栃木県鹿沼市の中心、今宮神社参道沿いに地元民に愛される『石川製麺所』があります。昭和25年、製麺技術を持っていた現店主の祖父・石川一郎さんが、近所の人に配給された小麦粉を麺にしてあげていたことが、製麺所のはじまりです。
その後、焼きそばやラーメン、餃子やシューマイの皮など、石川製麺所伝統の味に加えて、生パスタや新作焼きそばなどの新商品も次々と登場。 SNSでも“面白い!”と話題になる、アイデアと麺愛に溢れた商品を世に出しているのが、若き3代目店主の石川信幸さん。
「結果が分かっていることには興味がない」と語る石川さんに、事業承継の経緯や想いを伺いました。
バブル崩壊後、不景気の陰りが見えた時の代替わり
幼少期からぼんやりと「長男だから自分がこのお店を継ぐんだ」という意識があった石川さん。高校は商業科を希望するも親の強い勧めがあり、進学校へ。その結果、ご家族と衝突し、高校1年生から3年生の夏まで、バイトで生計を立てながらの家出暮らし。なんとか高校を卒業するも、大学進学はせずフリーター生活を送りました。
石川さん「実は順当に跡を継いだわけではなくて、友人から声を掛けられて引っ越しのバイトをしながらフラフラしていました。20歳を過ぎた頃、初代の祖父母が退いて父と母だけになり、仕事が忙しい時になんとなく手伝うようになったんです」
本格的な事業継承をしたのは約20年前。バブル崩壊後、不景気の真っ只中とあって売上は低下、販路も少ない状況でした。幼少期には繁盛していたところを見ていたので「いいイメージ」で継ぎましたが、実際には経営が厳しい現状だったと言います。
石川さん「手伝い始めた当初は、自家製麺が流行りだした時代の流れもあって『給料を払う余裕はないぞ』って(笑)。こちらも、引っ越し屋で働きながら『お金はそっちでもらうから!』と、昼間は引っ越し屋、帰ってきて夜に製麺所の手伝いでした。そんな二足の草鞋を履く下積み生活を4〜5年続け、本格的に事業承継をしたのは、25歳の時ですね。麺作りの師匠である父は『嫌だったのに継がされた』ので、私に代替わりして早々に引退しました」
初代×先代のハイブリット。PRで事業を加速
2代目までは飲食店への卸売が中心でしたが、鹿沼市内では店舗数が減少傾向にあり、将来の前向きなビジョンを持てないような環境でした。石川さんは、「設備、衛生環境も時代にあったものではなかった」と振り返ります。
代替わりを機に、石川さんは新しい試みをスタートさせました。
石川さん「初代の祖父は商売向きな人間。安い材料を仕入れて上手に作って、上手に売って儲けるという人でした。一方で、父は職人気質でこだわりが強い人。いい材料でいいモノを作っていけば、売り上げは自然と上がるっていう考えを持っていましたね。でも今の時代は両方必要で、『いいものを作るけど、アピール上手じゃないと売れないよ』って思っています」
現状の卸売だけでは、どんなに卸先の飲食店が繁盛しようとも「石川製麺所」の名前は「知る人ぞ知る」で終わってしまう。そこで、石川さんは一般消費者へ認知度を上げるため「一般販売」と「PR」に注力しました。手始めに、自作のチラシと試食を携えてご近所に丁寧に挨拶に回りました。そこで分かったのは、昔から住んでいる方が多い地元ですら驚くほど認知度が低かったこと。時には「もう潰れたと思っていた」と言われたこともあったそうです。
石川さん「個人宅への営業に加えて、小売店にも売り込みに行きました。条件を交渉しながら、大手スーパーからコンビニまで販路を拡大。店頭に置かせてもらったことで、一般消費者の認知度が上がったと思います」
3代目の地道な営業活動とP Rが実を結び「鹿沼市内では飲食店で麺使うんだったら石川さんに相談へ行こう」と、新しくお店を出す飲食店さんからもオファーが増える結果へ繋がるようになりました。
“70年の歴史”と“現代のエッセンス”とのバランス
石川さん「創業からこだわり続けているのは『せいろ2度蒸し製法』です。せいろを積み上げてじっくり2度蒸しすることで、一般的な茹で焼きそば麺や浅蒸し麺よりも高音・高圧による加熱ができます。噛み応えのある焼きそば麺に仕上がるのが特徴です。
添加物や保存料は必要最小限に抑えて、卵や着色料不使用。アレルギーの方でも安心して美味しく食べられると喜んで頂いています。様々な種類の麺を作り続けていても『飽きない』が一番基準。結局、白いご飯と一緒で、安定の味が一番長く続くかなって思いますね」
一方で『安定の味』は、既存のお客さまにとっての安定でしかない。新規となると「こんなもんか」で終わってしまうと危惧する石川さん。そこで、人を呼び込む材料となるような「面白い麺」作りをはじめます。
石川さん「新しい商品を考えて作るのが楽しいですね。『やったらどうなるんだろう』を試してみたいんです。最近では、鹿沼名産のしゅうまいといちごからインスピレーションを得て、いちごをイメージしたしゅうまいの皮を作りました」
全粒粉を使い、いちごの粒々を再現。けれど、蒸してみたら全く粒々が目立たずに、ただ赤いだけに……他にも地元名産のニラを練り込んだら味は好評だったものの、機材に匂いがついて取れず……といった具合にてんてこまいな試作の日々。試作品は廃棄せず、希望があればお客様へプレゼントして話題になることもあるそうです。
石川さん「よく失敗しては、嫁さんから『そっから先!売れなくては意味がない』と辛辣な意見をもらいます(笑)
でも、個人的には『面白くて話題』になればOK。うちで扱う焼きそばは、高級品ではなくあくまで一般家庭の味。身近で買いやすい『庶民の味』にスパイスとして、時代にあったものを入れて話題にしてもらうのが『面白い商品』の狙いです」
原材料の高騰。加えて、人口減少に伴い食品の消費量が減少することが予想される時代に対して、石川さんは今後のビジョンを教えてくれました。
石川さん「『大量生産薄利多売』よりも『高品質適正価格少量対応』を主軸に国内自給率上昇に貢献できるような製品づくりに力を入れていいきたいです。
長い間製麺業を営むなかで、お客様はもちろん、仕入れ先の地元の問屋さん、卸先の飲食店さん、たくさんの方々に支えられ、繋がりの中で商売をさせてもらいました。初代から先代、先代から私、そして私から次世代へと『繋いでいく』ということを深く考えるようになりした。
先代と疎遠になっていた親戚とも、私が継いでから交流がもてるようになったのが、継いで一番良かったことかもしれません」
月に1度必ずお墓参りをしているという石川さん。創業者の一郎さんが眠る場所に、近況報告と石川製麺所を立ち上げた事に対する感謝と敬意、そして何より「いつかじいちゃんの評判を越えてみせる」という想いを込めているそうです。
3代目の探求心と情熱が生み出す麺は、食べる人にワクワクと美味しい笑顔を届けてくれます。面白い人柄が垣間見えるSNSをチェックしながら、お気に入りの麺を見つけてみてはいかがでしょうか。