石川県金沢市に伝統的なぬか漬け「こんか漬け」。金沢の方言で「ぬか」を意味する「こんか」漬けは、日本近海で獲れる新鮮な魚介を長期保存するために生まれ、現在まで受け継がれています。
そんな「こんか漬け」を元にしたオリジナル商品「金沢こんかこんか」を製造販売していた「池田商店」。創業者の体調の問題から存続の危機にあったところを、東京のデザイン会社が事業承継しました。
食品製造とデザイン会社という、一見ユニークな組み合わせ。なぜ、お二人はこんか漬けの復活に取り組んだのでしょうか。新生「金沢こんかこんか」の普及に奮闘する齋藤さんと中神さんにお話を伺いました。
地域のおばあちゃんの味に感動。 味を受け継いでいくための商品づくり
母娘二人で個人商店「池田商店」を立ち上げ、こんか漬けを元にしたオリジナル商品「金沢こんかこんか」の製造販売を行っていた齋藤さん。創業者である齋藤さんの母、池田由美子さんは、知り合いのおばあちゃんにもらった「こんか漬け」の味に感銘を受け、おばあちゃんにぬか床を分けてもらい、 味を受け継いでいくための商品づくりをはじめました。
そこから何年もの月日をかけ、原料にも製造方法にも妥協せず開発を続けた由美子さんと園さん。そうして芳醇でまろやかな旨みと甘みのある新しい「金沢こんかこんか」が生まれたのです。その由美子さんが病に倒れ、生産が続けられなくなったのは、2017年のことでした。
母と共に育ててきた味をなくしたくない
齋藤さん「私ひとりで生産して営業もして、というのは難しいと判断し、一時的に生産をストップしました。でも、やはり母の味を残したいと思って。『いつ再開するんですか』というお客様の声もあり、なんとか続けられないだろうか、と考え始めました。
当時はやめるか、人に託すか、二つの選択肢しか考えていなかったんですけど、懇意にしている会計事務所の方に相談したところ『事業承継という手段もあるよ』と教えてもらったんです」
母と共に育ててきた味をなくさないために、事業承継先を探すことに決めた齋藤さん。承継の条件として、長年お客様に親しまれた『金沢こんかこんか』という商品名を変えないこと、作り方や味を変えないこと、そして、齋藤さん自身も継続して働く意向を伝えました。そうして立候補した企業のひとつが、当時中神さんが勤めるデザイン会社でした。
「金沢こんかこんか」の文化的価値とストーリーに魅せられた
一方そのころ、中神さんは会社が金沢でM&Aプロジェクトを進めていると聞き、担当を二つ返事で引き受けました。縁もゆかりもない土地へ、移住することも決断します。
中神さんが特に心惹かれたのは、こんか漬けの文化的価値でした。学生時代、経営学部で「モノの価値」について研究していた中神さん。さまざまなモノが低コストで大量生産できる時代において、手間ひまをかけて作られる保存食の価値は一体どこにあるのか。手仕事によって受け継がれる味、その製造方法、作り手の想い、こんか漬けが生まれた時代背景――。
取り寄せた「金沢こんかこんか」がとても美味しかったのはもちろんのこと、それ以上に中神さんを後押ししたのは商品が持つストーリーの奥深さだったのです。
中神さんの手紙で、不安が期待に変わった
「金沢こんかこんか」の名で愛されてきた、母の味を残したい。その思いを叶えるためには、ただ事業が継続するだけでは不十分。作り手である自分も参加して、承継先と一緒に「金沢こんかこんか」を続けていきたいと齋藤さんは考えていました。その思いに、熱量を持って応えてくれたのが中神さんでした。
齋藤さん「東京にいる中神さんから、熱いお手紙をいただきました。最初のお手紙には、社員みんなで『金沢こんかこんか』を食べたことが写真付きで綴られていて(笑)。なぜ事業承継をしたいのか、承継後どうするつもりなのか、一生懸命考えてくれていることが文面から伝わってきました。
若い人たちが多く働いている会社だったので、この人たちと一緒なら若い人目線の売り方や商品開発ができるんじゃないかと、お手紙を読んで不安が期待に変わりましたね」
「地元の人に食べてもらう」ことを見据えたパッケージ変更
こうして齋藤さんと中神さんはタッグを組み、新生「金沢こんかこんか」の挑戦が始まりました。デザイン会社からきた中神さんがまず改革したのは「パッケージ」でした。
中神さん「承継後、2度パッケージを変更しました。1度目は包装紙がタブロイド版の情報紙になっていて、開くと作り手の思いや商品の情報が分かる仕掛けになっているもの。他県の方には喜んでもらえて、お土産屋への販路開拓には成功しました。だけど普段遣いには適さないというか、地元のリピーターのお客様にとっては、購入する度に情報紙がついてくると正直邪魔になってしまう。
そこで2度目は、包装紙をやめて透明なパウチに変更しました。手作業の包装は生産現場が大変ですし、商品の中身が見えないと、地元の人に買ってもらえないからです」
「まずは変えて売ってみて反応をみよう」。そのスピード感や柔軟性も齋藤さんにとっては新鮮だったと言います。
齋藤さん「やっぱりプロだな、と思いましたね。フットワークも軽いし、大きさもお客様視点。私たちには簡素なパッケージが喜ばれるという観点がなかったので。外からこんかこんかを見てきた方、しかもプロのデザイナーがこんかこんかの未来を思いながら作ってくれるのはありがたいと思いました」
そして2人が大切にしたのは「地元の人に食べてもらうこと」。あえて「金沢こんかこんか」をお土産商品に振り切ることはせず、由美子さんが「こんか漬け」の味に感動したあの日のように、地元の人たちに「こんか漬け」の味と伝統をもっと伝えたいと考えました。
中神さん「こんか漬けは北陸の伝統食ですが、地元の人の日常にどれだけ浸透しているかというと、まだまだ課題を抱えた状態です。特に若い世代の人たちは、名前は聞いたことがあっても食べたことがない人の方が多いくらい。地元の人に継続して購入してもらえるようになるのが目標です」
現場を知ることで、デザインの仕事に磨きがかかった
異業種から飛び込んだ中神さんにとって、思わぬ苦労から得たこともたくさんありました。
中神さん「入る前は、どんどんブランディングでてこ入れして見せ方変えて、ターゲットも変えていこう!って意気込んでいました。でも現場に入ると取引先の兼ね合いや人とのつながりを大切にしないといけないですし、全部をがらりと変えるわけにもいかなかったり。
あとは、パッケージが可愛いとかサイトがよければ商品が売れるというわけではなく、どんな営業活動をしているかが大切なんですよね。デザイナーとして、本当の意味で生産者目線、消費者目線に立つことができました。商品の梱包一つとっても、実際に手を動かしてみることで『これは注文が倍に増えたら間に合わないな』とわかったりしますから。
クライアントの立場を実体験することでデザインに対するおごりや過信がなくなり、クライアントに提供するデザインサービスの質や精度が上がったと感じています。また、ものづくりをしていることでお客様からの信頼も獲得し、新たな分野からのデザインの依頼などをいただくきっかけともなっています」
お互いに欠けている部分を、お互いの強みでカバーし合う
食品製造会社とデザイン会社。一見非なる2つの業種が交わったことで、想像以上のシナジーを生むことができました。
中神さん「こんかこんかとデザイン会社の相乗効果で、どちらにもメリットが生まれました。 良いものを作っても市場とのコミュニケーションがうまくいかなければ売れませんし、デザイン会社はコミュニケーションのノウハウはあっても肝心の商材がなければ商売にならない。そんなお互いに欠けている部分をお互いの強みでカバーし合うことで、もっと高みを目指せると思っています。
この事業の強みは“こだわり抜いているところ”。やりたいことはいっぱいある。可能性もいっぱいあります。魚の仕入元やこんかこんかの販売店や飲食店、イベント参加者や古くからのお客様など実に様々な方と知り合い、こんかこんかへの期待や思いを感じています。そんな日々を重ねていく中で、こんかこんかへの愛情と責任感は日に日に強くなっていますね」
互いを信頼し、得意な領域を任せ合うことで生まれた「金沢こんかこんか」のシナジー。オンラインショップでは、食べ切りサイズなど、さまざまなタイプの商品を展開しています。ぜひご自宅で堪能してみてください。
文・大吉紗央里