事業承継ストーリー

127年続く企業の100年後を見据えて。創業家5代目が掲げるのは「老舗ベンチャー」

東京・神田に本店を構えるカインドウェアは、127年以上の歴史を持つ老舗フォーマルウェアメーカーです。

明治27年の創業以来、略礼服の考案や宮内庁職員が着用する儀礼服の受注など、日本におけるフォーマルウェア市場の先駆者として業界を牽引してきました。

そんなカインドウェアで現在副社長を務めるのが、創業家5代目の渡邊祥一郎さんです。高校時代から20代の多くをアメリカで過ごしたという渡邊さんに、事業承継を決意するまでの経緯や今後の展開について伺いました。

2つの柱は「アパレル」と「ヘルスケア」

5代目で、現在は代表取締役副社長を務める渡邊祥一郎さん

カインドウェアが手掛ける事業は、アパレルやヘルスケア、ロジスティクス、ファブリックと多岐に渡ります。その中でも2つの柱は、アパレルとヘルスケアであると渡邊さんは話します。

渡邊さん「アパレルはKINDWARE(カインドウェア)、ヘルスケアはKINDCARE(カインドケア)とそれぞれブランド化しています。いずれも百貨店を主戦場として店舗展開をしていますが、今後は私達のブランドが集客力を持たなければならないと考えています」

百貨店の価値が問われている昨今において、自社が集客力を高めることにより百貨店を訪れる客数も増やし、インターナショナルブランド化し、ECにも力を入れたいという渡邊さん。大学卒業後からずっと同社一筋というわけではなく、アメリカの企業で長く働いた経験をお持ちです。

「家業=チャンス」と考え、アメリカから帰国

アメリカで生活していた頃の渡邉さん

高校時代から親元を離れ、ひとりアメリカで生活していたという渡邊さん。子供の頃は家業についてどのように考えていたのでしょうか。

渡邊さん「中学生の頃までは家業に対して無関心で、父からも仕事について何か言われるようなことはありませんでした。その後アメリカの高校に通ったことで、『自分がアメリカにいるためのお金はどこから出ているのか』ということを考えさせられました。父が4代目として経営している会社はどのようなビジネスなのかと興味を持ち、調べるようになったんです」

高校生の時、夏休みで帰国中にヘルスケア部門の吉祥寺店舗で1ヶ月アルバイトを経験し、初めて家業と向き合った渡邊さん。

そして大学生になり、家業の承継について意識するようになったと言います。「1度は会社に入ってみないといけないだろう」という想いから、カインドウェアに入社を決めました。

渡邊さん「当時は『やはり自分に日本は合わない』と感じてしまい、1年で退職しました。高校と大学をアメリカで過ごしたことで、『自分の意見はしっかりと言わなければいけない』という考えが当たり前になっていました。しかしそれを職場に持ち込んだところ、周りから煙たがられるようになってしまったんです。確かに、当時はビジネスのことを知らないくせに意見ばかりしていて、後から反省しました」

その後はアメリカで約6年間働くことになりますが、30歳を前にして転機が訪れたそうです。

渡邊さん「当時勤めていたアメリカの会社でグリーンカード(永住権)を申請するかどうかという話がありました。今後の人生について考えた際に、家業がある家に生まれることは選べないし、非常に稀なことだと気が付きました。こんなチャンスを自ら手放して良いのか?一度は挑戦して、ベストを尽くすべきではないかと考え、日本に戻って家業を継ぐ決意をしました」

こうして渡邊さんは、再びカインドウェアに入社することになります。

当初はアメリカと日本の違いに行き当たった

お父様から直接の誘いは無かったものの、会社を継いでほしいという雰囲気は遠回しに感じていたという渡邊さん。日本に戻りカインドウェアに入社しますが、課題に直面することも少なくなかったそうです。

渡邊さん「カインドウェアで働くことに不安はなく、大人になってから日本で腰を据えて生活することも初めてだったので楽しみでした。しかし、日本とアメリカとの違いから窮屈に感じることは多かったです。『アメリカだとこうなのに』と環境のせいにしていた時期もありましたが、3年ほど経って『日本というフィールドを自分で選んだ以上は自分の責任だ』という考えるようになりました」

アメリカで長く過ごした経験による影響は色々とあるそうですが、良かったことばかりだと振り返ります。

渡邊さん「特に良かったと感じるのは、人や文化、ビジネス、お金の動きなどの世界の理を感じられたことです。また、ものの捉え方一つとってもその人の過ごしてきた環境によってさまざまですが、その多様性に対して偏見を持たずに、受け入れられるようになったのも良かったですね」

今の立場になって、父の苦悩や精神力を理解した

営業社員から部長、そして現在の役職である副社長へと昇格を経験した渡邊さん。現在の立場になったことで、改めてお父様の凄さを感じるようになったそうです。

渡邊さん「父の凄いところは、マーケットが縮小して上手く行かなくなった時にもさじを投げず、この会社を維持してきた点です。投げ出すことは簡単ですが、苦しい中でも最善を尽くすことにはかなりの苦悩を伴ったと思います。家族を養うことや従業員のクビを切らなければならないという立場ならではの辛さも、今になって理解できるようになりました。そんな父の精神力は本当にすごいと思います」

時代の流れとともにさまざまな変化が起こり、その変化に対して柔軟に対応することで100年以上もその歴史を紡いできたカインドウェア。渡邊さんも、自社の強みとして「従業員の柔軟性」を挙げておられました。

渡邊さん「今までやってきたことを180度変えることになっても、多くの従業員が変わらずに付いてきてくれて嬉しかった。高度成長期の頃はフォーマルウェアにおいて世界で1位の売上になるくらいの会社だったのですが、その時の栄光やプライドを今でも持っている従業員がたくさんいます。それにもかかわらず、環境に適応してくれる方が多いのです。あとは、皆さんプライドを持って仕事しており、そこも重要なポイントです」

渡邊さんのお父様は、20年ほど前から社内ベンチャーで従業員のアイデアを形にする取り組みを始めました。さまざまな失敗も乗り越えてきたことで、一朝一夕では身に付かない適応力が従業員に根付いているのだそうです。

大事なのは帰属意識ではなく、同じ目的を共有すること

今回のインタビューでは、カインドウェアの子会社であり、創業約50年の「那須夢工房」の取締役社長兼工場長・北見敦生(あつお)さんにもお話しを伺いました。

那須夢工房の取締役社長、北見敦生(あつお)さん

北見さん「那須夢工房は、カインドウェアの自家工場として1973年に創業し、本場イタリアの仕立ての技術をもとに紳士服の製造をしています。コロナ前は量産がほとんどでしたが、今ではMade-to-Measureが半数を越えています。

一人の職人が一つの工程を極めるのではなくて、誰もがどのポジションでも仕事ができ、最終的には一人で一着をはじめから終わりまで作れるような技術習得を目指しています。

今、取り組んでいる採用のコンセプトは”学校”です。ずっと私たちの会社で働いてもらうのではなくて、たとえば3年を目安に技術習得を目指してもらう。そうやって若い人たちがどんどん来ては巣立っていくと、『那須に3年いた人には、ここまで任せられる』といったある種のブランドができると思うんです」

渡邊さん「会社への帰属意識は必ずしも必要なくて、同じ目的や達成するという意識を共有できていればいいんですよ。私たちの会社で、人生のどのフェーズを過ごしてもらうかは自由ですから」

カインドウェアは、5年後にインターナショナル企業になるというスローガンを掲げています。海外のお客様にも満足していただけるブランドや商品クオリティを充実させたいと考えているそうです。

渡邊さん「『老舗ベンチャー』をひとつのキーワードにしています。カインドウェアがこの先さらに100年続く企業になるには、老舗の良い部分は残しつつ、お客様に魅力を感じてもらえるサービスや情報、商品などを展開していくことが重要です」

世界を見据えているカインドウェア。最後に、渡邊さん自身と同じように、家業を継ぐか迷っている境遇の方に対してエールを頂きました。

渡邊さん「すごく簡単に言うと、『自分の将来は自分で決められる』ということに尽きます。家業に入ることの良さは、会社を自分の好きなように作れること。それを楽しいと思えるのであれば継ぐべきですし、合っていないと感じるのであれば継ぐべきではないでしょう。

わからない場合はとりあえず入ってみるべき、行動あるのみだと思っています。自分で決断したならば、それは自分のもの。誰のせいでもないので、ベストを尽くす。ベストを尽くせば成長につながり、応援してくれる方々もたくさん出てくるものです。そして言葉に出すことはすごく重要で、従業員や友達、知り合いの中に賛同してくれる人が必ずいます」

家業そのものが日本において「オーナー企業」のように悪いイメージがある一方で、欧米では家業だらけなのだと話す渡邊さん。家業が中小企業の枠に収まらずに大化けすることもあり、家業とはポテンシャルが非常に高く、かっこいいものなのだといいます。

100年以上受け継がれてきた企業の、これから先の100年。「人生を輝かしく上質に」というミッションを掲げるカインドウェアの、渡邊さんによる世界へ向けた新たな取り組みが楽しみです。

文・髙木和真

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