福岡県北九州市の玄関口・小倉駅のすぐそば、活気溢れる商店街の通りを一本外れると現れるディープな路地裏。そこにあるのが、成人映画専門店「小倉名画座」です。創業してから40年以上が経ち、根強いファンたちから愛されてきました。2021年に先代の経営者が引退し、この映画館を引き継いだのは、元カレー屋の店主・丸谷真一郎さん。昭和の香りを残した映画館ですが、新しい風も入れるため、様々な取り組みをされています。
カレー屋の店主が映画館を引き継いだ経緯や今後の展望について伺いました。
路地裏にある、40年続くディープな映画館「名画座」
小倉名画座は、小倉駅前の賑やかな繁華街から一本入ったところにあります。繁華街の雰囲気とはガラッと変わり、昔ながらの雰囲気が漂います。昭和50年代にポルノ映画専門として営業を始めた小倉名画座は、1階では男女のポルノ映画、2階ではゲイのピンク映画を上映しています。
丸谷さん「40年以上、根強いお客さんに支えられてきたと聞いています。引き継いでからもコロナの影響でお客さんが減っていますが、一日平均30人くらいはお客さんが来ています。LGBTQ+(性的少数者)やマイノリティといった言葉が認知されてきたこともあり、1階も2階も同じくらいのお客さんが来ますよ」
日本でも珍しい作品を上映する小倉名画座。そこは、世間的には肩身の狭い思いをしている人たちが、自分の素を出すことができる大切な場所なのです。その場所を守りかつ発展させていくために、丸谷さんは新しい経営になることを決めました。
カレー屋の常連だった名画座のオーナー
かつては北九州市内でカレー屋を営んでいた丸谷さん。若松競艇場への店舗出店やレトルトでのオンライン販売など、多角的な経営を行っていました。そんな中、2019年頃に丸谷さんのカレー屋さんの常連だった名画座のオーナーに「引退するからやってみないか」と声をかけられました。
丸谷さん「もともといつか独立したいという気持ちがあって、カレー屋を開業したという経緯があります。オンライン販売のためのレトルトの開発などに取り組んでいた時に、改めて事業承継の話が来ました。コロナでカレー屋も苦しい状況ではありましたが、名画座には独自のコンテンツと長い歴史と地域との繋がりがあります。2つを掛け合わせることで、互いに発展出来るのではないかと思い、引き継ぐことを決めました」
声をかけられてから5〜6年後の引き継ぎを想定していたそうですが、コロナの影響で先代の経営者が早めに退くことになり、2022年2月、丸谷さんは小倉名画座を引継ぎました。
名画座とコラボしてつくったカレー。今あるものを活かしてできること
引き継いだ後も、コロナの影響でお客さんの入りが減っている状態だった名画座。売上を上げていくためには、元いたお客さんに戻ってきてもらい、新しいお客さんも増やしていく必要がありました。そんな苦しい状況でも既存の従業員さんや長く来ている常連さんに助けられているそう。
丸谷さん「名画座の日々の業務は、もといた従業員のおかげで問題なく回っています。昔から来てくれている根強いファンのお客さんたちにも助けられていますね。まずは手を付けられるところからと思い、経費を抑えるなどのできることをやってきました」
引き継いだ初月の時点で、売上も来場者数もコロナ前と比較すると大幅に減少していたという名画座。丸谷さんは、同時に出勤する従業員の数を減らしたり、短縮営業をコロナ前の営業時間に戻したりと、まずは元のお客さんが戻ってくるための施作を打ちました。また、自身のカレー屋とコラボしてオリジナルカレーを作るなど、今あるものを活用して、新しいお客さんを増やす方法を模索し続けています。
様々なイベントを開催。接点を増やして新しいお客さんを呼ぶ
丸谷さん「これまで、映画館の無料見学会やラブホテル研究家のトークライブ、フルートとアコースティックギターのミニコンサートなど、様々なイベントを開催してきました。普段は来ない若い女性や家族連れも名画座に足を運んで頂きましたよ。今後も、毎月のイベント開催を予定しています。映画館という環境を活用して場所を提供すると同時に、小倉名画座という場所を多くの方に知ってもらいたいと思っています。
名画座のコンテンツは、全国的に見ても尖っているので、どんどん広めていきたいです。歴史があって土台もしっかりしているので、大幅に変える必要はないんです。ただ、新しい人を入れていくためには、映画上映以外の活動が必要で、イベントが増えてくると、映画とイベントでコラボしてできることも増えます。新しい人が入ってきやすくなるようなイベント、仕掛けを作っていくことが名画座を発展させていく糸口だと思っています。
イベントの積極的な開催などに取り組んできたおかげもあって、引き継いだ当初は減少していたお客さんの数も、3ヶ月ほどでコロナ前の数へ戻ってきています。春は毎年お客さんが増える傾向がありますが、イベントの効果も着実に現れているので、今後はさらに新しい人を呼び込んでお客さんを増やしたいですね」
唯一無二の映画館として、長年のファンを大切に。
映画館を活用していろいろなイベントをしていきたいと考える一方で、既存のお客さんも大事にしたいと話す丸谷さん。そこには、世間的には肩身の狭い思いをしている名画座のお客さんを喜ばせたいという気持ちがあります。もといた従業員にも協力してもらい、お客さんに少しでも喜んでいただけるような運営をしています。従業員がお客さんと関わる仕事はチケットもぎりが主ですが、その時に一言、声をかけるだけでお客さんも喜んでくれるそう。
丸谷さん「イベントなどを通して名画座を広く伝えることで、名画座の映画文化を残していきたいです。名画座に見に来るお客さんにとって、ここは唯一無二の場所ですから。だからこそ、新しい取り組みをしながらも今いるお客さんたちは守っていきたい。高齢者の方も多いので、そういった方々の憩いの場所にしていきたいですね」
映画上映だけでなく様々なイベントを開催し、ときにはカレーも作って売る丸谷さん。今後は北九州だけでなく、日本全国、海外へと展開していきたいと言います。外から人を呼ぶには名画座の力だけでなく、街全体で取り組みをする必要があります。古き良き文化が残る街・北九州。その中心地である小倉から、いろいろな人を巻き込みながら、名画座も街も盛り上げていく丸谷さんの今後が楽しみです。
文・庄司建人