広告代理店が名物蕎麦屋とんがらしを「伝承」。100年後の未来に残したいものとは

福岡に本社を構える広告代理店が、東京の名物蕎麦屋を引き継ぎました。全くの異業種とも思える事業承継ですが、実は社内の考えが一致した末に、社長の大胆な行動によって実現しています。

東京の蕎麦ラバーから熱烈な支持を受ける「立喰いそばとんがらし」。価格からは想像もできない圧倒的なボリュームで、水道橋界隈の人たちのお腹を満たしてきました。しかし、23年目を迎えた2019年、切り盛りしてきたご夫婦の年齢は合わせて150歳。店内にはしばらく後継者募集の張り紙が貼られるも、常連客の間では心配する声が密かに交わされていたそうです。

そんなことはつゆ知らず、「東京製麺所協同組合」に足を運んでいたのが、現在とんがらしを営業している広告代理店「WORLD HUNT」の社長、近藤和久さんでした。事業承継を「伝承」という言葉で語る近藤さんに、とんがらしを継ぐことになった経緯を伺いました。

100年後でも残したいもの、それが食文化だった

近藤さん「飲食を事業として展開することを考え始めたのは、3年前に会社のビジョンをつくったことがそもそものきっかけです。

日本の人口が減って高齢化していく未来を考えれば、個人の税金以上に、私たちのような企業が納める事業税が国を支える大きな柱になります。会社だけでなく国を守るためにも、長いスパンで社会に貢献できる事業を展開する必要がある。そこで、100年後の社会がどうなっているかを社員に聞いてみたんです。すると、既に喫緊の社会問題である環境や人権といった、ネガティブで重い話ばかりになってしまいました。しかし、少し視点を変えて『100年後にも残したいものは何か?』と聞くと、様々な意見が出た末に、多くの社員に共通していたのは『食文化』という答えでした」

天ぷらで蕎麦が見えないのがとんがらし流

近藤さん「しかし、飲食業界は慢性的な人手不足です。さらに、時代の変化とともに人々の行動や考えが変わり、時代の変化についていけない事業者もたくさんいます。長く愛されてきたにも関わらず、継続していくことが体力的にも社会的にも難しいのだと、改めて業界が抱える課題を知りました」

製麺所協同組合に駆け込んでから知ったとんがらし

近藤さん「とはいえ、飲食店を譲りたいと言う人がすぐそばにいるはずもありません。私は基本的に東京のオフィスにいるので、とりあえず『東京製麺所協同組合』を訪ねました。これからの日本の話や、私たちが残したい食文化についてお話させて頂くと、『そんなことを言うために来た人は始めてだ』と驚かれましたね。そこでとんがらしが後継者を探していることを教えてもらいました」

東京製麺所協同組合はその名の通り、製麺を卸している事業者で構成されている団体。とんがらしのように飲食店が後継者を募集している情報を持っていること自体、かなり稀だったそう。近藤さんのタイミングの良さに加えて、見知らぬ場所へ飛び込む大胆さが生んだ出会いでした。

美味しくなければ継がない。足繁く通った末の承継

とんがらしは店内にも後継者募集の張り紙があり、20年以上愛されてきた味を残すべく、個人だけでなく企業も合わせて10件以上の問い合わせがあったそうです。近藤さんはとんがらしの蕎麦をはじめて食べて感動して以来、足繁く通って前店主とも会話を重ねた末に引き継がせてもらえることが決まったといいます。

コロナ禍で新しく始めたお弁当でも天ぷらてんこ盛り

近藤さん「美味しくなければ継ぐつもりはありませんでした。初めから蕎麦に絞っていたわけではありませんが、蕎麦は江戸の頃から人々に親しまれているソウルフードです。私たちの目的は飲食業ではなくて、優れた食文化を残すことですから、地域に根付き、人々から愛されていることが重要だったんです。

最初に行って食べたときは衝撃でしたね。『こんなうまい蕎麦を出す店があったのか』と舌を巻きました。そのときに、前店主の佐藤さんに継がせて欲しいという話をしました。だからといってすぐに話がまとまるとは考えていなかったので、その後も繰り返し足を運んでは、脱サラした佐藤さんがお店を始めたきっかけなどをお聞きしました。最後は『根負けしたよ』と言われましたね。なんとしてでも継ぎたいという思いが伝わったのか、私たちの会社がとんがらしを引き継がせて頂くことになりました」

継ぐことが決まった後、とんがらしが入っているビルの3階にたまたま空きが出たことを知って、東京オフィスを移転。直線距離にして約5キロ、電車だと30分かかる浜松町にオフィスがあるとコミュニケーションが取りづらいことが移転の理由だったそうですが、近藤さんがとんがらしにかける本気度が伺えます。

準備期間は1カ月。社員の能力を活かした大抜擢

立喰いそばとんがらしの店長、樋口和紀さん

近藤さん「飲食店を運営していくために、経験者を新たに採用することはしませんでした。とんがらしは、既に文句のつけようがない味と熱烈なファンを持っています。やるべきことは愛された味を作り続けるだけ。店舗の責任者には、一つのことにまっすぐ取り組むことが得意な樋口を選びました」

もともとウェブ開発を担当していた樋口和紀さん。社員の性格や能力を把握している近藤さんだからこその采配が、とんがらしのスピード承継を実現します。

近藤さん「先代は『見て覚えろ』という人だったので、樋口には4月頃から毎日のように通ってもらいました。GW前に先代の営業が終わり、GW明けからは私たちだけでやっていく必要がありました。準備期間は約1カ月。先代は高齢だったので、最後の日は『お疲れさん』といって颯爽とお店を後にしましたね。ようやく肩の荷が降りたんだと思います」

お叱りを受けたら即座に対応。高速でトライ&エラーできる企業の強み

福岡オフィスの様子。奥に座っているのは社長の近藤和久さん

近藤さん「もちろん、有名店を引き継ぐことの苦労はありました。仕入先から調味料の配合にいたるまで、何一つ変えていないのにお客様からは『味が変わった』と言われます。SNSでの反応も常にチェックして、お叱りを受けたときは休憩時間にすぐさま改善を試みました。

企業で飲食店を経営する強みは、高速でPDCAを回せることです。顧客のデータを見て、何をどう改善すれば黒字に繋がるのかはオフィスにいる別の社員がすることで、店に立つ樋口は調理とメニュー開発などに集中できます。お客様の声も取り入れながら毎週のように新メニューを提案してくれていて、今では豊洲に通うことで仕入先も徐々に開拓しています」

継いだことは表に出さない。伝承という言葉の意味

コロナ禍で休業を余儀なくされた時期もあったとんがらし。しかしそれを好機ととらえ、2021年には老朽化した店内を全面的に改装して6月に再オープン。逆境を乗り越えて愛され続けるとんがらしを引き継いだ近藤さんに、これからの展開をお聞きしました。

近藤さん「3年前の社内会議で100年後の未来を見据えて作ったのが『伝承事業部』で、とんがらしを継いだのはその後です。私たちは飲食の大手を目指しているわけではないので、同じような境遇の飲食店があれば継ぐことはあっても、多店舗展開することはありません。

とんがらしはお客様と一番近い部分だからこそ、私たちの強みである販売促進を活かした伝承ができたと思っています。これからは1次や2次の産業についても、私たちが未来に残したいと思えるものを伝えていきたいですね。

美しい事業承継とは、継いだことにお客様が気づかないことだと思うんです。GW前に来て、休みが明けてまた食べに来てもらってお腹を満たして帰ってもらう。お客様は蕎麦を食べに来ているので、誰が継いだのかはあまり関係ないんですよ。継ぐことに重きは置かず、私たちがするのはあくまで食文化を残していくこと。継いだことを大声で言うのは、博多弁で言うと『シャバい』ですかね(笑)」

事業承継ではなく、『伝承』という言葉を大切にされている近藤さん。継いだことは表に出さず、これまでと変わらないうまい蕎麦をお客様に提供し続ける。当たり前のようでいて難しいことを当然のように実行できるのは、広告代理店として、常にお客様をサポートしてきたマインドが根底にあるのかもしれません。とんがらしの蕎麦、一度ご賞味あれ。

文・清水淳史

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