「お伊勢さん」の名で親しまれている伊勢神宮のそばにある「ゑびや」は、創業から150年の歴史を持つ老舗料理店です。手こね寿司や伊勢うどんといった伊勢名物を食べられるほか、併設する「ゑびや商店」ではお土産も購入できます。そんなゑびやは、2012年からの6年間で売上が4.8倍に上昇。経営危機から改革に導いた秘訣は、ITを活用したデータ経営でした。
大胆な挑戦に挑んだのは、5代目で現在代表取締役を務める小田島春樹さん。「老舗×ITビジネス」の開拓で飲食業界に新風を吹かせる小田島さんにお話を伺いました。
「飲食店は儲からない」当初は事業整理も検討していた
ゑびやは、小田島さんの妻の実家の家業です。小田島さんは大学卒業後、IT大手であるソフトバンクで人事や新規事業開発などを担当していました。5年働き起業を検討していたところ、ゑびやの後継にならないかと両親から打診されました。
小田島さん「事業承継当初は不動産売却を検討するなど、事業そのものを整理するつもりでいました。というのも飲食店の給料は全産業別で最下位、儲からない業界であることは明白です。人口が減少する日本では、今後さらに状況は深刻化していくでしょう。実際、ゑびやも経営危機に直面していました。原因は無駄が多いこと。シフト体制、メニュー構成、仕込みの量などのすべてを勘に頼っていたため、フードロスや無駄な人件費が多くかさんでいたんです。
経営状況を少しでも良くするためには、データに基づいた無駄なく、再現性のある経営を行うことが重要だと感じました」
データに基づく経営で、食品ロス削減や従業員の働き方改革も
小田島さんがまずとり組んだのは、販売管理のデジタル化でした。当時注文はすべて紙でとり、計算はそろばんで行っていました。そのため、仕入れも勘に頼っており、大量の食品ロスが生じていたのです。そこでまずは紙台帳の数字をエクセルファイルに入力することから始めました。しかし、手作業でデータ入力を行うのは非効率。その後、販売データを自動管理が可能となる「POSレジ」の導入に踏み切りました。
小田島さん「POSレジを導入し、販売管理はデジタルに管理できました。しかし、それだけではどれだけの来客が見込めるかはわかりません。来店管理行うためには気温や天気、伊勢市の観光客の流入数などさまざまなデータが必要でした。それら一つひとつを手作業で打ち込むことも非効率であると考え、200以上のデータから来店数や販売数を自動で予測できるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の開発に踏み切ったのです。もともと私はプログラミング経験はありませんが、独学で試行錯誤して開発まで行いました」
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は、データ入力などの業務を自動化できるシステムです。さらに、AIの機械学習機能をとり入れることで予測の精度も高まり、ある月の予測数値は9322人、実際の来店数は8903人という結果に。来店予測の的中率は約96%、年間平均でも90%以上という高確率で、食品の廃棄ロスを約7割削減、さらには時期や時間帯ごとの従業員配置も効率化でき、従業員の働き方改革などにもつながりました。
小田島さんが入社した2012年当時、従業員は42人で売上高は1億円でしたが、2018年には従業員44人で4億8千万まで急成長しました。データ経営による効果はてきめんで、『儲かる企業』へと変革を遂げたのです。同年には開発したシステムを他社に展開する『EBI LAB』を創業しました。EBI LABでは現在、『混雑予想AI』や飲食・小売店特化型店舗分析ツール『TOUCH POINT BI』のほか、新しい働き方を提案する『Microsoft導入DX支援』などを提供。現在は、飲食店をメインに幅広い業種の店舗にて約170店が導入しています。
大きな苦労を背負ってでも、戦わなければいけない
IT革命によって売上が急増したゑびや。しかし、小田島さんの挑戦はそう簡単なものではありませんでした。大きな変化は大きな犠牲も伴います。ときには先代や従業員からの反発もあり、中には変化についていけず退職した従業員もいました。
小田島さん「どんな組織であっても、新しく何かを始めるとなると反発意見が出てしまいます。特に家族経営であれば、『資産=家族の財布』と捉えてしまいがちですから、目新しい何かに投資することは否定的です。ですが、事業を継続するため、そして自分自身のやりたいことを実現するためには、ときに戦わなくてはいけません。
飲食店は参入障壁が低く、レガシーな部分も多いため、10年以内に消えてしまう店舗が約9割と言われています。しかし、データを活用した正しい経営をすることできちんと儲かり、従業員も気持ちよく働けるようになると実感しています。また、少子高齢化・過疎化でますます厳しくなる地方での経営も私とっての大きなミッションです。私は今、自分の抱く仮説を実証したいという思いで事業を行っています」
さまざまなツールを活用し、従業員の働き方もDX化
ゑびやでは経営だけではなく、働き方にもデータを活用しています。社内には経理や人事などは存在せず、すべてアウトソーシング。給料振り込みなどの事務作業も社内のメンバーはほとんど行っていません。進捗報告だけのミーティングや資料作成をやめ、徹底的に無駄をなくした働き方を実践されています。
小田島さん「組織づくりもデータを活用することで円滑に進みます。例えば、コミュニケーションツールには、クローズドな社内メールではなくオープンなITツールを使っています。全社員のやりとりを見える化し、発言の回数や内容もすべてログをとって分析することで、活躍している人材の発掘も行えます。もちろんそのデータもすべてオープンになっているので、公平性も高いのです。日本企業の評価制度は定量的な成果以外の評価が難しい側面がありますが、このシステムを活用することで定性面の評価も可能となりました」
「データに基づく組織づくり」と聞くと、少しドライに感じるかもしれません。しかし、ゑびやでは従業員同士のぶつかり合いをなくすためのとり決めを設定するなど、従業員の「気持ち」も大切にしています。
小田島さん「従業員の『やりたい』という気持ちを一番に応援できる存在でありたいなと思っています。そのため従業員がフラットに意見を出し合える場も多く設けています」
挑戦する回数が多ければ多いほど、勝算も増える
小田島さんは、ゑびやだけでなく全国の飲食業、地方企業の未来を考えています。
小田島さん「日本の法律上、事業承継は後継にとってのデメリットが多すぎるのが現状。すでにある資産がメリットに感じるかもしれませんが、それがマイナスに作用することもあります。だからこそ大きな覚悟を持ってやるべきだと思います。少しでもやりたい気持ちがあるのであれば、早めに挑戦することをおすすめします。早ければ失敗しても早く次の一手を打てますし、挑戦できる回数が多ければ多いほどよいですから。
新型コロナウイルスの影響でゑびやの経営にも影響が出ています。しかし、データ経営でできる限りの無駄を省けているため、なんとか大打撃は免れている状態です。コロナ禍において改めて情報の大切さを痛感しましたが、地方の中小零細の飲食・小売業はその流れにとり残されています。私たちはそんな企業に手を差し伸べる存在になりたいと思っています」
データという「根拠」を武器に着実に売上を伸ばし、従業員の働き方改革まで行っている小田島さんが目指す先にあるのは、これまで「儲からない」と思われてきた飲食店、そして地方企業の当たり前の概念を覆すという大きなミッションです。そんな大きな課題にチャレンジする小田島さんのこれからの活躍に期待です。
文・佐原有紀