千葉県いすみ市でジャージー牛のミルクでチーズづくり。その奥深さを探求する2代目の挑戦

千葉県いすみ市の里山は、豊かな自然が残り移住者も多い場所です。その一角に、国内では希少なジャージー牛が5頭飼われている小さな牧場があり、近くの古民家では、その牛から絞ったお乳でつくるチーズ工房IKAGAWAが営業しています。こちらの主、五十川充博(いかがわ みつひろ)さんは、奥様のご両親から2016年に事業承継しました。

老後の田舎暮らしを目的に、友人から譲られたジャージー牛で牧場スタートした先代

五十川さん「2007年、先代はいすみ市に牧場とチーズを一体にした事業をスタートさせました。農業ベンチャーの新しい栽培方法を研究された方で、農業関係者とのつながりが多く、たまたまジャージー牛を譲り受けることに。当時は東京に住んでいたのですが、この場所に牧場を開き移り住むことになったんです。規模としては小さく、生業というよりかは、老後の田舎暮らしの楽しみに近いものでした」

当時、先代は60歳を過ぎていて、娘さんはすでに独立されていました。

古民家の中にあるチーズ工房。家の前には、日本一周をした際の自転車が置かれている

日本一周自転車旅で牧場に出会い、先代から来ないかと誘われた

五十川さんは、2012年まで三重県の桑名市で、家業のコンビニを手伝っていましたが、人を相手にする仕事に疲れ、新しい道を模索していました。

五十川さん「年齢は30歳になり、これからの人生を考えるためのヒントになればと、大好きな自転車に乗って、日本一周に出発しました。田舎に暮らし、例えば工芸品等、黙々と手作りする仕事の可能性を探りたいと。両親も自由にさせてくれました。

三重県を出て、日本海側から北に向かい、北海道に到達。太平洋側を南下して千葉県いすみ市にたどり着き、1時間程度、先代から話を聞けました」

北海道に滞在中、五十川さんは牧場の手伝いをして、動物と向きあう暮らしも良いと思うようになり、このジャージー牛のいる牧場に興味を抱いたそうです。

自転車旅行で訪ねた北海道の知床峠にて

五十川さん「また来ないかと先代から声をかけてもらい、日本一周を終えた沖縄からこちらに直行しました。本当に嬉しかったです。一週間ぐらいここを手伝いましたが、そのとき、先代は重い病気を患っていて、辞めちゃうのはもったいないと思い、自分がやってみたいと考えるようになりました。酪農は一般的には牛舎でやるのですが、ここでは放し飼いの育て方です。初めて知って驚きつつも面白いとワクワクしました」

その後、いったん三重県の実家に帰り、いすみ市に正式に引っ越してきて、仕事をすることになりました。

五十川さん「その時は、ここを継ごうと心に決めて来ました。さらに話がトントン拍子に進み、先代の娘さんと結婚することになったのです」

放し飼いに徹し、餌は草のみでジャージー牛を育てる

子供が生まれたことで、向きあい方に変化。だから事業承継をした

チーズ作りは、先代の奥様に教えてもらい、本格的にスタート。その後、子供も生まれたことで、五十川さんは、仕事に取り組む姿勢も変わっていきました。

五十川さん「より本格的に事業にしていきたいと。先代の老後の楽しみのチーズ作りと、これから子育てをする自分たちの作るチーズ作りだと、規模や方針では商品の方向性は変わってきます。今後の商品の方針について何度も話し合いを続け、2016年に正式に事業承継をさせてもらうことになったんです」

チーズは、実店舗での販売と通販の直販が中心で、他にはレストランやホテルに食事の材料として卸しています。

五十川さん「ジャージー牛のチーズは味が一般のものよりも濃厚であり、草だけを飼料にするスタイルは極めて少ないです。ですから、健康志向のユーザーがファンとしてついているのです」

チーズ工房IKAGAWAのチーズは、自然の味が魅力

チーズづくりの大変さは、仕事の喜びでもあった

酪農経験が全くないところからやり始め、10年たった今でもチーズ作りは難しいと五十川さんは振り返ります。

五十川さん「最初のころ、義母から教わったチーズ作りのレシピはありましたが、その通りにやっていたら失敗してしまうことが何度も。例えば牛乳は成分が季節によって変わり、一般的に夏場が薄く冬場に濃くなります。当然チーズの出来上がりも影響します。なかなか同じ味が再現できないで苦労しました」

レシピにこだわらず、常にその時のミルクと対峙することが重要だそう。

五十川さん「本当にこれでいいのかなと思いつつ作って行くのです。今日はこの方法で進めようとか、ここはちょっと変えようとか、観察して仕上げを変えていきます。

課題は何かを抽出し、それを潰すために対策し、するとまた別の課題が出てくるという繰り返しです。餌になる牧草もそれで良いのか、さらに土壌もそれで良いのかと考えるようになりました」

本当に奥が深く、その分、やりがいも感じると、五十川さんは苦労話を笑顔で話します。

チーズづくりの現場で、いつも試行錯誤をしています

牛の死によって、先代から受け継いだものを守れば良かったと後悔

五十川さん「先代は餌を草だけにした育て方をしていました。数年前の冬場、牛乳の量が減ってきたので、先代がすでに亡くなっていて、知り合いの先輩酪農家に相談すると、エネルギーが足りないんじゃないかとのアドバイスでした」

そこでトウモロコシ、大麦などを少しだけ五十川さんが与えてみたところ、3ヶ月後に1頭の牛が死んだのです。解剖しても原因はわかりませんでした。

五十川さん「今まで草だけを食べていて、急に配合飼料を加えたことが原因かもしれません。推測ですが…。先代がやっていた草だけでやるということを守っておいた方が良かったと悔いました。こっちが良かれと思うことが良くないこともあるのです。殺してしまう最悪のケースとなり、そのショックで廃業するか悩んでしまいました」

沈痛な表情に変わった五十川さんは、その時のことを思い出し、先輩酪農家の言葉に救われたと言います。

五十川さん「牛が死んでしまうことは、酪農家は必ず通る道だよと、先輩酪農家からアドバイスをもらいました。そこをどう乗り切るかが大事だと。落ち込んでいても命は帰ってこない。先輩方も皆さん経験されてそこから学んで立ち上がってきたのです」

そして五十川さんは、この死を無駄にしないよう心機一転、あることを決意します。

五十川さん「とことん草だけで育てると覚悟を決めました。じゃあ、良い草って何だろうと考えるようになったのです。

羊のチーズ、熟成チーズなど、新商品の開発にチャレンジしていく!

チーズづくりでは熟成も大事なプロセスです

牛の死から立ち直った五十川さんは、今年から来年に向けて、二つの新事業を準備中です。

五十川さん「一つは、羊を飼うことです。子羊なので1年後か2年後あたりにチーズを作れるようになるでしょう。長野にある羊のチーズを参考にして、自分たちのやりたいことを表現するには、羊が最適だと考えたからです。私たちの強みは、牧場とチーズ工房が一体となっていること、他が真似できないことで、新しい一歩を進めます」

これからにワクワクすると抱負を語る五十川さん。最後にこう付け加えます。

五十川さん「そしてもう一つは、チーズの熟成に力を入れていきます。東京ではフレッシュなモッツァレラチーズを作る動きも出てきていて、その真逆をしないと勝てないと感じました。わざわざ、いすみ市に来ないと買えないユニークなチーズです。宣伝しなくても向こうから買いに行きたくなるような商品づくりは何か、それが熟成チーズなのです。道具の準備も進めているところです。現在、私には小学生の低学年から乳幼児までの子どもが4人いて、この子たちが大きくなるまでに基盤をつくり、自分たちのやりたいことを表現できるものにしたいです」

小規模ながら試行錯誤で独特な商品を生み出すチーズ工房IKAGAWA。今後の展開が楽しみで、早く食べてみたいものです。

文・此松武彦

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