群馬県安中市にある光和自動車興業有限会社は、国に代わって車検を行うことができる指定工場。また、安中市唯一のスバルショップでもあり、自動車の販売から修理、整備、保険契約など自動車に関わることはなんでもお任せできる会社です。
国登録有形文化財の安中教会や群馬県に残る唯一の郡役所・旧碓氷郡役所など、名所史跡が多く集まる地域に、1961(昭和36)年創業。長きにわたりドライバーたちの相談役として地元に貢献してきました。
そんな地域密着型の工場を、当時72歳の田中京三さんから28歳の若さで第三者承継をした叶祥平さんに話を伺いました。
会社の上司から「跡継ぎを探している会社がある」と知らされて
光和自動車興業の前社長である田中さんは、父親が創業した同社を承継し守り続けてきましたが、60代後半から体力の低下を感じ、次の後継者を探すようになりました。
しかし、娘さんは違う業種に就職。従業員も高齢化し、継いでくれそうにありません。そこで第三者承継を支援する群馬県事業引き継ぎ支援センター(現・群馬県事業承継・引継ぎ支援センター)に登録しましたが、廃業の文字も脳裏をよぎりました。
一方、叶さんは、もともとスバルのディーラーである富士スバル株式会社のテクニカルスタッフ。全国スバルサービス技術コンクールユース大会準優勝を受賞したキャリアを持っています。中学時代からいずれ独立して自分の整備工場を持つことが夢でした。
叶さん「2015年ごろから上司に『独立したい』という相談をしていましたが、『ちょっと待ってほしい』と言われて数年経ち、『そろそろ⋯⋯』という話を始めた2018年、上司から『取り引き先で跡継ぎを探している会社があるので考えてみないか』という話をいただきました。上司は、私が独立してうまくやっていけるか心配し、お付き合いがあるところならば多少フォローできるという思いがあっておすすめしてくれたようです」
独立を希望していた自分に、渡りに船の事業承継
その「跡継ぎを探している会社」が、光和自動車興業でした。さっそく田中さんと面談、引き継ぐことを決めました。悩んだのはわずか2週間ほど。それより以前、独立するかどうかの段階で「3〜4年ほど悩んだ」と語ります。
叶さん「突然身ひとつで独立するとなると建物や設備など数千万円単位の資金がかかります。さらに事業が基盤に乗るまでの運転資金も必要です。生き残っていくには難しい時代なので、独立の決心を付けるまでにかなり悩みました。ですから、承継のお話をいただいたことは渡りに船。まずは引き継いで軌道に乗ってからいずれ自分のやりたいことに手を伸ばしていけばいいと考えました」
叶さんが「自分のやりたいこと」と語るのは、主に規模や設備に関連すること。富士スバルは500人規模、光和自動車興業の従業員は6人。導入している機械も理想とは違っていました。しかし、その点は会長の田中さんが築いてきた地元の信頼を固めた上で、さらに努力して新規の顧客を獲得し、事業を拡大していけばいいと考えを切り替えました。
新しい制度を利用して承継、県内では初めてのケース
承継の際に必要な事務手続きや資産査定は事業承継支援センターの助けを借りました。かつては事業を営んでいない個人は企業を買い取るための融資を受けることができませんでした。
しかし、2018年に改正された中小企業経営承継円滑化法に基づき、事業を営んでいない個人でも認定を受けることで日本政策金融公庫から株式取得のための融資を受けられるようになりました。この適用は県内では初めてのケースだったため、手続きに時間がかかったそうです。
叶さん「会社同士であれば情報も得やすいですし、どういう点を確認すべきか頭に入っていると思いますが、私は会社を経営した経験がなくどこに気をつけるべきかがわからない。書類自体何十ページもあり確認する項目も多く、金融公庫の方や税理士の手助けがなければ難しいものでした。
また、指定工場という関係上、業務をするのに必要な自動車検査員資格の取得や、車を移動させるキャリアカーに乗るための免許に関する手続きなどの準備もあり、前職の仕事の整理をしながら1年ほどかかって、2019年8月に承継が完了しました」
業務を軌道に乗せるため、前社長が約1年間温かくサポート
晴れて叶さんが社長に就任し、田中さんは会長に就任。叶さんは、工場も社員も、そして600件以上の顧客も引き継ぎました。前職で培った整備以外にも経営に関する業務が加わり、「初めてのことに戸惑ったり時間の管理に苦労したりすることも多い」と語ります。そんな叶さんを、先代社長の田中さんが、顧客との顔つなぎも含めて約1年間サポート。
叶さん「会長とは親子ほど年齢が離れていますが、父親のようにとてもあたたかい方です。地域密着の会社として『とにかくお客様を大事にして、求められたことにはなるべくすぐに応えるように』と教えられました」
田中さんの精神を受け継ぎながらも、叶さんが時代に合わせて新しくした部分もあります。たとえば、田中さんの場合は昔からの顔なじみということで出さずに済んでいた見積もりは、作業前に必ず提示してお客様と相談してから作業に入る流れに変えたそうです。
後継者不在の自動車工場を助けていきたい
顧客や社員からの反応はどうだったのでしょうか。
叶さん「『廃業しなくてよかった』『この先も車をメンテナンスしてくれることになって安心した』という声をいただいた一方で、『会社を乗っ取ったのか』という意見もあり賛否両論でした(笑)。おおむね地域の方には認めていただき、変わらずご利用いただいているのでありがたいです。社員のほとんどは年上ですが、年齢に開きがあるからこそ反発することもなく受け入れてくれたように思います。私も先輩を敬う気持ちを忘れずに、一緒に整備や車検の監査検査に携わり、良好な関係性を築いています」
叶さんが社長に就任してからSNSなどインターネットでの情報発信を積極的に始めたところ、遠方からの問い合わせも舞い込むようになりました。なぜわざわざ遠方からお客様がいらっしゃるのか。そこには業界的な課題がありました。
叶さん「弊社と同様、経営者の高齢化が進んでいるのです。あるお客様は自宅近くの販売店に問い合わせたところ、『購入後、故障した場合は修理できない』と正直に言われたそうです。最近の自動車は電子制御なので、診断機で内部のデータを確認することになり、パソコンやプログラムの知識がないと修理できません。時代に適合していくためにも、今後、後継者が見つからず困っている会社を継承して、少しずつでも若い世代を継続して雇用していきたいと考えています」
早めに窓口に相談、そこから最善の方法を検討する
叶さんと同じように独立や第三者継承を考えている若い世代に向けては「早期に窓口に相談すること」とアドバイスします。
叶さん「個人で新しく会社を始めようとする場合、ほとんど知識がない方もいると思います。私もそうでした。金融機関や承継支援センターに相談をしてみると、いろいろなアドバイスをいただけます。そうすることでより具体的に開業に近づいていく。私も個人が会社を買い取るためには簡単には融資を受けられないということを、日本政策金融公庫に行って初めて知りました。悩んだ末に決意しても実際はできないこともあるかもしれない。まずはプロに話を聞いてみて、それから検討したほうがいいと思います」
「5年以内に2店舗目を出したい」と語る叶さん。第三者承継という形からスタートし、今も夢に向かってエンジン全開で走り続けています。
文:安楽由紀子