伝統工芸のビジネスモデルを紡ぐ。経営と情熱で久留米絣を未来へつなぐ3代目の挑戦

福岡県南部に位置する広川町で1948年に創業した有限会社坂田織物。重要無形文化財である久留米絣(くるめがすり) の機屋でありながら、ファッションブランドを立ち上げ、海外へ販路を開拓するなど、さまざまなビジネスを展開しています。

坂田和生(さかたかずお)さんはいくつかの業界での経験を経て、20年前に家業である坂田織物へ入社し、3年前に3代目として事業継承しました。家業を継いだからこそ、伝統工芸のビジネスモデルの創設にこだわります。

家業を継ぐという意識は漠然としたものだった

先代は、40年ほど前に自社ブランドを立ち上げ全国に流通させるという当時珍しいビジネスモデルを作る挑戦的な方だったそう。そんな背中を見ながら育った坂田さんが継業に至るまでにたどってきた道のりは、家業と直接関係するものばかりでははなかったようです。

坂田さん「家業を継ぐって、例えば外で仕事して経験を積んで何年後かに帰ってきて事業承継していくっていうビジョンがだいたいあると思うんですけど、僕はなかったんですよ。好奇心だけはすごく多くて、 ちっちゃい頃は例えばプロ野球選手になりたいとか、 大学生の時はお笑いに興味があったんで芸人になったりとか。

それで、芸人で芽が出ないから辞めて何しようかと言うときに、実家の仕事があるんだなと思って。だけど、ファッションとか衣類のことかわからなかったので、ファッション関係の会社に入って仕事しながらちょっとずつ衣類のことを勉強していき、大阪で2年半販売をしながら接客をやって、25歳のときに帰ってきました」

そうして家業に就いた坂田さんですが、将来的に継ぐということに対しては漠然とした思いだったとか。

坂田さん「先代から呼ばれて、工場長が体調が悪くなったからいまのタイミングじゃないと家に帰ってきても意味がないと言われて帰ってきたっていうかたちでした。まだそのときも、漠然と将来的には継ごうという感覚でしかなかくて、会社をどうしていこうとか、そういうものはなかったですね。ただ、先代のように自分のブランドを作りたいという思いはありました」

持続するビジネスにはビジョンが必要

坂田さんが家業に就いたころ、中小企業の新たな海外販路開拓をサポートするジャパンブランド事業が行われ、久留米絣の展示会が海外で開かれることに。繊維業界は日本において厳しい状況の中、フランスで行われた展示会は大盛況だったそうです。

しかし、このジャパンブランド事業は5年間のみで終わってしまいます。坂田さんはこのプロジェクトメンバーではあったものの、海外の展示会には行けなかったそうです。しかし、せっかく高い評価をもらっているのにこのまま終わってはもったいない、自分自身も海外へ挑戦したいと思うように。そして、坂田さんは東京ミッドタウン内で伝統工芸品を扱うセレクトショップの社長とのご縁を通じて、ニューヨークへ乗り込みます。

坂田さん「30歳になるころ、漠然と自分の作った絣を発表したいという思いが見えてきて、その場所は海外だなと。ただ、それはどこに売るかという目標でしかなかったんです。そんなときに、福岡県のリーディングカンパニー事業という補助金に通って、中川政七商店さんのコンサルティングが入ることになりました。一緒に事業を進める中で、海外で売ろうが、日本で売ろうが、その先20年、30年ものを売っていくことを考えると、長期的なビジョンが必要だと思うようになりました」

文化やファッション性だけでなく、経営の視点も重要であると感じた坂田さんは絣の現在地を見直します。

坂田さん「現状なんで絣が売れないかというと、絣が身近なものじゃないということです。いままでファッションとしてやってきたんですけど、どう暮らしに根付くかが大事だと考えるようになりました」

そして、絣が暮らしに根付くには、実際に体験したり、生活に馴染むイメージができることが重要だと考えるようになります。

坂田さん「そのための施策の一つがそういったコンセプトでブランドを作ることで、もう一つが、絣に関するテーマパークを作ることで、もうすぐ着工の予定です。

いままで、作って売るだけだったんですけど、作っている場所を気軽に見られる場所、生活の中で絣を使っている場所、食を通じて絣を提案する施設を作って、絣を購入できるショップも併設で作ります。

ワークショップをしたり、一般の人が泊まれたり、国内外のデザイナーさんが体験できるような場所にして、絣の理解を深めていくテーマパークを作ろうと思っています。ただそれには夢ばかりじゃなく、ちゃんとした収益性がある工芸品のビジネスモデルをつくることが僕の目標です」

家業として伝統工芸を継いだからこそ見える、これからの継ぎ方

先代のチャレンジ精神を承継し、ご自身も様々なチャレンジを続けている坂田さん。ビジネスや経営の観点を非常に大事にされています。

坂田さん「45歳になるんですけど、あと何年できるかなと考えて、親子だから承継するのではなく、継ぎたいと思う人に継いでほしいから、収益性のあるビジネスモデルを確保しなくてはと思っています」

自分が将来だれかに継ぐことも考え、ビジネスモデルにこだわるのは、親子間での承継があったからこそだそうです。

坂田さん「ぼくが幼いころ、繊維業界は良く売れてとても忙しかったんです。だからといって裕福ではないんですが、とにかく両親が忙しく働く姿を見て、こういう根性論がわかるのは僕ら世代ぐらいまでで、下の世代には伝わらないかなと思っていて。そういう意味でも、ビジネスとして成功しなければと。

例えば経営者が、これあげるよ、とか、これやっとくよって、現場でよくあったんですけど、それって製造原価に反映されないことだったりして。そこを含めて見直して見える化して、ぼくが次の代に継承するまでにビジネスが成立するようにしたい。気持ちだけで継げるのは、親子だけかなと。経営とものづくりとしての情熱という両軸が大事なんです」

伝統工芸という業界の今後

変化を続けていく坂田織物のビジネス。伝統工芸という業界の今後をどのように見据えているか伺いました。

坂田さん「伝統工芸って、押しつけだけでいままで残ってきたわけではなくって、やはり必要とされて残ってきたと思うんです。ただ、昔といまでは手段や伝え方やプロダクトが変わっている。だから、100年前からのことを全く同じようにしていくのは難しいと思います。そこに気づけるかどうかが大事だと思います。」

時代に合わせて、あるいは時代を先取りして変化していく姿勢は伝統工芸に限らずあらゆる業界で通じる姿勢ではないでしょうか。

久留米絣に一度触れると、その風合いにきっととりこになると思います。テーマパークが開設したらぜひ味わってみてください。

文:野尻暉

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