親族の後継者不在から売却を決意。外国人に人気の「庭のホテル 東京」はスタッフの将来を見据えたタイミング!

歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれている水道橋の、歴史と文化に根ざした「庭のホテル 東京」。新型コロナウイルスの感染拡大前は、「ミシュランガイド東京」で快適なホテルとして10年連続で紹介されるなど、都内で外国人に人気が高いホテルでした。

新型コロナウイルスが拡大する1年前の2019年3月、庭のホテルを保有する株式会社隆文堂(りゅうぶんどう)、およびその100%子会社である株式会社UHM(ゆーえいちえむ)は、野村不動産へ全株式を売却しました。

当時、株式会社隆文堂と株式会社UHM両社の代表だった木下彩(あや)さんは、将来に向けやっとひと息つけたと振り返ります。庭のホテルの、事業承継についてお話いただきました。

初代の旅館時代の建物をモチーフにした作品を2階ロビーに展示している

戦前から続く老舗旅館を、外国人とスタッフの目線でリニューアル

木下さん「もともと祖母が長野県の出身で、実家では旅館業を営んでいました。その後、1935年に祖母は上京し、昔ながらの旅館を購入して、夫婦で旅館を始めます。駅前にある商人旅館のような宿でした。

戦後、私の父の代で、1970年代にビジネスホテルへの転換を図ります。当時はホテルと言えば高級なイメージが強かったのですが、それを安価でコンパクトに、そしてプライバシーを実現したスタイルをつくり、まさに時代の先駆けとなりました。東京グリーンホテルチェーンとして3つのホテルを運営していきます。残念ながら2つ目の東京グリーンホテルが完成してすぐの1974年に、父は他界しました。その後、母が一人で切り盛りをしたのです。

その母も1994年に亡くなりますが、二人の兄は、別の仕事をしていて後を継ぎませんでした。一方、私はほぼ専業主婦だったこともあり、結果、引き継ぐことになりました。右も左もわからない中、スタッフに教わりながら、経営者に成長させていただきました。また相続税の支払いが現金で発生するなど、家庭への負担もありました」

木下さんが継いだ時期は、バブルがはじけた後。ホテル経営は徐々に厳しい時代を迎えていた頃です。

木下さん「価格競争の時代になり、ホテル業界が効率化一辺倒に向かいつつありました。そこで、働いているスタッフが誇りを持てる宿にしたいと思い、建て替えを決意。それが『庭のホテル 東京』です。2009年3月に建物が完成し、同年5月18日にオープンしました。

建物正面の庭や中庭は、かつて旅館だった時代の庭をイメージしたものです。その後、インバウンド需要増加の恩恵にあずかり、5割から6割ぐらいが外国人旅行者となりました」

「庭のホテル 東京」は玄関アプローチから居室まで、日本的なたたずまいを現代風にアレンジし、デザイン性が評価されています。

緑あふれるエントランスや中庭が、宿泊者の疲れをほぐす

木下さん「外国人にとって、せっかく日本に来たなら、日本らしい所に泊まりたいというニーズがあります。かといって、昔ながらの旅館で畳の上に寝るというのはハードルが高い。日本的な装飾を備えた雰囲気でありながら、ベッドで眠ることができるホテルなら、外国人はウェルカムなのです」

まさに、その需要を「庭のホテル 東京」は見事に取り込んでいます。水道橋という立地も、外国人観光客の目線でいけば、都内各所へも行きやすく、徒歩で皇居まで行ける利便性が高い場所なのです。

従業員や宿の将来を最優先して、売るタイミングを図った結果、この時期に!

木下さん「母からの相続後は私たち兄妹3人で株式を持ち、運営を私が担ってきました。そして次の世代については、親族には継ぎたい者が居なかったため、誰に継がせるかよりも、この宿自体をどう残すべきかを優先的に考えてきました。

例えば、私の娘に株式を譲って、誰かを社長に据えるということもできます。しかし、相続税の負担の大きさなどから、慌てて会社を売るようなことになってしまうのが最も避けたいことでした。これまで培ってきたものが失われてしまうからです。だから私の目の黒いうちに、宿が残る形での事業承継を成し遂げたいと」

和のテイストをいかしたホテルは外国人観光客に人気に

木下さん「兄妹で話しあった結論は、どうしても親族で継ぐ必要はないというものでした。兄たちも売却に賛成で、それならオリンピック前に売ろうと決まりました。会社を高く評価してもらえる時に売ることが必要だと考えたからです。従業員の雇用の問題や待遇が気掛かりで、売り手市場のタイミングが一番だと思ったんです」

当時は、とにかくホテルをやりたい人が多くいました。コロナ禍の今とは大違いです。

取引銀行経由で、候補企業とのお見合いがスタート

木下さん「2018年1月に取引銀行に相談し、系列の証券会社を紹介いただき、同年3月にアドバイザリー契約を結びました。

彼らのネットワークから10社が興味を持ってくださり、私のほうで、そこから5社ピックアップしました。なるべくバラエティーに富んだラインナップを選びました。ホテルチェーン、まったく初めてのところ、外資系など」

そこから「デューデリ」という買収対象の価値やリスクを査定するやり取りが始まりました。これが一番、譲渡の過程で骨が折れたそうです。

木下さん「このデューデリは、全部で千以上の質問があり、会社ごとに異なる質問内容もあり、答えるのがたいへんでした。もちろん開示できないことは、そのように答えました。一方、私ではわからないことは、幹部スタッフにも手伝ってもらいました。

そのときに、一部の幹部社員には会社を売却することを伝えました。最初はみんな驚いていたようですが、きちんと説明して安心してもらいました」

「デューデリ」の回答をもとに、11月に第2回目の入札が行われました。それまでに木下さんは、先方の責任者や幹部の人たちと面談したと言います。

庭のホテルを野村不動産に事業譲渡した、木下彩さん

お互いの強みを生かし合えることで野村不動産に決めました!

木下さん「通常であれば、私たち売る側がプレゼンテーションをするそうなのですが、今回の場合は、簡単な資料だけで、逆に買い手の会社側にホテルの将来像などプレゼンテーションしていただきました。

私は最終的に野村不動産さんを選択しました。その後、12月中に双方が合意し、1月の正月明けに契約とリリース、そして3月に売却となりました」

野村不動産は、不動産大手の中ではホテル経営に関しては後発。「NOHGA HOTEL(ノーガホテル)」という新ブランドを立ち上げたものの、当時はまだ上野にしかホテルがありませんでした。木下さんはなぜ、野村不動産を選んだのでしょうか?そこには理由があるようです。

木下さん「私たちの豊富なホテル運営ノウハウ、人材力を彼らと掛け合わせることが、発展性が高いと感じたのです。今後、野村不動産さんは全国にホテルを開設するビジョンをお持ちでした。入札価格だけで選んだわけではありません」

野村不動産にとっても、相互送客による集客力の向上が見込まれます。さらに今後のホテル開発・運営力の強化が図れるなど、非常に高い相乗効果が期待されます。

スタッフの新しいチャレンジの場が広がり、モチベーションアップに貢献!

野村不動産からは、出向として社長が席を置き、基本、現場は今までの形で任せているそうです。一方、野村不動産本体との連携を強化して、そこで実際に、「庭のホテル 東京」から「NOHGA HOTEL」に出向しているスタッフもいます。

「近い距離になったことで、販売網の拡大、共同イベント開催、リスク管理マニュアル共有、非常事態対応・判断指針共有、新規ホテル開業準備など、具体的なノウハウを共有できます。経験豊かな人材とノウハウによりサポートをいただけています」と語る現代表取締役社長の青木秀友さんは、そのシナジー効果を喜びます。

木下さん「昨年新しくできた、『NOHGA HOTEL秋葉原 東京』の準備室に出向して、その後もNOHGAで活躍している社員。関西で来年オープンする、ホテルの準備室に入る予定のスタッフもいます。応援として『NOHGA HOTEL上野 東京』に、数ヶ月出向した調理のスタッフもいます。

もちろん、本人の意向はきちんと聞いてもらった上での出向ですが、今後ともそのような人材交流が好ましいのです。今まではスタッフの数に対して、ポジションが足りなかったので、このような新しいチャンスが増えたことは喜ばしいですね。本人たちのモチベーションも上がっているようです」

スタッフから木下さんに「いいところに売却していただき、ありがとうございます」という声もあるそうです。

木下さん「野村不動産さんは大企業なので福利厚生やコンプライアンスもしっかりしていて、社員の待遇も満足です。ホテル業をやってきた人間を十分に評価してもらっています。コロナで大変ではありますが、グループできっちりと利益を出しているので、そういう意味でも安心です」

庭のホテル東京のロビーで働くスタッフ

木下さんは現在「顧問」になって週3回程度会社に来ています。相談ごとなど、例えばホテル業界の人脈という点で色々な方の紹介などもしてきたそうです。

もしオリンピックでひと稼ぎしてから売却と考えていたら、今どうなっていたでしょうかと、木下さんは振り返ります。会社やスタッフの将来だけを考えた結果、事業承継が絶妙なタイミングになったのでしょう。

一方、先を見据える青木現代表は「『庭のホテル』は『美しいモダンな和』、『上質な日常』をコンセプトに、緑豊かな中庭を中心に都心のオアシスとしてお客様を温かくお迎えし、満足いただける存在であり続けられるよう、従来の運営を継承しつつ社会環境の変化を踏まえ進化させていきます。また、『庭のホテル』ブランドによる出店も検討していきたいですね」とブランド価値の可能性に期待を寄せています。

時代によって形を変え続けてきた庭のホテル、今後のさらなる発展が楽しみです。

文:此松 武彦

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