【成功事例インタビュー】買い手の経営方針をも変えた継業の舞台裏

2019年2月、relayのティザーサイトオープンとともに掲載された1件のプロジェクト。それは、宮崎の繁華街「一番街」のド真ん中にある有名店「CORNER(コーナー)」の店舗譲渡。
SNS上では驚きの声が飛び交いました。
一般的にはクローズドで行われる事業の売買。なぜ今回売り手は情報公開に踏み切ったのか、そして情報公開することで何が起きたのか?売り手と買い手それぞれにお話を伺いました。

 

売り手:株式会社一平ホールディングス 代表取締役社長 村岡浩司様
買い手:株式会社コンフォートダイナー 取締役副社長 竹井 倫世様
聞き手:relay編集部

 

SNSがざわついた、“あの”CORNERの売却話

ーー(聞き手)relay編集部(以下、略)本日は宜しくお願いします。まず買い手側の竹井さんから会社の事業内容をお伺いしてもよろしいですか?

(買い手)株式会社コンフォートダイナー竹井さま(以下、敬称略):はい。会社名は、株式会社コンフォートダイナーと申しまして、宮崎県内で飲食店を7店舗と台湾の台北市で飲食店を1店舗運営している飲食業の会社です。設立は2006年なので、14年前ですね。

ーー竹井さんはお立場としては「副社長」となっていますが、社長は別にいらっしゃるのでしょうか?

竹井:そうですね、社長が現場の調理やメニュー作り、建築/デザインなど全体的な現場の管理は社長が担当し、私は企画広報や人事・経理・総務など全般を担当しています。

ーー社長はご主人なのですよね?14年前に二人で設立されたのですか?

竹井:はい、社長は主人です(笑)。私たちは東京のアパレルの会社にいて、主人は私の先輩だったんです。主人の実家が宮崎県日南市で飲食店をやっているので、主人が会社をやめて、調理師の専門学校に通って免許を取り、そこを手伝おうということになっていました。私も当然ついていったのですが、ただ・・・

 ーーただ?

竹井:私は東京出身で、宮崎に行きたくて行きたくて、結婚してないのにきちゃったんですよ(笑)。なので、まずは宮崎に来て半年間はアパートで暮らしながら職業訓練校に通って簿記や経理の勉強をしました。そしてようやく日南市に行って、2年ほど実家の飲食店で働いたんです。いわゆる修行時代ですね。

  ーーなんと。はじめて知りました(笑)

竹井:だから、最初は実家にはいれなくて(笑)もう宮崎に来て17年になりますね。2006年に個人商店として宮崎市内にも出店し、今の規模まで拡大してきました。

  ーー今回の売買のことなんですが、CORNERの情報は最初はどちらでお知りになりましたか?また、最初にお耳にされたときの率直な感想はいかがでしたか?

竹井:最初に耳にしたのは2019年末くらいだったかもしれませんが、きちんとした想いはrelayを通じて知りました。常日頃から村岡さんはfacebookなどに情報を発信していらして、新しい業態も積極的に仕掛けられていらっしゃるのも目にしてましたし、今後は新しい方向性に向かっていくということも拝見していました。なので、最初にお話を聞いたときも、驚きは少なく逆にすんなりはいってきましたね。

 ーー村岡さんのスタンスが常にオープンだから、すんなり入ってきたんですね

竹井:そう。新しい方向性は、ECサイトだったり、九州パンケーキというプロダクトだったり、さらなる新規事業だったりとかなのかなと思っていましたので。

ただ、やっぱり飲食店は店舗を閉じるとなると、いくら前向きなものだったとしてもうがった見方をされて、ネガティブな印象になってしまうものですし、それをやっぱり今回のように大々的に表現されて、私はすごいご判断だなあというふうに思いました。 

 ーー実際CORNERはどういうふうにみられてたんですが?

竹井:もう、CORNERさんはCORNERさんですね。一番街にCORNERありき。実はCORNERさんができた後に、弊社の「あっぱれ食堂」を一番街にオープンしたんですね。もしCORNERさんがなかったら、うちは「あっぱれ食堂」、オープンしていないです。CORNERさんがあったからオープンした。


▲一番街に面する「あっぱれ食堂」

(売り手)株式会社一平ホールディングス村岡さま(以下、敬称略):一番街には、飲食店の印象がなかったですよね。 

竹井:なかったですね。ここは物販ストリートだった。あっぱれ食堂のある土地は大手携帯会社の店舗でしたし、CORNERさんのある場所はかばん屋さんで。その流れのなかで、飲食をおやりになるんだって。画期的でしたよね。 

村岡:それこそ、僕は商店街の方々と議論になって。路面に「2階は飲食でもいいけど、1階は物販じゃないとだめだ」って言われて。まだ、そういう意見もあった時代ですね。

 ーーなるほど。そういう意味で画期的な場所なのですね。自分達もチャレンジしてみようと思えた原点のような場所 

竹井:うんうん。だから憧れというか、この一番街がいまの状態になるまでの10年間を引っ張て来た中心のお店が「CORNER」。

経営方針を変えてでも、名乗りをあげるべきと決断

 ーー新型コロナウイルス肺炎(以下、コロナ)前は、コンフォートダイナーとして、まだまだお店を増やしていこうという方針だったのですか?

竹井:はい。お店は拡大していく方向性でした。さらにいうと、うちはずっと戦略的に集中して同じ地区に出店してきてたのですが、災害など何かあったときにそれではリスクが大きいということもあって、実は今後は遠隔地に出していこうと思っていたんですよ。

 ーーそうだったんですね!今回のCORNERは方針と全く逆の意思決定ですよね?やはり社長ともかなり検討を重ねたのではないでしょうか?

竹井:いや、一瞬でした(笑)即決です。確かに方針とは違うのですが、やはりCORNERさんだから、というのがあって。この10年間を作ってきた街中のシンボルでしたし、ここで手を挙げなければ後悔するだろうと。私たちもずっと中心市街地で商売をやってきたので、もしCORNERさんの想いを引き継いで挑戦できるのであれば、逆に戦略の転換を図ってでもやる価値があると思いました。

▲店舗引き継ぎ当日の様子

ーーやはり、かなり特別な場所なんですね

竹井:いやあ、そうですよ!例えば同じ商店街の中だったとしても、他の場所だったら決断できていないですね。村岡さんは、街の大先輩で憧れの存在でしたので。

「次の人にもプラスになるように。」

 ーー村岡さん、今回そんな関係の竹井さんにバトンタッチしたわけですが、どういう思いでrelayへの掲載に至ったか改めてお聞かせ願えますか?

村岡:公開情報にしたのは、別にアンダーテーブルで隠してやるようなものでもないなと思ったんだよね。逆に、飲食店の閉店ってどうしてもネガティブな印象を持たれるから、これまでのいろいろな想いを込めて唐突感なく一連の流れをもったほうが次につなぐときにプラスになるとも思ったし。オープンなほうが、場として流れがいいですよね。

 ーー「流れ」というキーワードが出ましたが、そこには何か込められた思いがあるのですか?

村岡:CORNERを開店したのが2008年9月。まさしくリーマンショックのとき。そして2010年に宮崎県では口蹄疫*があって。赤字が毎年2,000万づつ。そこからさらに膨らんで。本来ならやめるべきタイミングが過去一度来ていたわけです。でも、そこで踏ん張った。街中がガラガラで、みんな外部要因に言い訳をしているんです。言ってもしょうがないことなんだろうけど、そんな中でもCORNERだけ満席になってエネルギーを放っていたら、みんな言い訳できなくなるじゃないですか。そういう姿をなんとか見せて、復興のシンボルになってやろうと思ったんです。

*家畜伝染病。2010年には宮崎県内の家畜の全頭処分など多大なる被害があった


▲開店間もないCORNERで

 ーーなるほど、それが現状のコロナ禍の状況に重なる、と。

村岡:そうですね、おそらく7-8月かなりの反動がくるだろうと予測ます。このタイミングでここ(CORNER跡地)がオープンしたとしたら、間違いなく街中のシンボルになるはず。なので、コンフォートダイナーさんというこの場所の流れを汲んでもらえそうな相手に譲渡することができて、非常にうれしく思っています。

 ーー込めてきた思いがあるからこそ、「流れ」を大切にされているのですね。その中で、このことを公開情報にするのはチャレンジだったかと思いますが、不安はありませんでしたか?

村岡:僕はなかったけど、周りがあったんじゃないすかね(笑)。なので、しっかりと役員と社員のみんなには事前に説明をして。前例のない話だから戸惑っていた人がいたのも事実です。通常通りクローズドに進めれば、業種を問わないもっとドラスティックな決定もあり得たかもしれない。でも、やっぱり商店街は特別なところで、未来の風景を先に借りてるようなものだと僕は思っているので、今回はすごく幸せな引き継ぎをしたなあと改めて思っています。

 ーーそういって頂けると、非常にうれしいです。竹井さんはあの記事を見て、どうでしたか?

竹井:やはり自社以外に検討が入ってしまうかな、という不安はありましたね。

村岡:でも、思ったほど変なざわつきはなかったですよね。思ったよりネガティブな声はあがらなかった。

竹井:それは私もですね。全くなかった。逆にみなさん好意的にとらえてくださって、弊社が取得するという投稿をしたら、facebookにもかなりのコメントを頂きました。全部にお返しできてないくらいです(笑)

 ーーよかったです!逆に、今回のような「公開型の承継」を経たお二人に課題感やもっとこういう風になったらいいよね、というご感想があれば教えてもらいたいのですが、どうでしょうか?

竹井:強いて言えばというところですけど、やはり不動産屋さんとの連携は今後は大事なのかもしれないな、と感じました。特に今回大きな問題が起こったわけではないのですが、よりスムーズに進めようとなると、きちんとどこからのタイミングで話を通しておくことが必要かもしれません。

村岡:まあ、筋の通し方みたいなところで、僕もそれはあって。今回の記事が出て不動産屋さんからすぐ連絡があって、先に大家さんに連絡していたらしいのですよね。変に不安にさせてしまったので、その点は申し訳なかったなあと。勉強になりました。


▲現在内装中の元CORNER店舗内

竹井:コロナの影響もあって、今後の不動産業の形も変わってくるかもしれませんね。

 ーーと、いいますと?

竹井:例えば弊社が出店している台湾は不動産屋さんが介在せず、オーナーと家賃交渉してるんですよ。店長がオーナーと家賃交渉。なので、今回のコロナの状況でも直接交渉できて、非常に助かった部分があります。コロナのような差し迫った状況のとき、テナントとオーナーが直接やり取りせざるを得なくなるような経験を踏まえると、不動産業の形も少しづつ変わっていくのかもしれません。今回、relayを通じて村岡さんと直接話をできたのはやはりよかったですね。

公開型の承継への期待

 ーー私たちrelayは事業承継をオープンにしていこうというチャレンジをしていきます。最後に、これからのrelayへ期待することを教えてもらえますか。

村岡:いわゆる会社そのものの承継の場合、それを生業とするコンサルティング会社もありますし、銀行さんも現在そういう分野をやっています。ただ彼らの手の届かないところってあると思うんです。例えば弊社や竹井さんのところのような複数店舗運営している中の1店舗だけを継承するケース。または、地元にすごく愛されているうどん屋さんとか、不動産価値も建物の価値もないのだけど、ただ後継ぎだけが見つからないようなもの。今まで、手が届くサービスが存在しなくて、世の中から消えていくだけだった看板が、relayによって、次に命をつないでいくみたいな話になるといなあと思います。

竹井:これまでになかったんですが、買い手からすると「公開入札」ぽいのですよね。それはそれで面白かったりしました。

村岡:買い手側の企業さまの情報が、ロゴだけでも載ってるていうのは面白いかもしれないですね。この会社見てくれてるんだっていうのがあると、売り手側がより手を上げやすい気がします。私たちも常に情報収集はしているので、そのニーズを見える化するということですね。

竹井:そうですね、それ面白い。こうやって企業登録みたいなのしたらいいかもしれないですね。

 ーーそのようなニーズがあるのでしたら、ぜひやっていけたらと思います!

あとがき

宮崎を代表する飲食店をいくつも経営されているお二人。大変ご多忙なお二方なのですが、とても気さくにお話してくださいました。まさに想いが詰まった場所を次にrelayする、示し合わせたような今回の継業。「儲かるか儲からないか」だけではない、時代や場所に流れる文脈を引き継ぐこと。その積み重ねが街をつくっているのだなと気付かされました。

(relay編集部)

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