「へい、いらっしゃーい」
宮城県仙台市で、県庁や市庁舎にも近いマンションが建ち並ぶビル街の1階にある小さな八百屋「#05阿倍青果店」。青果という文字入りの大きな暖簾をくぐったとたん、複数の店員から元気な声がかかります。「今日は小松菜が安いですよ」という笑顔の接客に、思わず小松菜に手がのびます。野菜や果物だけでなく、店内中央に備えたショーケースに並ぶ野菜サンドイッチやスイーツ類、飲食コーナーもあります。
阿倍青果店を運営しているのは、仙台市内で4店舗の居酒屋を展開する有限会社KYOTAファクトリー。2021年3月に閉鎖した取引先の会社の青果部門を事業承継し、同年4月から飲食店に向けて青果の卸売業務を始めました。「鮮度が良い野菜を安く仕入れる卸のノウハウを活かして、一般の方に野菜を届けたらもっと喜ばれるのではないか」という考えのもと、同年7月に阿倍青果店をオープン。野菜や果物を利用したサンドイッチやスイーツを販売していることが特徴で、「#05」という頭文字にはKYOTAファクトリー5店舗目の意味が込められています。
佐々木さん「飲食店もやっている僕らは、ただ野菜を売るだけが仕事ではありません。野菜や果物を加工した食べ物も扱っているので、店内で食べてもらったり、手みやげとして購入してもらったりできるんです。そこが普通の八百屋さんと圧倒的に違うところですね」
昨年から続く新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、飲食店に対する営業時間短縮及び酒類の提供停止などにより、厳しい経営状況に立たされている飲食業界。そうした中で、取引先の青果卸部門を承継したのにはいくつか理由がありました。
勤務する会社の青果卸部門の閉鎖を告げられる
コロナ禍による業績不振により、勤務する会社の青果卸部門を閉鎖すると聞かされた担当の阿倍直喜さんが、取引先であるKYOTAファクトリーに勤務する同級生に相談したのは2020年の暮れのこと。阿倍さんの勤務する会社が今まで仙台市内の飲食店に青果を卸していた実績が、閉鎖によって途絶えるのはもったいないと考えたからです。
社員を通して相談を受けて、「野菜の仕入れ先がなくなる!」と感じた佐々木さん。同時に、取引先の青果卸部門の閉鎖と共に職を失う阿倍さんのことも頭をよぎったそう。
佐々木さん「いつも笑顔で元気がよい阿倍さんは、僕らが発注を忘れることがあっても『大丈夫ですよ』と嫌な顔をせずに再度配達をするような人でした。会社が取り扱っていないような食料品も『ちょっと欲しいんだけど』と頼めば『いいですよ』と自分で手に入れて納品してくれることもありました。様々な取引先の飲食店からの人望が厚い人気者でしたね」
佐々木さん「うちの社員の同級生ということもありますし、彼の人柄の良さがあれば、うちが卸業を継いだとしても、取引先の飲食店さんが取引を続けてくれるだろうと思ったんです。それに、彼は野菜の知識も豊富ですしね」
コロナ禍による営業自粛要請により、経営する居酒屋の売上は大幅に減少。今後コロナが終息したとしても、元の状態に戻るのは簡単ではないと言う佐々木さん。
佐々木さん「打開策の一つとして、青果の卸売部門を持つことができれば仕入れ価格が抑えられる。抑えた分をお客さまへのサービスに転換できるのではないかと考えて、取引先の卸売部門の決算書も見せてもらいました」
コロナ前後の決算書を比較して、1ヶ月考えた末に承継することを決意。不要になった器具や野菜の在庫も譲り受けて、円満に事業を承継することができました。
従業員の雇用を守りながら、接客の機会にもなっている卸売部門
佐々木さんの会社では、飲食店に対する国や行政からの助成金を活用しながら働く時間を短くしたり、休みを増やしたりと調整しながら、コロナ禍でも従業員を全員雇用し続けています。青果店に配属した従業員は、居酒屋流の元気な接客でお客さまをお迎えし、積極的に声がけすることによって、自分が勧めた商品が売れる喜びを実感しています。行政からの休業要請により、大好きな居酒屋で働くことができなくなった彼らが、青果店をオープンしたことで接客の機会を得る場にもなったそう。
商店街にあるような八百屋の活気をつくりたい
佐々木さん「新鮮な野菜や果物を安く提供できるのは、毎日市場から仕入れているからです。事業承継後は毎朝3時か4時には起きて市場に出かけ、買い付けに同行しています。主婦感覚を知るためにスーパーに行って売り場の状況を観察した結果、手ごろな価格と買い物の利便性が整っているスーパーでは出来ないことを、阿部青果店で実現しようと考えたんです」
佐々木さんの脳裏には、対面販売を重視する商店街の八百屋さんのイメージが浮かんだそう。居酒屋には従業員の元気なかけ声がつきものです。その活気を卸売でも発揮していくことが佐々木さんの狙いでした。
現在は青果卸部門の責任者としてKYOTAファクトリーで働き、佐々木社長が事業を承継したことで前職での飲食店とのつきあいを継続できたことがうれしいと語る阿部さん。以前と変わらず、市場に出入りできることにも喜びを感じているそう。
阿倍さん「仕事を通してつながっていた、人とのつながりが続いていることが幸せですね」
佐々木さん「新型コロナウィルス感染症がなかったら、会社に青果卸を承継する話は持ち込まれなかったでしょう。正直なところ、コロナ終息後の会社の先行きは未知数です。けれど、卸売部門を持ったことが強力な武器になるのは間違いないと思います」
「青果店の業績次第では、今後支店を増やすことも視野にいれている」と語り、従業員と共に店頭に立つ佐々木さんの姿から感じる、自らの事業と従業員を心から愛し、成長させようとする経営者としての気概。青果卸を皮切りに、他業種展開を始めた飲食店の発展が楽しみです。
文・武田よしえ