事業承継ストーリー

M&Aから個人の第三者承継へシフト。大企業定年退職後に目指す第二の経営人生

九州の門司港には、24時間稼働しているコンテナターミナルがあります。「門司港には眠らないキリンがいる」というキャッチは、船にコンテナを積み下ろしするガントリークレーンがキリンに見えることから考えられました。

門司港にある「株式会社 繋船組(けいせんぐみ)」は1959年に創業し、海運の周辺業務として離着岸の作業を陸上から支援するサービスを専業で行っている会社です。船が入港する前に着岸位置の目印になる旗を立て、船のロープを陸上の係船柱に掛け、文字どおり船を岸壁に繋ぐのが仕事で、停泊中の船が岸壁から離れたり、揺れたりしないようにサポートしています。

サラリーマン社長から第三者事業承継し、繋船組の5代目社長になった杉本裕一さんにお話を伺いました。

M&Aの案が却下され個人で事業継承をすることに 

杉本さん「2014年に三菱倉庫株式会社の子会社である門菱港運㈱に、役員として出向していました。その後、2016年に代表取締役になると、取引会社の繋船組会長の濱野(はまの)さんから『事業譲渡して会社経営からリタイヤしたいので門菱港運で繋船組を買ってもらえないか』と相談されたんです」

繋船組は親族経営の会社で後継者がおらず、事業の継続に困っていたそうです。濱野さんとはこの時が初対面だったそう。

杉本さん「濱野さんから話をいただいた時、門菱港運によるM&Aを想定していました。しかし、親会社である三菱倉庫の承認を得られずM&Aは却下されてしまったんです。濱野さんからお話をいただいておよそ半年くらいの間の出来事です」

杉本さん「濱野さんからお話をいただいた時点で、私自身でも繋船組の財務状況や取引先の確認などM&Aを行う上でのリスク調査(デューデリジェンス)をしていました。私の中では同じ海運の周辺業務であることも含め、『M&Aにおけるリスクは少ない』と判断をしていたんですね。

もし、会社としてM&Aが成立しない場合は、何か手助けできないかと考えていました。そこで並行して考えていたのがプランBとしての第三者承継の提案です」

杉本さん「サラリーマン時代の会社と繋船組の取引先が被っていること、ある程度仕事内容もイメージできていたこともあり、『個人で事業承継できないか』と濱野さんに話を持ちかけました」

すべてのタイミングが合い事業継承を決めた

杉本さんがM&Aのお話を聞いたのが2016年で、2年後の2018年3月は定年が決まっていて、継続雇用を辞退。円満退職し、繋船組の事業承継に向けて動きはじめました。しかし、資金の問題に直面します。

杉本さん「以前、『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』という本がありましたよね。私の場合、会社の買収額はこれよりも一つ桁が多かったです」

退職金を使っても足りない資金については、県の事業承継の窓口や商工会議所に相談。繋船組の信用を元に、繋船組の取引銀行から直接買収資金を借りられることになったそうです。そして杉本さんは個人で資金を用意して「オーナーシップの譲受」を行いました。

退職金というまとまった資金が入ったこと、子どもが独立して学費が掛からなくなっていたこと、杉本さんにとって資金面のリスクが最も小さくタイミングがよかったことも、事業承継の決め手になったといいます。

杉本さん「2014年に役職定年するタイミングで、子会社の役員として社長のサポート役になりました。同時に、経営については北九州市立大学大学院のビジネススクール(K2BS)で2年間学びました。当時は、自分で会社経営するなんて想像もしていませんでしたが、『ようやく学んだことを実践できる』と踏み出したんです」

外部からの経営者で警戒もされた

杉本さん「2018年に繋船組の代表取締役に就任した当時、私は60歳で従業員は全員が年下の世代でした。サラリーマン時代には20代、30代の頃から自分の親世代くらいの年齢の方々とやり取りをしていたことや、同じ港湾業界なので、ある程度仕事のイメージはできていたつもりでした。しかし、はじめての外部から来た経営者だったため、最初は警戒されましたね」

そこで杉本さんが意識したのは、会社のカルチャーを壊すのではなく、いいところは残して問題あるところを修正していく姿勢だったそうです。社長が変わったからといってガラリと変えるのではなく、問題に向き合いながら少しずつ変えていくことにしました。

長時間労働の解消に向けた取り組み、当時は反対の声も

杉本さん「船は365日、24時間入出港します。そのため、従業員の働く時間が不規則なんですね。しかし24時間といっても業務が集中するコアな時間は決まっていて、仕事と仕事の合間の空き時間、いわゆる手待ち時間が多く発生してしまいます。とにかく拘束時間が長く、一人当たりの月の残業が80〜90時間と労働生産性の低さが問題でした」

そこで2〜3年かけて杉本さんが力を入れてきたのは「働き方改革」の推進。とくに長時間労働の解消に努めてきたそうです。

杉本さん「限られた人数の中、働く環境を整えるためにピークの時間、早朝と夕方に合わせた時差出勤(フレックス)にしました。現在は残業時間が20時間くらいに減っています」

当初は、従業員から不満の声もあったと言います。残業が減ると残業代が減るため、給料が減ってしまうことへの不満です。そこで、早朝・深夜の時間帯はもとより所定労働時間内であっても割り増し賃金を導入することで調整し、従来とほとんど年収の差が出ないように工夫。拘束時間が減ったことで、体への負担が減ったという声も聞いているそうです。

個人がスキルを高めながら長く働ける会社へ 

杉本さん「2022年4月から副業・兼業を解禁しました。また、マネジメントや管理など自己啓発のメニューを提供し、空き時間に勉強してもらえるような仕組みづくりに取り組んでいます。まだ、副業・兼業につながるような積極的な動きは見られませんが、個人がスキルを高めていけるようにサポートしていきたいと思っています」

杉本さんが次に目指しているのは、長く働いてもらえるような環境作りです。たとえば、仕事のピークにお願いしているアルバイトの方々の平均年齢は70代。これから先も彼らに働いてもらえるよう、体への負担を減らし、仕事の合理化を検討していくそうです。人の力だけに頼らず、アシストできるような仕組みを導入したり、一部を自動化・機械化することを目指しているそうです。

第三者による事業承継は人生100年時代の選択肢のひとつ

杉本さん「私の場合は退職金や家庭の環境などのタイミングがよく、事業承継することができました。サラリーマン社長と違って、自分の判断が会社の決定になることについても、いい意味でのやりがいを感じているところです。

今後、後継者問題で悩む会社も増えていくと思います。人生100年時代のさまざまな選択肢の一つとして、私の事例をもとに、同じ課題を抱えている会社のサポートもしていきたいですね」

杉本さんは現在、港湾関係の仕事とは違った領域で、2本目の柱となる事業を検討中。M&Aのサポート業務もその一つとして考えているそうで、他に後継者の問題を抱えている港湾関係の会社にも、少しずつ事業承継の世界が開かれていくことに期待です。

文・田中博子

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