事業承継ストーリー

「親の敷いたレールになんか乗らへん」ものづくりに興味がなかった息子が家業を継ぎ、ものづくりに目覚めた話

日本有数のものづくりの街、大阪府八尾市。鉄道を使えば大阪市内のターミナル駅からも便利な場所に位置し、市の東部には信貴山(しぎさん)などの山々が連なるのどかな街です。

そんな八尾市にあるものづくり企業のひとつが、錦城護謨(きんじょうゴム)株式会社です。社長を務める太田泰造さんは、2009年に先代社長であるお父様から事業を引き継ぎました。

「こどもの頃は、ものづくりに全然興味がなかったんですけどね」

と笑いながら語る太田さん。しかしそんな太田さんは、複数のものづくり企業と協力して、地域や製造業を盛り上げるさまざまな活動に取り組んでいます。

太田さんがなぜ家業を継ぎ、さまざまなものを「つくる」ことになったのかについてお話を伺いました。

「会社を継げ」なんて言われたことがなかった

太田さん「子どもの頃は、家業にもものづくりに興味もなかったです。錦城護謨って社名くらいは知っていましたけど、何をしている会社かはいまひとつ知りませんでしたね。そもそも、父自体がいわゆる昭和の社長。仕事人間で家にはほとんどいませんでした」

家業を継ぐ意識はないまま成長した太田さんは、バブル崩壊直後のいわゆる就職氷河期に就職活動をしました。富士ゼロックスに就職し充実した日々を過ごします。

太田さん「やったぶんだけ結果が出た。とてもやりがいもあったし、楽しかったです。会社の雰囲気も自由闊達ですごくパワーがありました。やりたいことをやらせてもらえたし、人材にもしっかり投資をするし。僕はいまでも、あれが目指すべき会社の姿だと考えています」

突然の「戻ってこい」。錦城護謨に入社して生まれた変化

そんな太田さんに最初の「突然」が訪れたのは、社会人になって6年が経った2002年のことでした。急に先代から「戻ってこい」と声をかけられたのです。

太田さん「正直、会社をやめたくなかったですよ。それまで『自分の力で生きる』と肩肘張っている感覚がありました。だけど、戻ってこいと言われて『ああ、やっぱり僕の道はこっちなんやな』って自然と思えたんです。自分でも不思議だったのですが、そういうタイミングが来たんかなと思いました」

こうして太田さんは、幼い頃から反発していた「親が敷いたレール」にあえて乗り、しっかり走ることを決めました。

太田さん「僕、運命論者なんですよ。出会いや縁を大事にしたいんです。そうか、そういう時期が来たか、じゃあここでもう一度スタートラインに立とう。そんな気持ちで錦城護謨に入社しました」

当時の錦城護謨は、ゴム製品のものづくりと土木、2つの事業の柱を持っていました。太田さんはまず土木に入り、現場をいろいろ経験します。

太田さん「もうね、最初はなんやこれと。前はパリッとスーツ着て土日休みの仕事してたのに、作業着で泥にまみれて土曜日も仕事して(笑)」

とはいえ、社長を継ぐと決意して入った会社。当然、仕事や周囲に向ける意識も前職とは違います。先代である父に対する見方も変化しました。

太田さん「すごいと思うところもたくさん見えるようになったし、尊敬の気持ちも生まれました。自分が社長になったらこういうところは引き継ごう、こういうところはちょっと変えたほうがいいかなとか。そういうことを先代を見ながら考えていましたね」

事業継承は最悪の時期!?「やるしかない」とピンチを乗り切って

第二の「突然」が訪れたのは、2009年でした。当時専務だった太田さんは、例年どおり次年度の事業計画などを持って社長のもとに訪れました。

太田さん「急にこう言われたんですよ。来期から社長やれ、って」

戻ってこいと言われたとき同様、突然の話でした。

太田さん「まったく前フリもなにもなし。もちろんいつかはやるものと覚悟はしてましたけど、思わず『は?』と声がでました。いや、やるけど、普通1年くらい準備期間があるものじゃないですかと。8月に言って、10月からはもう社長って、準備期間なんて1ヶ月くらしかありませんしね」

この年はリーマンショックの影響で経済活動全体が混乱していた時期でした。さらに9月には民主党政権が誕生し「コンクリートから人へ」というスローガンのもと公共投資を減らす方針を打ち出します。ものづくりも土木を事業の柱としていた錦城護謨も、大きな影響を受けることになりました。

太田さん「とにかくやらないといけない。ひどい時期だし、工場は週3日、定時までしか稼働できない状況。土木は公共事業がなくなって、一時期はたためとまで言われるありさまでした。

ただ、ピンチの連続でしたけど悪いときに継いだのは結果的に良かったかもしれません。悪いところから上げていく、もう前を向いてやるしかないという状況が好きなんです。今思うと、僕にしてみれば突然だった様々なことも、先代は全て見越した上でタイミングを見計らっていたのではと思います」

誘導マット「歩導くん」で第三の事業の柱づくりに挑戦

社長を継いだ太田さんは、まずは目の前のピンチを乗り切るため改革に取り組みました。ものづくり、土木に加えて3つ目の新しい事業の柱を作ることにしたのです。そんなときにお客さまに紹介されたのが、視覚障害者用の歩行誘導マット、『歩導くん』です。

太田さん「歩導くんを発明されたのは全盲の方なので、ものを作って広めることはなかなか難しいというお話だったんですね。そこで我々がお手伝いしますと商品を作り、広めることにしたんです」

既存の誘導ブロックは凹凸があり、車椅子や足が不自由な方、高齢者にとってはかえってバリアになってしまうことがあります。一方凹凸をできるかぎり無くした「歩導くん」は、より多くの人が安心して使える歩行誘導マット。このデザインは高く評価され、世界三大デザイン賞のひとつである「iFデザイン賞」で金賞を取るなど、高い評価を受けました。

太田さん「ただね、売上としてはなかなかなんですよね。商業施設さんなんかに提案しても『うちには視覚障害者の方はきませんから』なんて言われるんですよ。だけど、来ないんじゃなくて、来れないんです。こういう意識から変えていかないといけないから、商売としては難しいです。まだまだこれからです」

モノ、地域、ひと。錦城護謨の「生み出す」事業は続く

もうひとつ、太田さんが変えようとしているのが「ものづくり」企業としてのありかたです。

太田さん「ものづくりってお客さまに言われたものを言われたとおりに作る、つまりニーズありきでやるものだったんです。これはもちろん大切なんですが、これからは、自分たちでニーズを作っていく必要もあるんちゃうかなと考えているんですよね」

その象徴が、一般ユーザーに向けに立ち上げた「KINJO JAPAN」というオリジナルブランドとその製品です。特に透明のシリコーンゴムで作った「シリコーンロックグラス」はSNSでも大きな話題になり、立ち上げたクラウドファンディングでも商品は完売しています。

太田さん「『使う』ことをもっと自由にしたいんですね。割れたら困るものっていっぱいあると思うのですが、こういう透明のゴムを使えば、割れない使いやすいものができる。今回はロックグラスを製品化しましたが、ワイングラスとかほかにもいろいろ考えています。

ものづくりはもちろん、土木事業は土地づくり、歩導くんは障害を持っている人も快適に共存できる空間づくり。なにかを生み出して世の中を変えていくのが、うちの会社やないかと思うんです」

八尾市とともに成長していくことに価値がある

そして今、太田さんが力を入れていることのひとつが地域づくりです。

太田さん「今までは、工場がどこにあってもよかったんです。うちとお客さまの関係ができていれば、それで事業は回った。だけど、これからは工場がここ八尾市にあること、八尾市とともに成長していくことに価値がある時代になるのではないかと考えています」

そのための取り組みのひとつが、八尾市が立ち上げたものづくり体験の場「みせるばやお」。太田さんは、八尾に拠点を置くものづくり企業とともにその場の理事に名を連ね、子どもむけのワークショップや企業間コラボレーションに取り組んでいます。

太田さん「今、八尾の企業がどんどん廃業しています。後継者不足だったりいろんな理由があるんですけど、こういった中で地域や産業を盛り上げていこうとしたら、将来八尾に住みたい、働きたいという人を増やさないといけないわけですよね

それに、八尾で働いている僕たち自身、八尾にどんな企業があってどんな人が働いているのかを知らないんですよ。『みせるばやお』でお互いどんな企業か知ってつながることができれば、そこで新しいコラボレーションが生まれますよね。

また、ワークショップなどに子どもが参加してくれて、10年、20年経ったころに『みせるばやお』でやったワークショップがめちゃくちゃ楽しかったんで、ここに来ました!なんて人がうちに入ってきたら、最高ですよね」

ものづくりにまったく興味がなかった太田さんは、今やものづくり企業のトップとして新しいもの、体験、地域、人を作ることに取り組んでいます。そこには確かに、先代が必死に取り組んだものづくりに対する思いも受け継がれています。

文:鶴原 早恵子

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