
宮崎県延岡市の沖合に浮かぶ島野浦島。本土から船で渡るこの島は宮崎県内で唯一、人が暮らす有人離島です。地元のNPO法人の尽力もあり、2024年秋には島の観光案内所がオープン。翌年の夏には島の味を楽しめるカフェレストランも開業し、島で過ごす時間は豊かになっていきました。
しかし、その流れの中で浮かび上がってきたのが「泊まる場所がない」という課題です。昼間は賑わいが戻りつつある一方で、最終便が出る時間が近づくと、人は島を離れていくーー夜や朝の島の姿を体験したいという声が増えても、それに応える受け皿がありませんでした。
「泊まれる場所が増えれば、島の魅力をもっと知ってもらえる。」
そんな思いから、約15年前に休業した「民宿 島野浦」を事業承継し、新たな宿「Island Base Shimami(アイランド ベース シマミ)」として再生すべく動き出したのは、長年宮崎県内で地域づくりや宿泊事業に携わってきた田鹿倫基さんでした。
田鹿さんが代表を務める株式会社瑠璃色は、なぜ民宿を引き継ぎ、再び“人が滞在する拠点”としてよみがえらせる決断に至ったのか。「Island Base Shimami」で支配人を務める岩根穂乃花さんに、事業承継のきっかけ、島での挑戦の日々、そして未来への展望について伺いました。

語り手:株式会社瑠璃色 岩根穂乃花様
聞き手:relay編集部
人と人がつながる時間、島の夜を取り戻したい
――(聞き手)relay編集部(以下、略):株式会社瑠璃色が島野浦島での事業承継を考えるきっかけは、どんなものだったのでしょうか?
(語り手)岩根穂乃花様(以下、敬称略):代表の田鹿は島野浦島を訪れたときに『直感ですごく素敵な島だと感じた』と話していました。海の色も、人の雰囲気も、すごく印象に残ったそうです。
一方で『島の魅力に対して、受け皿となる宿泊施設が極端に少ない』とも感じたそうです。実際、フェリーや高速艇で気軽に来れるのに、泊まる場所がほとんどないという理由で、観光客も仕事で訪れた方も皆日が暮れる頃には帰ってしまうという現状がありました。
最盛期には6軒あった島内の民宿も、高齢化や人口減少の影響も受け閉業してしまい、営業している宿は島民泊遊季さんの一軒のみ。昼だけではなく、夜の静けさや朝の漁港の空気まで含めて体験してこそ、この島の良さが伝わるーー田鹿は、そこに可能性を感じたそうです。

その後、15年前に休業した「民宿 島野浦」を事業承継することとなりました。間を繋いでくれたのは島の活性化に取り組んでいるNPO法人しまうら未来開発プロジェクト(通称:しまプロ)の方々でした。しまプロは島野浦で水産業を営む若手事業者で構成されており、2代目3代目も多く所属しています。水産業は島の基幹産業として安定しているし、事業承継も進んでいます。
何よりしまプロのみなさんは50年、100年先の島の未来を見てらっしゃいました。それであれば、民宿も事業承継させて再び観光業をしまの産業の一つにできるんじゃないか、と。
ーー宿泊ができれば滞在時間が伸び、島の魅力をもっと感じることができますよね。とはいえ、15年も前に休業した「民宿 島野浦」を継ぐことに迷いはなかったのでしょうか。
岩根:承継を決める前、田鹿は「民宿 島野浦」の前オーナーから当時の話を聞く機会がありました。島内に民宿がたくさんあった頃は、観光や仕事で来た人たちと島の人との交流の機会が多くあったそうです。『島の夜には人と人がつながる時間があった。もう一度そんな場所がつくれたらいいよね』と懐かしそうに話す姿をみて、「民宿 島野浦」の承継を決めました。
そこから譲渡契約などの手続きを経て、新たな民宿「Island Base Shimami」のプロジェクトが始まり、私が支配人を務めることになりました。

想定外の連続だった、離島での宿づくり
ーーこれまで宮崎県内の宿泊施設の立ち上げに関わってきた岩根さんにとって、島野浦島での宿づくりはどんな違いがありましたか?
岩根:これまでと違いすぎて“想定外”の連続でした。特に大変だと感じたのは、移動や物の運搬です。フェリーや高速艇は天候次第で止まってしまうこともありますし、朝になって急に『今日はこの便で終了です』と言われることもあります。家具や備品もネットで発注するのですが、到着日がはっきりしなかったり、重さによっては島まで配送してもらえなかったり港に置かれたままになることもあって…
いわゆる“離島あるある”なんですけど、島で事業をするのは初めてだったので、なかなか思うように進まないことが多かったです。オープン日も、延期、延期という感じで、先が見えない不安は正直かなりありました。

ーー 実際に島の方々と話す中で、プレッシャーを感じた瞬間や、印象に残っている声はありましたか?
岩根:運営の方法や準備のことを具体的に考え始めると、島の方から『本当にお客さん来るの?』『働いてくれる人はいるの?』『ご飯はどうするの?』と、いろいろ気にかけて声をかけていただくことが多くて。心配してくれているからこその言葉だと分かってはいるんですけど、そのたびに『大丈夫かな』って気持ちになることもありました。
とはいえ、もう事業承継は決まっていたので、“やるしかない”という状況でもあって。そういう不安を、何度も行き来していましたね。
ーーそうした不安と向き合う中で、どんなことが支えになっていきましたか?
岩根:それもやっぱり、島の方々や訪れるみなさんの声ですね。『もっと島に滞在できたらいいのに』『島の魅力を、時間をかけて体験できる場所があったらいい』という声を聞く機会が増えていって。そうした声を聞くうちに、やっぱりこれは“やるべきことなんだ”と、だんだん確信に変わっていきました。それに、島の活性化に取り組んでいるしまプロの方々とも関わるようになったことも大きかったです。
仲間としてチームに入れてもらえた感覚が生まれ、一人ではなく仲間やチームと共に島野浦島のために取り組んでいるという実感が、日に日に強くなっていきました。今は大きな不安はなく、前向きに進めていると思います。

“観光”ではなく、“探島”の拠点として
ーー新しい民宿「Island Base Shimami」のコンセプトについて教えてください。
岩根:“観光”ではなく、“探島(たんとう)”です。私たちが大切にしたいのは、いわゆる“観光地を巡る旅”ではなくて、島の日常に少し溶け込むような滞在です。地図に載っていない楽しみを、目で見て、足で歩いて、心で感じてもらう。その拠点になることを目指し、名前も「Island Base」としています。
地元の方とのちょっとした会話だったり、何気ない景色だったり、そういう小さな発見を持ち帰ってもらえたらいいなと思っています。
ーー「民宿 島野浦」という建物を引き継ぎ、活かしていく中で、特に大事にしたことは何でしたか?
岩根:ここで過ごしてきた人たちの記憶もこの建物の一部だと思っているので、全部を新しくする、というよりは、引き継いだものをどう生かすかを大事にしました。客室は、ドミトリーが1室と、ツインルームを中心とした全5室です。グループやご家族、一人旅、仕事での滞在など、いろいろな方に使ってもらえるように整えています。
お食事についても、島の特産品である鯛やカンパチ、最近始まった牡蠣の養殖など、島ならではの食材を楽しんでもらえる宿にしたいと考えています。夕方から朝にかけて、普段なかなか見ることのできない島の日常を楽しんでもらえる、そんな場所として、民宿の承継・復活に取り組んでいます。

島の取り組みの“次の一歩”として
ーーオープンに向けて、現在クラウドファンディングにも挑戦されていますね。
岩根:はい。今回は「おいでよ!よいとの島・島野浦プロジェクト」として、しまプロのみなさんにも協力していただきながら取り組んでいます。
「民宿 島野浦」を事業承継して、宿としてもう一度動かしていく。私たちにとってそれ自体が大きな挑戦だったのですが、引き継いで終わりではなくて、ここからどう育てていくのかがすごく大事だと感じています。その想いやプロセスを島の人たちや、島の外の方にも広く共有できる形として、クラウドファンディングへの挑戦を選びました。
まず観光案内所ができて、次にカフェレストランができ、島を訪れる人が少しずつ増えていくーー今回の挑戦も“島の取り組みの延長線上”にあるものだと感じています。

ーー支援してくれた方へのリターンも島野浦島の魅力がつまっていますね!
岩根:はい。どれもすごくオススメです。たとえば、島で水産業を営んでいる方々が手がけているカンパチのお刺身セット、鰯やカンパチなどを使った加工品、島で生まれたカフェの食事券などです。どれも、ただの“商品”というより『この島には、こういう人たちがいて、こういう営みがある』ということを知ってもらう入り口になればいいなと思っています。
これは私たちだけのプロジェクトではなく、島の流れの中で自然に生まれてきた次の一歩、という位置づけだと考えています。

ーーこれから「Island Base Shimami」をどんな存在にしていきたいですか?
岩根:まずは、いろんな方に島野浦の魅力を届けられる存在になれたらいいなと思っています。そのためには、島の方々の協力を得ながら、観光で来られる方や、仕事で来られる方との“接点”になれる宿でありたいですね。これまで島に来ていたのは、観光や仕事が目的の方が中心でしたが、これからはもう少し違う層にも島の魅力を知ってもらいたいと考えています。
たとえば、宮崎で暮らしている学生さんだったり、私と近い世代の人たちだったり。 “遠い観光地”ではなくて、『ちょっと行ってみたい場所』として、島野浦を身近に感じてもらえたら嬉しいです。
「Island Base Shimami」クラウドファンディングページ
事業を引き継ぐということは、関係を引き継ぐということ
ーー岩根さん自身、今回の経験を通して、事業承継について考え方が変わった部分はありますか?
岩根:事業承継というと、どうしても“事業内容”や“数字”に目がいきがちだと思うんです。もちろん、それもすごく大事な要素だと思います。でも、今回実際に事業承継に関わってみて感じたのは、その事業が地域の中でどんな役割を担ってきたのか、周りの人たちにどんな影響を与えてきたのか、という部分も同じくらい大切だということでした。
代表の田鹿が「民宿 島野浦」の前オーナーさんとの会話を通じて承継を決意したように、事業承継を考えるときには、事業そのものだけでなく、そうした“ステークホルダー”の存在も含めて考えられると、見えてくる景色が変わるんじゃないかなと思います。
引き継いだものをどう生かすか、どんな形で続けていくか。 そこには、正解が一つあるわけではなくて、地域や人に合わせたやり方があると思います。私たちの島野浦でのこの活動が、これから事業承継を考える方にとって、『こういう関わり方もあるんだ』 と感じてもらえる一つの例になったら嬉しいです。

観光案内所ができ、カフェが生まれ、そして今、「泊まる」という選択肢が生まれようとしています。引き継がれたのは建物だけではなく、ここで過ごしてきた人たちの時間や関係性、そして「この島で、どんな時間を過ごしてほしいのか」という問いそのものです。
この宿を起点に、どんな出会いや時間が生まれていくのかーー島野浦島の日常に寄り添いながら育っていく「Island Base Shimami」のこれからの展開から、目が離せません。