全国初!地域おこし協力隊員が地方の老舗を承継。前職を活かしたIターン者の挑戦

川南町の中心地トロントロン通り。軽トラ市などで賑わうこの商店街にTシャツプリント専門店「Tee bank」があります。Tee bankの前身は、川南町で約70年の歴史をもつ「なかむら屋」。後継者不在で廃業危機になっていたなかむら屋から、Tシャツプリント事業を承継しました。

引き継いだのは、川南に移住し地域おこし協力隊として活動していた高萩誠さん。この承継は、経済産業省の「事業引き継ぎ支援センター」と総務省の「地域おこし協力隊」が連携して実現した全国初のケースとして、大きな注目を浴びました。

継ぐ人、渡す人、商工会、行政など、まち一丸となって実現した事業承継。それぞれ立場は違えど「川南を元気にしたい」という思いは皆同じでした。

地域おこし協力隊のミッションは「自分の居場所をつくること」

▲Tee bank 代表 高萩誠さん

高萩さんは東京都出身。印刷業界に勤めたのち、地域おこし協力隊として千葉や高知で暮らし、2015年に宮崎にIターンしました。

自然豊かな環境で子育てがしたいという思いから、息子さんが小学校に入る前に移住を決行した高萩さん。協力隊として都市部の買物代行やふるさと納税の出品のお手伝いなどをしながら、地元の人々と交流を深めていきました。

川南と相性がよく定住を考えていた高萩さんは、協力隊に着任したての頃から地元の人たちに「何かやれることはない?」と聞いて回るようになります。そして商工会から紹介されたのが、後継者を探していた「なかむら屋」でした。

高萩さん「商店街でTシャツプリントとは想像もしていなかったです。そういう職種は東京でないとダメだと思いこんでいたので、まさか移住先で前職の経験を活かせるとは目から鱗が落ちた想いでした」

店がなくなると困る人がいる

一方、なかむら屋を託せる人を探していた中村昭人さん。決して経営が苦しかったわけではなく、中村さん自身が親戚のホテルを承継することになったため、やむを得ず店を手放すことが決まっていました。

安定した経営でおもちゃやスポーツ用品など幅広いジャンルを取り扱っていたなかむら屋でしたが、特に業績が上向きだったTシャツプリントは誰かに引き継ぎたいと考え、役場の人に相談をしました。

中村さん「承継を考えて正式に窓口に行ったのではなく、普段のコミュニケーションのなかで当時の産業推進課長にぽろっと話したのが始まりでした。Tシャツプリントは部活やイベントなど地元で必要とされる存在になっていたので、急になくなると困る人がいるだろうと思いました。それに祖母の代からずっとやってきた店を自分が終わらせるのは寂しい気持ちもありました」

Tシャツプリントの後継者を探していた中村さんと、印刷業経験があり定住後の居場所を探していた高萩さん。双方の話を耳にして結びつけた商工会。まさに奇跡のようなマッチングでした。

自分の知見を移住先で活かせる

高萩さんと中村さんは、商工会の仲介でさっそく2017年11月に面談を行います。

高萩さん「話もそこそこに、まずは自分の目で見てみないと分からないと思い体験に行かせてもらいました。 実際にやってみると、印刷の製版作業に似ていて何とかいけそうだと感じました。前職の経験がなかったらやれていなかったかもしれません。

Tシャツ産業は伸びている業界だということも初めて知りました。元々印刷業が嫌で辞めたのではなく移住のために退職した経緯もあったので、素直に嬉しかったです。川南にホッとできる場所が見つかってよかったと思いました」

中村さん「話したことはなかったですが高萩さんのことは知っていました。協力隊として頑張っている姿は見ていましたし、製版の知見もある。実際話してみて誠実でまじめな方で安心して任せられると思いました」

継ぐ側と渡す側。それぞれの立場で承継へ向けて準備

▲中村さんが承継した「ホテル竹乃屋」はTee bank から徒歩1分

面談合意後、さっそく承継へ向けての準備が始まります。高萩さんは商工会の「個別創業塾」を受講しながら事業計画書を作成。中村さんは同じく商工会の「リーダー育成事業」で税理士から価格の決め方などを学び、同時に事業引継ぎセンターのサポートで事業譲渡契約書を作成していきました。

中村さん「契約書や価格の決め方を個人でできる人はなかなかいないと思います。後々トラブルがあったり迷惑をかけてはいけないので、第三者に評価額等アドバイスしていただけたのは助かりました」

高萩さん「個別塾では経営のノウハウや資金確保の方法などをマンツーマンで学びました。はじめは本当に難しくて、漠然と聞いている感じでした。創業補助金の申請なども複雑なので、相談できる機関が身近にあるのはありがたかったです」

並行して業務内容の引き継ぎも行いました。中村さん自身のホテル業の引き継ぎもあったため、期間が短く苦労したと言います。

中村さん「作業の技術的なことから納品まで一緒に行ない覚えていってもらいました。引き継ぐのはお店のいい面だけではない。業者やお客様とのトラブルや商売の厳しさなど、あまり知られたくないことも今後のために包み隠さず話さねばなりません。承継するということは全てをさらけ出す覚悟が必要だと分かりました。マイナス面を伝えて高萩さんが承継を辞めると言わないかドキドキしました(笑)」

高萩さん「私は何もマイナスとは受け取らなかったです!それに、これから自分が作っていくので何があっても自分次第だと思っていました」

まちで自分がプリントしたTシャツを着てる人を見ると嬉しい

悪戦苦闘しながらもそれぞれやるべきことに集中し、2018年6月に事業譲渡契約書を締結、8月に事業計画書が完成。合意から1年後の12月に承継の手続きが全て完了しました。なかむら屋は「Tee bank」と名前を変え、高萩さんのお店として生まれ変わりました。

現在は、地域のクラブ少年団やイベント、自治体、学校の部活、クラウドファンディングの返礼品など多岐に渡った注文を受けています。なかむら屋からの馴染み客もいれば、新聞やテレビで事業承継のニュースを見て来る新規客もいます。団体注文のあと個人注文が入るケースも増えており、今や川南の人々にとってなくてはならない存在です。

▲承継後新しく購入した「スクリーン印刷機」。個別創業塾を受講すると補助金を申請できる

高萩さんがこだわりを持っているのは「色」。新しい機械も入れ、材料や資材を考えながら客のニーズにあった色を出すために、細かな調合をしています。

高萩さん「色を入れる過程は印刷の製版工程とよく似ています。布印刷で色にこだわる方は少ないのですが、たとえば赤を少し落として質をよくして…、など細かい配色にチャレンジしています。

お客様が “あ、綺麗にできてる!”と広げてすぐ着ていくと頑張ってよかったなと思います。街中で着ているのを見かけたときも嬉しいです。特に部活動などでみんなで着ているのを見るとぐっときますね」

中村さんが経営するホテル竹乃屋はTee bankの目と鼻の先。今でも分からないことがあれば、中村さんに気軽に聞ける関係性もできています。

高萩さん「分からないことがあったら中村さんに連絡します。近くにいるので何かあるとすぐ来てくれるんですよ。それが続けられている一番の理由でもありますね」

はじめることよりも継続することのほうが難しい

オープンから1年が経ち、まだ試行錯誤の日々だと語る高萩さん。自身で経営して初めて見つかった課題もあります。

高萩さん「やると決めたらからには、少なくとも5年は24時間フル稼働の気持ちでやっています。毎日トライアンドエラーの繰り返し。目下の課題としては、もっと生産性を上げていきたいです。作業効率をどう上げていくか、材料や資材をいかに安く仕入れるかなど、中村さんや商工会の方にも相談をしながら考えています。投資すれば儲かるということでもないので、様々なバランス感覚や決断力も必要です。始めることよりも継続することのほうが難しいですね。

今は妻がTシャツのデザインをしてくれていますが、僕も使いこなせるようにイラストレーターやフォトショップの勉強もしています。知識と収益とどちらも大切なので、日々学びながら仕事に取り組んでいます。」

チャレンジすれば自分で道を切り開ける

▲妻の真由美さん。夫婦2人3脚で運営している

元々田舎や自然が大好きな高萩さん。これからは他の地域にも目を向け様々なことにチャレンジしたいと考えています。

高萩さん「やはり現場が好きなので、過疎地に屋台を持っていきTシャツ作りのワークショップなどをしたいです。年配の方々にももっとTシャツプリントを利用してもらえるような工夫もしたいですね。

もちろん大変なこともありますが、家族の存在が支えです。子どもには、チャレンジすれば自分で道を切り開けるのだということを背中で感じてもらいたいです。そして川南の方々には他所からきた人でもやれるんだと思って欲しい。本当に素晴らしいチャンスをいただいたので、無駄にしないよう形にしていきたいです」

「継いでほしい」「定住したい」とそれぞれの想いを包み隠さず周囲に話していたため、周りが結びつけてくれたこのご縁。「全国初」というのは結果論にすぎませんが、新しい事業承継の形として多くの方に勇気を与えるのではないでしょうか。川南に根付いた高萩さんが今後どのように輝きを放つのか注目です!

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