買い物客で賑わうショッピングセンターに、昭和の懐かしさ漂う飲食店街が入り交じる神戸三宮。近くには旧居留地もあり、さまざまな時代や文化が息づく場所です。
神戸三宮の高架下商店街には、1957年創業のぎょうざ店「ひょうたん」があります。メニューは自家製の味噌ダレでいただく、ぎょうざ一品のみというこだわりのスタイル。神戸の人なら必ず知ってると言われるほど、地域の人に長い間愛されてきました。
しかし2020年6月、当時ぎょうざの製造を担当していた創業者の息子さんが体調を崩したことで、1度は閉店を余儀なくされてしまいます。閉店の報せには、たくさんの悲しみの声が寄せられました。そんな中、株式会社ZIPANGUの布施真之介社長と、ひょうたんの3代目・長塚仁孝さんが再びお店を復活させたいという想いで立ち上がりました。
世界に誇る日本の魅力的な飲食店を残し続けたい
飲食店の”のれん”の引き継ぎや店舗運営の支援を通して、魅力的な個人経営のお店をサポートしている株式会社ZIPANGU。布施真之介社長はひょうたん閉店の知らせを聞いて、すぐさま事業承継を申し出ようと考えたと言います。
布施さん「私自身も食べに行っていましたし、『ひょうたん』が神戸で非常に大切なお店というのは理解していました。『ひょうたん』が閉店されたと聞き、なんとかお店を残すためにお力添えできないかと思い、2代目オーナーの方に事業承継を申し出ました」
全国に店舗を持つ大手ラーメンチェーン店の経営を主導していた布施社長。自身がチェーン店を運営しているからこそ、個人店の支援に力を入れたいという想いがあります。
布施さん「今の日本の飲食店業界では個人店が80~90%を占めています。しかし店舗運営者の高齢化に伴い、今後は個人店の比率が次第に下がっていくと考えられています。チェーン店としては、個人店が減少することは一見良いことのように思えますが、お客様からするとチェーン店ばかりの飲食店業界は魅力的なのかな?と。
もちろんチェーン店も素晴らしいのですが、あの商店街で80代のおじいちゃんが作っているナポリタンが忘れられないとか、あの商店街の奥で作っているカツ丼が美味しいとか。個人店があるからこそ飲食店業界がより魅力的になる。私はそんな個人店が続いていくサポートをするのも、飲食店業界全体を盛り上げるためのチェーン店の使命だと思っています」
『ひょうたん』はもう自分たちだけのお店ではない
布施社長がひょうたんに事業承継を申し出た時、2代目オーナーから1度は断られてしまいます。
布施さん「事業承継を申し出た時は『もう私としては引き継ぐ気がない、私の代で全てを終わらせようと思っている』というお返事をいただきました」
1度は完全に閉店するハズだったひょうたん。しかしお客様からの閉店を惜しむ声が、布施社長への事業承継を後押ししました。
布施さん「2代目オーナーからもう1度会いたいというご連絡があったんです。店や工場の閉店作業をしていると、店にひっきりなしにお客様が『空いてる?』とお店にいらっしゃる。『閉めたんです』と伝えると残念そうに帰られるお客様が1日に何十人、何百人も見いらっしゃったとおっしゃっていました。
そのお客様の様子を見て『もう私達だけのお店ではなくなったんだ』『私達だけの判断でお店を閉めてはいけないんだ』『我々としては体力も気力も限界なので、この店を継いでくれませんか?』とご連絡をいただきました」
「ぎょうざロス」お客様の言葉で再開を目指した3代目
一方、高校生の頃からお店に立ち、ひょうたんを支えてきた3代目の長塚仁孝さんもひょうたんの再開を望んでいた1人でした。
長塚さん「先代からやめると聞いた時は『仕方ないな、遅かれ早かれいつかはこうなるやろうな』と。ずっと前から『もうお店を閉めよう』って話もあったし、それやったらたらそれで仕方ないんじゃないか?って思っていました」
1度は閉店を受け入れた長塚さん。ひょうたん閉店後には他のぎょうざ店でお手伝いを始めますが、再開への想いがしだいに強くなっていきます。
長塚さん「他のお店が羨ましいなって。ひょうたんってただ食べるところじゃなくて常連さんからしたら、落ち着く居場所なんです。ほかのお店を手伝う中で、その居場所をまた作りたいなと思い始めました。
あとは『閉店するなんてもったいない、なんとかせえへんの?』『餃子ロスや、どこで餃子食べたらええの?』友人やお客様からの声を受けて、再びお店を復活させたいって思いが強くなったんです」
ZIPANGU、2代目オーナー、3代目、そしてお客様。全てのベクトルがぴったり揃い、ひょうたんは再開に向けて動き出しました。
同じ機械で同じレシピを使っても同じ味になるわけではない
こうしてめでたく復活したひょうたん。再開後は新型コロナウイルスの影響による自粛ムードにも関わらず、予想以上のお客様がぎょうざを食べに訪れていると言います。
布施さん「事業を引き継いでいい意味で期待を裏切られたのは、開店してからお越しになられたお客様が我々が想定していた人数より遥かに多かったことです。新型コロナウイルスの影響もありますので、再開したときは以前の6割くらいかなと思っていたのですが、想定の1.5倍から2倍のお客様にお越しいただきました」
嬉しい予想外のほかに大変な面もあったと言います。
布施さん「想定の倍以上のお客様にお越しいただいて、一気に生産に追われました。また店舗を再開するにあたって、餃子の味の再現というところにも1番苦労しました。同じ機械で以前と同じレシピで作っても、それだけで全く同じ味になるわけではないんです。改善を積み重ねて2代目オーナーにも『全く同じだね』と言ってもらうことができて一安心しました」
お客様と一緒にお店の歴史を刻んでいく
お客様の声が2代目オーナーの心を動かしたことがきっかけで復活したひょうたん。再開後もお客様との繋がりを大切にしながらお店を作っていく姿勢は変わりません。
長塚さん「人の繋がりを大切にしながら、みんなが安心して来ていただける居場所みたいなお店にしていきたいって思います。ひょうたんにいったらマスターもいるし、おもしろいことも言ってくれるし、そんな安心感のあるアットホームなお店を作りたい。
お客様の中には『お前がこんなちっちゃいときから知っとんたんやで』って来てくれる方もおられるし、お客様が結婚するって話を聞いたら子供ができるまで頑張らなって思うし。お客様と一緒にお店も歴史を刻んできたと思っています」
お客様と一緒に作ってきたぎょうざ店『ひょうたん』、みんなの思い出が詰まった『ひょうたん』を守り続けたいという想いは布施社長も強く感じていました。
布施さん「『亡くなったお父さんと行った思い出のお店だ』といったコメントをいただくときは、改めてのれんの重みを感じます。お客様の期待を裏切らないように、僕たちは神戸にゆかりのある人たちに愛されてきたのれんを、次の50年間60年間とずっと守っていきたいと思っています」
ひょうたんでは今日も、お店の中からお客様の笑顔と笑い声が溢れています。
文 :甲斐響太郎
撮影:creative photo studio OFFICE-SAEKI