事業承継ストーリー

「変わらないために変わり続ける」年商160万円から京都の老舗和傘店・日吉屋を救った5代目当主の挑戦

京都で160年の歴史を誇る老舗和傘店「日吉屋」。日用品だけでなく、茶の湯や歌舞伎、能などの伝統芸能に華を添える存在としても、日本文化に欠かせない存在となっています。

しかし時代とともに需要は減り続け、一時期は年商が160万円まで落ち込んでしまいます。

この危機的状況から、日吉屋を立て直し、世界に誇る企業へと成長させたのは、婿入りした5代目当主・西堀耕太郎さん。

「変わらないために変わり続ける」を信条に、日吉屋の5代目として取り組みを続ける、西堀さんの事業承継のきっかけや引き継ぎ後の取り組みについてお話を伺いました。

和傘の美しさに魅了され、後継を決意

西堀さんは、和歌山県新宮市生まれ。高校卒業後カナダに留学し語学を学んだ後、ヨーロッパで2年ほど生活されていました。帰国後は、地元の市役所で勤務していた際に、「日吉屋」の娘である妻と出会います。結婚後も和歌山に住んでいましたが、週末などで京都に訪れた際に和傘を作る職人の姿を間近で見、自分自身も和傘を作りたいと思うようになりました。

西堀さん「和傘は一つひとつの工程がとても細かく、精密です。その幾何学的な美しさに魅了され、職人さんに作り方を教えてもらっては、家で自分で作るようになりました。ちょうどその頃、市役所では経済観光課に所属し、当時黎明期であったインターネットを活用したPRの仕事に就いていました。そのノウハウを生かし、和傘を宣伝するためのホームページを作ると一気にアクセスが増え、京都だけではなく全国のお客さんから注文が入るようになったんです。

もともと和傘は時代の変化とともに売れなくなり、京都で残っているのは日吉屋のみ。妻の両親も店を畳むつもりでいたのですが、こんな素敵な産業をなくしてはならないという思いで後継になりたいと申し出ました。私が店を手伝い始めてからは妻の母もそれを願ってくれていたようで、喜んで承諾してくれましたね」

和傘の歴史を遡ると、未来のための道筋が見えてきた

そうして2004年、日吉屋の5代目当主としての新たな挑戦がスタートしました。しかし、問題は山積み。一本でも多くの傘を売り、一日でも日吉屋を長く続けるために西堀さんがまず行ったのは「自分たちが何を売っているのか」を改めて考え直すことでした。

西堀さん「言うまでもなく、和傘の歴史は非常に古いです。しかし、用途は時代によって大きく変化してきました。例えば平安時代では、魔除けや権威の象徴として使われていたことが明らかになっています。その後江戸時代には一般家庭にも広く浸透し、今のように雨を避けるための道具として使われるようになりました。そして現代では、伝統芸能や茶道・日本舞踊などで使用されています。

このことから分かるように、伝統とは革新の連続なのです。もし、和傘に魔除け以外の用途がなければ、間違いなく現代には残っていないでしょう。これからの時代を生き抜いていくためには、その時代に合った商品作りをする必要があるのです」

ブランディングのために「京和傘」を名乗ったり、インターネット販売を強化したりしても、そもそも国内で和傘を求める人の数には限りがあります。また、使用頻度が少ないため壊れることもほとんどなく、購入済み顧客からのリピート注文もほとんど期待できませんでした。

傘を通る光の美しさから生まれた、「古都里-KOTORI-」

そんなある日、傘を天日にて干して、防水の為の亜麻仁油を乾かす「天日干し」をしている際、傘を通して目に映る光の美しさに気づきました。そこで、この技術を照明器具に活用できないかと考えたのです。

西堀さん「まずは自分自身で照明器具を作り展示会に出展しました。その展示会では厳しい意見もたくさんいただきましたが、その後照明デザイナーとの出会いがあり、共同開発の末生まれたのが2007年にグッドデザイン賞中小企業庁長官特別賞を受賞した『古都里-KOTORI-』です。

古都里-KOTORI-はじめ、和傘を活用した照明器具の最大の強みは収納できるという点。和傘の開閉技術を応用しており、どんな巨大な照明器具であってもコンパクトに畳めるようになっています。そのため、海外輸出も容易に行えました」

国内では高級ホテルや旅館、レストランなどでも使用され始めましたが、西堀さんが特に注力したのは海外での売り上げです。現在は全体の10〜30%を海外売上が占めています。

西堀さん「日本は少子高齢化の影響もあり、今後売り上げが下がっていくことは明白です。そこで海外展開に注力しました。中でもターゲットとしたのはヨーロッパです。ヨーロッパは高級ブランドがたくさんありますが、その背景の一つに『製品だけではなく、その背景の物語も含めたブランド価値を大切にする』という側面があると思っています。製造過程や背景、そして何よりもその美しさはヨーロッパで受けるのではないかと考えました。

海外展開にあたり意識していたのは、『それぞれの国の生活様式にあった製品を開発すること』。そのために現地バイヤーやデザイナーと意見を交わし、ただ見た目や機能性だけでなく、ブランドの持つストーリーも合わせて提案しました。そうすることで一気に成約率が上昇しましたね」

大切なのは、時代や文化に沿ったもの作りを行うこと

ただ『日本の伝統』としてではなく、今の時代、国ごとの生活様式にフィットしたモノ作りは大ヒット。その後も数多くのコラボレーションが生まれました。そして、このノウハウ・ネットワークを同じように海外展開を目指す事業者に対して展開することで、伝統産業振興に繋がるのではないかと考えました。そうして、2012年には合同会社TCI研究所を創業。2016年に株式会社化し経済産業省・中小企業庁経済産業省のデザインと経営の両面から地域課題を解決する「ふるさとデザインアカデミー」にも参画しています。

伝統を継承するために大切なのは、外部からの視点だと西堀さんは話されます。

西堀さん「妻の家に初めて行った時、私が和傘の美しさに感動しました。しかし、妻には私の感動伝わりませんでした。小さい頃から当たり前のように見てきて、かつ今や売れない商品に特段感想もないのは仕方ないことです。私が和傘を照明器具に活用したいというアイデアを思いついた際にも、家族や長くいる職人はびっくりしていました。この感覚やアイデアは、和傘をほとんど見たことがない人間だからこそ思いついたのだと思います。

製品開発も同じです。バイヤー、デザイナー、職人、それぞれ役割が違うため視点も異なります。例えば作り手が素晴らしいと思うアイデアが必ずしも一般消費者に届くかはわからないですよね。それぞれの意見を出し合い、あらゆる視点を盛り込むからこそ良いものづくりができるのです」

変わらないために、変わり続ける

今や、和傘だけではなくあらゆる日本文化を未来に紡ぐための活動をされている西堀さん。どの事業においても大切なのは「バリューを生み出し続けること」と話されます。

西堀さん「どんな製品であっても、お客さんが魅力に感じて手に取っていただけなければ生き延びていけません。いくら伝統文化といっても、天然記念物ではありませんからね。手に取り、触れて、使っていただくことが重要なのです。そのためにも時代や人々の生活に沿ったものづくりをこれからも続けたいですね」

さらに西堀さんは、魅力的な企業づくりにも力を入れられています。どんな製品も、作り手がいなければできません。自社で雇用する社員には、伝統工芸であっても、一般企業と変わらない環境を約束し、残業手当もしっかり支給。社会保険完備、年休や産休・育休制度等も導入しています。皆が頑張って結果が出れば賞与の支給もしています。

西堀さん「良いものを作り、対価を得る。企業にも職人にも共通する、サステナブルな循環だと考えています。日本文化を守っているという誇りと、それに見合うきちんとした収入さえあれば、どんな田舎でも若者は育ちます。決して容易いことではありませんが、本気でやればできないことはありません」

「伝統は革新の連続」という西堀さんのお言葉通り、変わらないためにはその時代やトレンド、文化に柔軟に対応し変わり続けることが大切なのだと痛感しました。古都・京都から世界に向け、革新的なチャレンジを続ける西堀さんのこれからの挑戦に期待です。

文:佐原有紀

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