シジミの漁獲量日本一の湖。自然相手の仕事で経験を積み、島根から全国へ魅力を届ける

島根県の松江市と出雲市にまたがる宍道(しんじ)湖は、全国で7番目に大きな湖で、夕日百選にも選ばれた日本有数の絶景スポット。シジミ漁獲量で日本一を誇る宍道湖で、シジミ漁を基軸に事業を発展させている一人の後継者がいます。

熱田大輔さんは、祖父が創業した「大竹屋」の3代目。漁師が営む鮮魚店として今年で44年目を迎え、卸売りと小売りの両方を取り扱っています。

寒暖の差が激しい山陰で、自然相手のシジミ漁に取り組むことは容易ではありません。どのような気持ちで家業を引き継いだのが、熱田さんに話を伺いました。

大学進学で上京後、父からかかって来た一本の電話

1978年に創業した大竹屋は、シジミ漁の取り扱いを中心に鮮魚店として経営をスタート。創業者の祖父が退いた後は、熱田さんの父親が後を継いでいます。

熱田さん「私は、大学進学のために都心で暮らしはじめました。その頃から、父が私に後を継いでほしいと望んでいるのは伝わっていましたが、当時は家業を継ぐことをイメージできなかったんですよね。だから、そのまま向こうで別の業界に就職を決めました。

ただ、当時から父が抱えている苦労は肌感覚でわかっていたつもりです。肉体労働だから父を含め多くの漁師がどこかしら痛めていること、高齢になるにつれて体がついていかない人が多いことも分かっていました」

熱田さんの父親は、高校卒業後からずっと漁師一筋でした。体を酷使し続けていたために、割と早くから父の「疲れた」という言葉を耳にすることも多かったといいます。

熱田さん「20代半ばの頃でしょうか。父から急に電話がかかってきたんです。『もう、出来ないわ』と。その言葉から、父の抱えている大変さに改めて気付きました。大竹屋の跡継ぎに自分を求めてくれていることも知れたことで、その電話をきっかけに出雲に帰って事業を継ごうと思いました」

自然と家業に入ることを受け入れた熱田さんが、都心での仕事を辞めて出雲に帰ったのは27歳のとき。まずは、漁師の見習いとして家業に入り父の下で働きながら修行を積み重ねたそうです。

熱田さん「家業の事業承継の話でよく耳にしていたのは、引き継ぎまでに家族の会話が一切なく大変だということ。ただ、うちの場合そうしたことは一切なかったです。

とりわけ仲がいいわけでもありませんが、家族として自然な対話を日々重ねていたために全てがスムーズでしたね。そういうところは、これまで家族が作り上げてくれたものですし本当にありがたいと感じています」

穏やかに話す熱田さんからは、温かな人柄が伝わってきます。

シジミの大量死。自然資源と向き合う不安に立ち向かう

家業に戻るまでは順調だったという熱田さんですが、同時に、これからの仕事に対する大きな不安が襲ったと言います。

熱田さん「私が漁師になった年に、シジミの大量死が起こりました。最初の1~2ヶ月はおもしろいようにシジミが獲れたんですが、その後はめっきり獲れなくなりました。

少しはシジミも生存していましたが、とはいえ漁師も技術職なので、腕を上げなければ漁の感覚はつかめません。当時の私は、まだ経験も知識も浅く、天然資源の問題に太刀打ちできなかったんです」

大竹屋の収益の大部分はシジミ。シジミが獲れないということは、不安以外の何者でもありません。熱田さんは「このまま仕事を続けていけるのかどうか」そんな心配が、日ごとに増していきました。

自然相手の漁業は年ごとに不漁や豊漁など大きく変化し、熱田さんは数年にわたる不漁でシジミ以外の収入源が必要になりました。これがきっかけとなり、後にお伝えするスズキのスモークの商品化にも繋がります。

スモークの商品化は全く初めての試みなので全て手探りで、その中で失敗をしながら経験を積み慣れていったそう。シジミ漁も同じで、漁に出ることが自分自身の経験値となりました。

シジミ大量死の問題はやがて自然に解決し、通常の宍道湖へと戻りました。しかし、漁業は自然相手の仕事なので環境に大きく左右され、卸価格も安定しません。そうした不安を取り払っていくための対策はこれからも必要だと話されています。

熱田さん「宍道湖で獲れるシジミはどれも同じではなく、簡単に言えば良いシジミと悪いシジミがいます。時期や水質、その年々の品質の違いもあり『今日はどこでシジミを獲るのか』と、漁師同士で情報交換をした上で、経験と知識が漁の成功を左右します」

技術や体力だけでなく、豊富な経験が必要となるシジミ漁。熱田さんは、その全てに対して時間をかけて取り組み、長い下積み生活を経て、2018年に父親から大竹屋を引き継ぎました。

父からのアドバイスを受けて始めた新しい取り組み

大竹屋は新規事業にも積極的で、その背景には先代でもある父親からの教えもあったそうです。

熱田さん「うちは約10人体制でやっている、地域の中でも小さな店なんです。だから、父はずっと『同業他社の真似をしても勝てないから、大竹屋にしかできないことをやったほうがいい』と言っていました。私もその考えには共感していて、シジミ漁以外の収益の基盤を作りたいと思っていました」

新たな経営の柱づくりは、熱田さんが地元に戻った頃に遡ります。

熱田さん「シジミ漁の見習いとして家業に入ると同時に、私を中心にシジミのネット販売にも取り組み始めたんですよ」

今であれば、生産者によるネット販売は当たり前ですが、当時は珍しい上に競合も少なかったため、何度かの試行錯誤は繰り返しつつも思いのほかいいスタートを切れたそうです。

ネット販売では、地域の中でもこれまでにない自社製品の開発に取り組みました。前述した、シジミの不漁も大きなきっかけだったとも話されています。そして出来上がったのが、宍道湖で獲れるスズキを使用したスモークなどの土産品で現在も大竹屋の人気商品です。

熱田さん「ネット販売を始める前は卸売りばかりでした。だから、どんなお客さんが買ってくれて、どんな反応だったのかは分からないままでした。

それが、ネット販売をスタートさせたことで、お客さんの声が私達のところへ直接届くようになりました。そうした生の声は仕事のやりがいにも繋がりますよね」

嬉しそうに話す熱田さんは続けて「今後も時代に合わせて大竹屋を発展させたい」と話されています。

宍道湖と島根の魅力を全国へ届ける

熱田さん「事業承継して自分で仕事を始めると、会社員のときと比べてやることが増えるから働く時間は増えましたね。同時に、島根県という田舎ならではの良さや実家のありがたみに改めて気づくことができたのは、都心に出たからこそだったと感じています。

都心にいた頃、多くの人は島根のことをあまり知らなかったんですよ。場所も知らないくらい(笑)でも今は、大竹屋のネット販売を通して島根の魅力を直接に都心へと届けられます。それが楽しいですし、そうした時代の流れも応援してくれていると思います」

熱田さん「宍道湖は、海と河川で繋がり、海水も入り混じる汽水湖なので珍しい魚種が豊富にいます。その代表格がスズキとモロゲエビ、ウナギ、アマサギ、シラウオ、コイ、シジミの7種です。宍道湖七珍として島根を代表する味覚でどれもおすすめです

シジミをはじめとする漁の仕事は、宍道湖という自然があってこそ。穏やかな熱田さんから語られる言葉からは、謙虚さと同時に、それら自然への感謝が込められています。島根県に立ち寄る際は、美味と絶景に溢れる宍道湖と大竹屋にぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

文・瀬島早織

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