マッチの製造からテニススクールの運営まで。太く長く事業を続ける日東社の変わらない精神

兵庫県
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国内大手のマッチメーカーである日東社は、大正12年創業。マッチの製造ノウハウを活かし、現在は家庭用・販促用のポケットティッシュ、紙おしぼり、シール、のぼり、ウェットタオルなどの販促製品を製造するほか、国内外に29校に展開しているテニススクール、ノアインドアステージなど様々な事業を展開しています。

そんな日東社の後継ぎである大西潤さんは、現在社長室で勤務されています。今回は、そんな大西さんに後継ぎを志した背景や今取り組んでいることなどを伺いました。

事業承継のきっかけは、大学の近くにたまたまオープンしたテニススクール

日東社の創業者は、大西さんの高祖父にあたる、大西廣松氏。大西さんが生まれた1992年には、3代目で大西さんの祖父にあたる壬(あきら)氏が代表を務められていました。おじいちゃんっこだった大西さんは毎日のように壬氏と一緒に過ごしており「お前は将来、日東社を継ぐんだよ」とよく話をされていたそうです。そのため子どもながらに「次期社長になる」というイメージはぼんやりとありました。

大西さん「兵庫県内にある中学・高校に通っていましたが、大学は両親の勧めもあり一度家を出るために関東の大学に進学しました。商学部でしたが、メインはほぼ遊びでしたね(笑)。

ただ、家業の関係で4歳の頃からずっとテニスには力を入れていて、大学でもテニスサークルに所属していました。関東大会で準優勝するくらい、強豪チームだったんですよ。

小学6年生時、全国大会個人戦ベスト8入賞。

また、アルバイトではノアインドアステージ(日東社の運営するテニススクール)のテニスコーチをしていました。というのも、入学後たまたま(笑)大学の近くにスクールが新しくオープンしたんです。どんな仕事なのかという興味もありましたし、良いきっかけになると思いアルバイトを始めました」

アルバイト時代

大西さんが、自分の祖父・父が経営する会社に対してまず抱いた印象は、「スタッフの定着率の高さ」。正社員はもちろんアルバイトもモチベーション高く仕事しており、大西さんが在籍している数年の間に退職者はほとんどいなかったのです。

その雰囲気の良さや、社員を大切にする社風に魅力を感じ、自らの意思で「会社を継ぎたい」と思うようになりました。

「人と組織を大切に」そんな思いで新卒はコンサルティング会社へ

リンクアンドモチベーションの表彰式にて

大西さん「ノアインドアステージでは、社員だけではなくアルバイトにも1on1面談の時間をしっかり割くようにしていました。週に1回の面談でしっかり本音を引き出し、モチベーション維持や自己実現のためのサポートに力を入れていました。

また、福利厚生も充実しています。創業90周年の旅行ではシンガポール、95周年にはハワイ旅行があり、私も一緒に連れて行ってもらいました」

大学卒業後は、株式会社リンクアンドモチベーションにて組織人事コンサルタントとして働きました。祖父と父は卒業後すぐに日東社に入ったこともあり、大西さんも同じ道を進むか迷いましたが、いきなり戻るよりも経験を積んだ方が良いのではと考え、経営について学べるコンサルティング会社を選んだのです。

大西さん「外資系コンサルティング会社にも内定をもらっていましたが、リンクアンドモチベーションの組織や人の成長にコミットしている事業内容にすごく共感しました。

また、これはたまたまですが、2013年にリンクアンドモチベーションが行った従業員エンゲージメント調査でノアインドアステージが3位になったんです。そのランキングをきっかけにノアインドアステージは企業としてさらに成長でき、そのご縁も感じ入社を決めました」

入社3年目までは様々な役割を任されるも、「そつなくこなすけど、ぱっとしない」日々が続きました。「顧客を見ずに上司を見る。」そんな状態でした。そこからスキルもつき3年目にはリーダーに立ち、自分で案件をとりプロジェクトを回せるほどまでに明確に変化。その成果が認められ、4年目では1500人の中から表彰されました。

入社時から最終的には家業に戻ることは決めていましたが、創業95周年記念のハワイ旅行をきっかけに、会社を辞め日東社に入ることを決めたのです。

大西さん「ハワイで会社のメンバーが集うパーティーがあり、そこで祖父からスピーチを頼まれました。突然のことでしたが、『1年後に日東社に入ります!』と宣言してしまったんですよね(笑)。

自分自身スキルもついてきて良いタイミングだと思っていたのですが、祖父や父も『そろそろ戻ってきてほしい』と考えていたのだと思います。だからこそ、スピーチという決意表明をする場を与えてくれたのでしょうね」

入社して改めて感じる、あの頃と変わらない社内メンバーの温かみ

その後家業に戻った大西さんはまず、日東社・ノアインドアステージが行っている、一つひとつの業務を覚えることから始めました。苦労することは多かったものの、新卒・中途採用の戦略・戦術の構築業務では前職のスキルをフル活用。本来はコンサルや専門会社に依頼する採用戦略なども全て大西さんが担当しました。また、会社のメンバーも大西さんを温かく迎え入れてくれました。

大西さん「やはり学生時代のアルバイト経験はすごく大きかったですね。当時お世話になっていた方々が戻った後も活躍されていて、再会をすごく喜んでくれたんです。また、私が小さい時から知っている社員も多く、親のようにすごく優しく接してくれますし、下の名前で『潤』と呼んでいる方も多くいらっしゃいます。

まだ決定はしていませんが、すでに『次期社長』と言ってくれる方々も(笑)。改めて人を大切にしている組織なんだな、と日々痛感しますね」

現在は社長室に勤務する大西さんは、日東社とノアインドアステージの両方の業務を担当。特に工場内で次世代の管理職育成のため、新卒採用に注力しています。日東社では、加工技術を活かしてウェットティッシュ製造のための工場を新設。

今後は、コストを下げながらも付加価値の高い製品製造を行っていく予定です。また、ノアインドアステージも新規校を続々オープン。メインターゲットである30〜40代が通いやすいように、都市部の強化を行います。

さらに現在展開している多種多様な事業や関連会社を統合させるため、ホールディングス化に向けても動いています。

『人を大切にする』精神を引き継ぎ、社員の幸せを叶えられる組織を目指していく

大西さん「日東社はもともとマッチから始まりましたが、マッチは時代の変化とともにどんどんニーズが少なくなってきています。きっと、マッチひとつでやっていたら、ずっと前に倒産していたでしょう。時代が変わっても会社を存続させるために大切にしているのは、『不易流行』という考えです。

『不易流行』とは、これまで大事にされてきた伝統や価値観を継承しながら、新しいことをどんどん挑戦していくという意味の言葉。祖父も、父も、この考えを元に経営してきたからこそ、今の会社があります。

ノアインドアステージはもともと日東社の工場跡地からできました。今推進しているスクールの都市化計画もこの近年でのユーザーニーズから逆算して立てられています。ウェットティッシュ事業への参入は、新型コロナウイルスの影響での需要増大を予測したものですし、コロナ禍において除菌・抗菌商品の開発にも力を入れてきました。

経営者として重要なのは、その判断を行うための目利きです。祖父や父に習い、将来の後継ぎとしてそのスキルを高めていきたいです。

また、いくら世の中に求められる事業を行っていても、一緒に頑張ってくれる仲間がいなければ続きません。祖父や父は、社員とのコミュニケーションをすごく大切にしてきました。最近は新型コロナウイルスの影響もありできていませんが、毎月部署ごとに自宅に招いて飲み会や各事業所に訪問して飲み会などもしていたんですよ。

これからも日東社の『人を大切にする』精神をしっかり引き継ぎ、社員の幸せを叶えられる組織を目指していきたいですね」

先代が作り上げた会社に自らアルバイトとして働き、その魅力を通して後継ぎになりたいと決意した大西さん。未来の5代目として、これからの活躍に期待です。

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マッチの製造からテニススクールの運営まで。太く長く事業を続ける日東社の...