大企業を辞めて家業へ。苦闘の末に新ブランドを立ち上げ、激減したカーペット市場に挑む

カーペットの一大産地、泉州地域に位置する大阪府和泉市。弥生時代の集落遺跡である池上曽根遺跡遺跡や里山風景などが残る一方で大型商業施設もあり、都会と田舎を兼ね備えた「トカイナカ 」と呼ばれています。

そんな和泉市でカーペット産業を営むのが「堀田カーペット」です。敷き込みカーペットを主力商品として、5つ星ホテルやブランドショップなどの床材を手がけています。

堀田カーペットの特徴は、ウール素材を原料とし、昔ながらのウィルトン製法でウィルトンカーペットを作っていること。耐久性に優れ、様々なデザインを表現できるのがウィルトンカーペットの魅力です。タフテッド製法での大量生産が主流となった今、国内でウィルトンカーペットを作る会社は数社のみ。

三代目社長の堀田将矢さんは2008年、新卒で入社したトヨタ自動車株式会社を辞め、後継者として堀田カーペットに入社しました。

「敷き込みカーペットを世に広めたい」

そんな思いで、新ブランドの立ち上げなどに精力的に携わりましたが、その道のりは平坦ではありませんでした。

ウィルトンカーペットとは、縦糸と横糸を交錯させ織り上げるカーペット

突然の父からの電話「家業を継ぐか継がないか、決めてくれ」

堀田カーペット3代目取締役社長の堀田将矢さん

堀田カーペットは、1962年に堀田さんの祖父が創業しました。堀田さんは幼い頃、祖父母から”3代目”と冗談交じりで呼ばれることはあったものの、父から「家業を継げ」と言われることはなかったそうです。

北海道大学を卒業した堀田さんは、トヨタ自動車に入社。自動車調達部でガラスやゴムなどの自動車部品のバイヤーとして活躍します。

2006年、順風満帆だった堀田さんの元に、父から電話がかかってきました。「家業を継ぐか継がないかを決めてほしい」という内容でした。

堀田さん「当時はトヨタでの仕事が面白くて、不満もありませんでした。それに、このままトヨタ自動車で働き続けると、それなりの生活ができることは想像できますが、家業を継ぐとどうなるのかイメージが湧きませんでした。

実は、継ぐにあたってこれといった決め手はなかったんです。ただ、幼い頃から親父の話を聞いてきて、『親父、楽しそうに仕事してんな』というイメージが頭に残っていて。『親父と一緒に働いてみたいな』という思いが徐々に膨らんでいったんだと思います」

一年半悩んだ末、家業を継ぐ決断をした堀田さんは2008年にトヨタ自動車を退職。堀田カーペットに入社しました。

大企業とのギャップ。ブランディングへの希望を見出すも焦りが募る日々。

入社したものの、トヨタ時代とのギャップに戸惑ったという堀田さん。会社の課題を発見し改善しようとするものの、「何一つうまくいかなかった」そうです。

堀田さん「トヨタでは、課題の解決方法がわかれば他の人が実行してくれました。でもうちでは、限られた人数で仕事を回しているので、誰かが兼任しながらやらざるを得ない。だから、『それ、誰がやるの?』という段階で止まってしまって、前に進みませんでした」

一方で、敷き込みカーペットについて知れば知るほど、その魅力を実感することに。

堀田さん「ウール糸で織られたカーペットは、保温性や調湿性に優れていますし、汚れがつきにくく、落ちやすい。長年快適に使えるんですよ。そして、カーペットの床で暮らすこと自体がとても心地いい。

『こんなにいい商品なのに、なんで売れないんだ』ともどかしくなって、考えた末にたどり着いたのが、『ブランディング』でした。まあ、思いつきのような発想でしたが(笑)」

ブランディングの本を読み漁っては著者に会い、外部コンサルを依頼したことも。しかし先代の反応はいまひとつだったそう。

堀田さん「親父とはめっちゃ衝突してましたよ。僕が思いつくこと全てに対して『じゃあどうやってやんの?』と、片っ端から反対されましたし、僕も親父の一言一言に対してムカついてましたね。

振り返ると、僕自身がやりたいことに対する理解が乏しくて、それをやった先にどんな未来が待っているか、きちんと説明できていなかったと思います。当時は、目の前の課題や危機感に対して、『何か手を打たなきゃ』という焦りが先行していましたね」

何をやってもうまくいかない。会社に対して何も貢献できていない。悶々とした日々が6年以上続きます。

ロンドンでの出会い。初のラグブランド立ち上げで感じた手応え

ウィルトン織機

ブランディングへの諦めがつかない堀田さんは、「ラグブランドを展開してエンドユーザーと繋がりたい」という思いから、2014年、ラグの開発に着手します。しかし、どんなラグブランドを作りたいのか、具体的なイメージが湧きません。

そんなとき、出張先のロンドンで出会ったのが「S.E.H KELLY」というアパレルブランドでした。

堀田さん「一目見て『これだ!』と思いましたね。まず何より、ブランドの雰囲気に惹かれました。

S.E.H KELLYはイギリスでのモノづくりを大事にして、仕立てのいい洋服を作っているブランドでした。そして、ロンドンの路地裏にある、たった一店舗の小さなお店ですが、世界中にファンがいる。

それは、堀田カーペットが目指したい姿に近かったんです」

S.E.H KELLYに出会って目指す姿が明確になったことで、停滞していた流れが一気に動き出します。堀田さん自身の意思で、言葉で、やりたいことや作りたいラグブランドを語れるようになっていったそうです。

2016年に発表したラグブランド「COURT」

そして2016年、念願のラグブランド「COURT(コート)」を発表。瞬く間に数々のメディアに掲載され、インテリアショップでも取り扱われました。個人のお客さまからの問い合わせも、それまでは年に1、2件ほどでしたが、COURTの発表をきっかけに1ヶ月に数件へと増えたそうです。

堀田さん「COURTは全力を出し切ったブランドでした。だから自信があったし、絶対売れると思っていました。『これでダメだったら、ラグブランドは諦めよう』という覚悟もありましたね」

もがき続けて8年。「ようやく成果を出し、自信も生まれた」と堀田さんは語ります。COURTの立ち上げ後は、父とも良好な関係を築けるようになり、色々な相談を気軽にできるようになりました。

そして2017年、社長に就任した堀田さんは父親から会社を託されます。

倒産した会社の機械を引き継ぎ、新ブランドを立ち上げる

世界で唯一、アキスタイル織機が稼働する堀田カーペットの和歌山工場

2017年、ウィルトンカーペット業界で最大手の会社が倒産。堀田さんは、その会社が開発した「アキスタイル織機」の購入を決断しました。

堀田さん「世界で唯一の織機を引き継ぐことによって、誰にも真似できないプロダクトが作れるところに魅力を感じたからです。

また、ウィルトンカーペットのシェアが激減していく中で、『このままでは泉州地域を産地として維持できなくなるんじゃないか』という危機感が募ったことも理由の一つです。だから事業を引き継ぎ、少しでも市場を失わないようにしたいという想いがありました」

2019年に発表した新ブランド「WOOLTILE」は、正方形を組み合わせることで豊富なバリエーションを実現

2019年、アキスタイル織機を活用した新ブランド「WOOLTILE(ウールタイル)」を展開しました。

WOOLTILEは、50㎝×50㎝の正方形のタイルカーペット。豊富なデザイン・カラーの中から好きなカーペットを選び、タイルのように並べることができます。また、部屋の形に合わせてカッターナイフでカットし、床一面にカーペットを敷きこむことも可能。自分好みの空間を演出でき、DIY感覚も楽しめるカーペットです。

「カーペットを日本の文化に」会社のビジョンが示す未来とは?

堀田カーペットが掲げるビジョンは、「カーペットを日本の文化にする」こと。入社してから13年経った今、「ビジョンに向けて一歩ずつ歩んではいるものの、何も成し遂げられていない」と堀田さんは語ります。

堀田さん「COURTやWOOLTILE自体はそれなりに成功しました。ですが、そもそもこれらのブランドは、敷き込みカーペットの魅力をお客さまに伝える『BtoCコミュニケーション』の一環として立ち上げたんです。

でも、この13年で敷き込みカーペットが世の中に広まったかというと、そんな感覚は全くありません」

実は、新築住宅に敷き込みカーペットを利用する人の割合は、0.2%にまで激減しているそうです。「同業他社の倒産や機械の老朽化など、ネガティブな要素がまだまだ多い」と堀田さんは語ります。

堀田さん「『カーペットを日本の文化にする』というビジョンの先に何があるのか、もっと深掘りしなければなりません。

経営者として働くことには喜びも感じますが、時々心が折れそうになるんですよ。状況が状況ですから。社員も同じような気持ちだと思います。 

だからこそ、ビジョンの先に見える景色について、解像度を上げて語れるようになりたい。『自分の仕事は人の幸せに繋がっていくんだ』と感じられるような環境を作りたい。それが、自分や社員、ひいては会社のためになると考えます」

家に帰ると、柔らかくてサラサラの敷き込みカーペットが出迎えてくれる。その上に素足をおろし一息をついたら、ゴロンと横になる。そんな光景を世に広めるべく、堀田さんの挑戦はまだまだ続きます。

文:三間有紗

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