明治後半に製鉄所がつくられ「鉄の街」と呼ばれていた福岡県北九州市。製鉄所などの工場にあるコンプレッサーから出るドレン(汚水)を自動で排出する装置を製造・販売しているのが「エアーテック株式会社」です。
2代目社長の清藤貴博さんは、創業者の父・和則さんから2015年に事業を引き継ぎました。
1987年に先代が当時勤めていた会社から暖簾分けのような形で創業。株式会社を設立するのに1,000万円必要な時代で、清藤さんの祖父母からの援助を受けてスタートしたそうです。
事業承継後、一時は存続の岐路に立たされた清藤さんに承継後の取り組みや今後の展開について伺いました。
父の病気がきっかけで早まった事業承継
もともと、清藤さんは生まれた時から商売人の家系で育ったこともあり、いつかは父の事業を引き継ぐつもりでいたそうです。ところが2010年、先代が脳梗塞を患ったことをきっかけに、バイヤーとして働いていた富士通の退社を早め、2014年に九州に戻り、2015年にエアーテックを引き継ぎました。
清藤さん「引き継いだ当初は、手伝ってもらっていた安川電機出身の叔父から仕事を教わりながら、父が残した書類をかたっぱしから読んで事業を理解していきました」
しかし、その叔父さまも2017年に急死。会社を売却するのか、それとも存続させるのか、事業売却も考えるなど、清藤さんにとっては大変な時期だったといいます。
会社存続の危機を救ってくれたのは、高い技術を持ったシニア人材
清藤さん「製品を製造し、事業を継続していくためには技術者が必要です。しかし、仮に新卒を採用した場合は仕事を覚えるまでに1年以上の経験が必要なんです。そんな中、ピンチを救ってくれたのは亡くなった叔父の友人で、元技術者の方でした。亡くなった叔父の代わりに開発や製造を支援してくれたことで、なんとか会社の危機を脱することができました」
もともと「鉄の街」として栄えた北九州には、高い技術者を持ったシニア層が多くいらっしゃいます。清藤さんは、北九州の眠れるシニアの力を活かして技術面の課題を解決できると考えました。実際にシニア人材は2か月弱で会社の更なる発展に寄与してくれたそうです。2017年に1名のシニア技術者を採用、2018年にも1名採用し、現在は合計で3名のシニア技術者がいます。
父から経営について学んだ記憶はない
清藤さん「製鉄メーカーが主な取引先だったため、90年代以降、鉄冷えの影響をもろに受けて経営があまりうまくいかない状況が続くこともあったそうです。父は、祖母から追加支援を受けながら経営を続けていたと聞いています。
私自身が大学で経営を学び、九州大学のビジネススクールでMBAを取得した経営マニアだったこともあり、正直、父から経営について学んだという記憶はありません。
父の経営がうまく行っていない時は仕事がないため、家族と過ごす時間はたくさんありましたね。父は空き時間を使って、空手教室で30人くらいの生徒に教えていました。子供の頃は父と過ごす時間が多くて楽しかった記憶があります」
技術力の高さを誇りに、思いきった値上げも
清藤さん「自社の製品の技術力の高さには誇りがあります。しかし、技術力が高いがゆえの悩みもあるんです。競合の製品は2年くらいで壊れることもありますが、うちの製品は壊れない。壊れずに10年以上稼働し続けているところもあるんです。壊れないので、一度購入するとすぐにはお客さんの買い替えが発生せず、継続的な売り上げにつながらないのが難点です。
今だから言えることですが、父が残したたくさんの資料を見直して『こんなに技術力が高いのに、もったいない。もっといいやり方あったでしょ』と思いました。
そこで、利益を確保するために仲介業者を減らし、中間マージンを省くことによって利益率をあげました。父が売っていた3万円から8〜9万円に値上げしましたが、お客さん自身には直接価格の影響はないので問題はありませんでしたね。
他にも競合他社が技術を真似してくることもありますが、中身をバラして、技術的にはうちが優れていると感じました。この時は、父の技術力の高さに感謝しましたね。そこで、今では最低限の商標登録や規格を取ったりして製品を守る工夫をしています」
新しいものではなく、今あるものの見せ方を変えて販路を広げる
清藤さん「販路を広げるために、私自身が新しいものを考案して作ったこともありますし、そうした2代目も今は多いのではないでしょうか。しかし、少し視点を変えて『自分達の当たり前が海外では役に立つ』ことに気づき『今あるものの見せ方を変える』ことに注力しました。
海外進出するとき『真似されるんじゃないか』という心配もしましたが、今は『真似されるからこそ市場がある』という考えで覚悟を持って進めています。
2019年からJETRO(日本貿易振興機構)の支援もあり、台湾展開の中で製品がようやく1つ売れました。しかも、営業で台湾には行かず、オンライン上の商談で売れたんです。思わずガッツホーズしましたね。しかし同時に、海外ならではの経費がかかることも実感しました。製品1台につき送料5,000円、外為送金手数料4,000円がかかったんですね。まだまだ販路拡大に向けて課題はありますが、これをきっかけに海外展開も拡大していきたいと思っています。」
即ゴミ箱行きだったカタログが今では神棚のような扱いに
清藤さん「見せ方を変える発想は、国内市場でも活用しています。お客様となる企業には、日々さまざまなメーカーがたくさん製品の売り込みをしています。営業資料もたくさん持ち込みがあるので、インパクトがないと即ゴミ箱行きになることもあります。
弊社の主力製品は、気体を圧縮するためのエアーコンプレッサーから発生するドレンという汚水を一定間隔で自動排出することができるオリジナル製品『ドレインタイマーバルブ』ですが、この説明だと、すぐにイメージできる人は少ないんです。
そこで、これまでの文字と写真入りの資料から、女子大学生を起用したシンプルな商品カタログに変更しインパクトを高めました。また、漫才風に製品(ドレインタイマーバルブ)を説明するYouTube広告を作成しました。ここでは、大学生の新しい発想も入れて見せ方を変えました。
『あの会社面白いことしているね』と話題になり、営業資料も捨てられずに神棚のごとく飾ってくれている企業さんもあるそうです。営業を依頼している商社からも製品の説明がしやすくなったと好評で、ネットからの注文も増えましたよ」
北九州の多様で優秀な人材を活用していきたい
バルブだけを売る会社でいたいとは思っていませんと話す清藤さん。
清藤さん「バルブだけを売る会社で居続けようとは思っていません。会社の企業理念『まだここにない明日を創る』のように、さまざまな人材が活躍できる会社を創り上げていきたいと思っています。シニア人材から大学生への技術指導なども積極的に行っています。
シニアには主に製品の製造や開発、技術相談などの業務を任せています。学生インターンは、カタログやYouTube制作、ときには出演もしてもらうなど、清藤さんと一緒にアイデア出しから制作まで幅広く活躍しています。
理系の大学生は、各々の大学の研究テーマや興味のある技術分野があり、大学での基礎研究を下敷きにした新製品開発に興味があってインターンに来てくれます。そこで、シニアが彼らのいい意味での突飛なアイデアを具体化し、製品開発を行っています」
清藤さん「近年は、一定の技術力を持つシニアに仕事を委託し、自宅で弊社の製品を製造してもらうという『Micro Factory(マイクロファクトリー)』事業を始めました。通勤が必要なく、自宅で自由な時間に仕事をしてもらうというやり方は、シニアの方に負担が少なく受け入れてもらいやすいんです。能力がある人には、しっかりとした対価をお支払いしたいです。
また、最近は50〜100名ほどのシニアグループとも繋がりができました。技術面だけでなく、シニアの人脈を生かして販路拡大にも取り組んでいきたいと思っています。そして、近くの工場の課題解決のためにも積極的に動いていきたいですね」
シニア人材の活用だけでなく、外国人のビジネスパートナー、大学生のインターンシップなど多様な人材を活用している清藤さん。北九州から海外展開に向けて、これからも挑戦は続きます。
文・田中博子