえ、支援してくださる方々も一日中つきっきりではいてくれません。父が亡くなって改めて、麹の作り方や営業について聞ける人がすぐそばにいないことが何よりも苦しかったです。一人で試行錯誤する時間は孤独でした」

安永醸造の5代目、西百恵さん

しかし、はじめての麹作りと真摯に向き合う中で、西さんの事業承継に対する気持ちが変わっていったと言います。

西さん「麹は3日間の工程で出来上がりますが、そのうち2日間は不眠不休で見守る必要があります。でもそれが苦にならないんです。麹が育っていくのを見るのが好きだと気づきました。そうしたら、蔵を畳むための事業承継よりも、会社をより良くしてみたくなったんです」

その変化を聞いた母親の由紀さんは「全面バックアップするよ」と励ましてくれたそうです。昔から、西さんのやりたいことはなんでも応援してくれた両親。隆一さんは「継いでほしい」と言ったことはなかったそうですが、「喜んでくれているんじゃないかな」と西さんは微笑みます。

大切にすることは変わらない。父から引き継いだもの

子どもの頃は家業をイヤイヤ手伝っていたという西さん。一方で、隆一さんの麹作りに対する誠実な姿勢は今でも鮮明に覚えているそうです。

西さん「父は、原料に人一倍のこだわりがありました。蔵元からできるだけ近い産地の原料を使い、生産者の顔と人柄が見えることを大切にしていたんです。それと同時に、買ってくれるお客さんが喜んでくれる商品作りにも情熱を燃やしていました。ここ数年で、他の小売店でも同じことが言われ始めていますけど、父は私が覚えている限り父はずっと以前から一貫してその姿勢を持ち続けて変わりませんでした。生産者、お客様、どちらにも誠実に向き合っていきたいと考えていたのだと思います。

もう一つ父がよく言っていたのは『発酵食をもっと身近なものにしたい』ということです。発酵食が体に良いことは近年メディアでも取り上げられて、ずいぶんと知られるようになりましたが、発酵食を毎日のように食べるのは難しい。だからこそ、蔵元としてなにかサポートできないかと日々考えています」

子どもからお年寄りまで国東の土地に住んでいる人を大切にしたいという思いで、味噌作り教室を行っていた先代。引き継いだ当初、プレッシャーで教室開催を見送ることも考えましたが、開催を希望してくれるお客様がたくさんいました。それに、教室で教えることは西さん自身の学びにもなっていたので、辞めなくてよかったと語ります。

西さん「味噌作り教室の反響は人づてに広まって、ありがたいことに参加者は年々増えています。発酵食について知りたい人は確実に増えていると実感しているので、今後はSNSでの発信やHPのリニューアルを通して、もっと多くの人に発酵食の素晴らしさを伝えたいです。気軽に続けられる発酵食と手間など面倒を解消するレシピの提案にも力を注いでいきたいですね」

母の応援が後押ししてくれた。再起をかけたチャレンジ。

そうはいっても、事業の経営状態が良くないことは認識していた百恵さん。30代女性という独自の視点で、少しずつ商品の改革を進めていきました。

西さん「すぐに新商品の開発をするのは難しかったので、まずは父が作った商品ラベルを手に取りやすいデザインへと変更しました。父がいたら叱られるそうなくらい、大幅なラベルやロゴの変更だったのでお客様に受け入れられるかはとても心配でしたが、母は応援してくれたので決心することができました。

オリジナルブランドのかね松は30〜40代の女性をターゲットに定めて、既存のお客様から年齢層を下げる試みをしました。私と同年代なのでニーズを掴みやすいですし、そもそも父が遺した加工品「おかず味噌」は、料理の苦手な私たち三姉妹のような人たちがターゲットでした。それに、味噌と醤油はつい馴染みのある商品を買うお客様が多いですが、加工品ならはじめての方でも手に取りやすいと考えたんです。

加工品とはいえ、私が作る麹は父が作ってきたものとは別物なので味を受け入れてもらえるかどうか気がかりでしたが、じわじわと売り上げを伸ばし、今では父の頃の売り上げと遜色なくなったのはとても嬉しいですね。

改革を裏で支えてくれた、130年の歴史と信頼の蓄積。

西さん「時には不安も感じながらも私が様々な改革に挑戦できたのは、5代合わせて130年続く蔵の歴史と、先代たちが築いてきた信頼があってこそです。受け入れてくれるお客様の寛大な心に感謝を忘れず、身軽にチャレンジを続けていくことが私の役目だと考えています。

営業での一番の改革は、販売先としてイオンの中で全国展開している「わくわく広場」との契約を獲得したことです。全国のお客様に知って頂けるだけでなく、地域からの直売をコンセプトにしているためスーパーと差別化でき、先代から続く蔵元としてのこだわりを伝える場所にもなっています」

お父様の逝去がきっかけで、はじめは緩やかに蔵を閉じるはずだった安永醸造。しかし今では蔵の要である麹、そして生産者とお客様を第一に考えて仕事に取り組まれている西さんに、今の思いを伺いました。

西さん「会社として事業を大きくするよりも、小さくてもいいから継続して利益が出せるような体制にしていきたいですね。事業を引き継いであらためて、会社を大きくするリスクを知りました。賭けをする必要が生じた時は、投資分の売り上げを継続できるかを見極めながら決断していきたいです。今は従業員の方達にちょうど良い仕事量を提供できるのが嬉しいです。コロナ禍でも仕事が途切れないということは、本当にありがたいと感じています」

たくさんの方々に支えられながら、ゼロからのスタートで事業を立て直した西さん。発酵食をもっと身近にしたいという思いを胸に、麹と向き合う日々はこれからも続きます。

文・麓加誉子

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