事業承継ストーリー

神田の名店「キッチンビーバー」が閉店。伝説のメンチカツのレシピを承継した一大プロジェクト「まぼろし商店」とは

東京・神田のオフィス街で60年間、サラリーマンたちに愛されてきた洋食屋「キッチンビーバー」。2020年10月、多くの人に惜しまれながらその歴史に幕を閉じました。

「給料日のご褒美に食べた、あのメンチカツの味をもう一度」。そんな願いを叶えるべく立ち上がったのが、株式会社ミナデイン社長・大久保伸隆さんです。

大久保さんは「まぼろし商店」と題し、閉店を余儀なくされた地域の名店のメニューを受け継ぎ、再現するプロジェクトを始動。その第一弾として、キッチンビーバーのメンチカツをお取り寄せで復活させました。

お店まるごとではなく、メニューだけを受け継ぐという全く新しい承継スタイル。この一大プロジェクトを手掛けた大久保さんに、お話を伺いました。

名店が次々に暖簾を下ろす時代。自分たちにできることを模索した

まぼろし商店プロジェクトを手掛ける、株式会社ミナデイン社長・大久保伸隆さん

飲食大手で副社長を経験し、現在は4つの飲食店を経営する大久保さん。以前から、地域の名店がどんどん廃業に追い込まれていることに課題を感じていました。

大久保さん「今の日本では、毎日2件のお店が潰れていっているんですよね。そしてその勢いはますます加速してしまっています。原因は業績不振だけじゃなくて、高齢化や後継者不足も大きく影響している。 “自分たちにできることはないかな”という気持ちがずっとありました。

でも、お店をまるごと受け継ぐ事業承継はかなりハードルが高かった。軽はずみにはできないことですよね。そこにいる人たちが時間をかけて作ってきた空気がやっぱりあるわけですから。プレッシャーはかなり大きかったです。

そんな気持ちもあって、もう少しライトな方法で、お店の価値を残していけないかと考えました。そうしてたどり着いたのが“まぼろし商店”です。お店そのものを受け継ぐのではなくて、時間をかけて作られてきて愛されたレシピを預からせてもらう。

それを僕らのお店で再現して、売り上げの一部をお店の人に還元することができればと。退職金代わりじゃないですけど、ちょっとでも生活の足しにはなるだろうと思って、構想を練っていました」

友人がつないでくれた、キッチンビーバーとの出会い

地域の飲食店の力になりたいという思いで「まぼろし商店」のアイデアをあたためていた大久保さん。しかし、実際にメニューを受け継ぐお店とはなかなか出会えなかったといいます。

大久保さん「閉店情報は、例えば食べログとかの飲食店情報サイトで調べればわかるんです。でもその時点ではもう潰れてしまった後だから、お店の人と連絡が取れないじゃないですか。

だから、“閉店前のタイミングで店主とつながりを持つ”っていう第一歩のハードルが高い。閉店するらしいっていう情報を得ても、店主の連絡先がわからずに諦めざるを得ないことが多かったです」

そんな中で出会ったのが、キッチンビーバーでした。

大久保さん「友人から、神田で通っているお店が閉店してしまうという話を聞いたんです。“あのメンチカツが食べられないと思うと残念で仕方がない。いろんな思い出が詰まっているから”と。

気になって、キッチンビーバーに足を運んでみました。店を切り盛りする高木ママに、メンチカツを食べさせてもらいました。噂のメンチカツは本当に美味しくて、これは残したいと強く思いました」

夫婦2人でお店を切り盛りしてきた、先代の高木カヅ子ママ

大久保さん「高木ママの人柄にも惹かれましたね。お客さんからは“神田の魔女”って呼ばれてて(笑)僕から見た印象は、自分のおばあちゃんみたいな感じでした。おしゃべりで、言い合いなんかもできる距離の近さがあって。“なんとかしてやりてえな”って勝手にこっちが感じるくらいの人柄だったんですよね。

キッチンビーバーはずっと、高木ママと旦那さんの2人でやられてたんです。けど、旦那さんの体調が悪くなってお店に立てなくなった。最初は高木ママひとりで何とか続けようと頑張っていたんだけど、ママも腰を悪くしてしまって、閉店するしかない状況だったみたいで。

当時の高木ママは、やっぱり気持ちの整理がついてない感じがしました。やっぱり突然自分のお店がなくなって、突然自分の生活環境が変わるさみしさとか戸惑いみたいなものは大きかったと思います。なんとかしてあげたかった」

ついにメンチカツが復活。100%の再現度でファンの食卓へ

今回のキューピッドとなった友人の川端さんと高木ママ

そうしてご縁がつながり、ついに始動した「まぼろし商店」。クラウドファンディングサービスのMakuakeを利用し、メンチカツを復活させることになりました。

大久保さん「味の再現にはとことんこだわりました。ミナデインで経営する飲食店の料理長が、キッチンビーバーで直接ママからレシピを教わって、100%の再現度を目指しました。高木ママは材料を量らずに熟練の勘で作っていたので、分量を探っていくところからのスタートでした(笑)

試作をして、味見してもらっての繰り返し。レシピが出来上がったら、手作りをしてくれる工場でそれが再現されるように、何往復もやり取りをして調整しました。難しい取り組みでしたが、高木ママお墨付きの再現度高いメンチカツができました。

もうひとつ力を入れたのが、PR活動です。メンチカツは1個数百円っていう単価の低いものなので、売上を上げるためにはたくさんの人に知ってもらって購入点数を増やさないといけない。高木ママにしっかり還元したかったので、この取り組みを知ってもらうための活動はかなり頑張りました」

努力の甲斐あって、クラウドファンディングでは394人のサポーターを獲得。目標金額30万円に対し、400万円を超える応援を集め、めでたく終了しました。思い出の味を待ち望んでいたファンの食卓に、懐かしのメンチカツが届けられたのです。

愛されたメニューと一緒に、お店の物語をつないでいく

キッチンビーバーに続き、今後も様々な思い出の味を残していきたいという大久保さん。メニューだけでなく、お店それぞれの物語も一緒に未来につないでいけるまぼろし商店にやりがいを感じているといいます。

大久保さん「この事業をやっている理由は何より楽しいから。まぼろし商店をやっていると、短編小説を読んでいる気持ちになれるんです。思い出の味を楽しむのと一緒に、お店にまつわるエピソードを知ることができるんですよね。

そのメニューを作った背景とか、常連さんとの思い出、お店の裏側や想い…。それを知って届けられることが本当に楽しいです。

みなさんそれぞれに、ずっと行き続けたいお店、食べ続けたいメニューがあると思う。今後は直営店を出して、そんなメニューたちを楽しめるようにしたいですね。加工化できるものがあったら通販でも販売していきたい…。

でもまずはやっぱりメニューを集めるところを頑張らないとですね。閉店する前の絶妙なタイミングでアプローチする難しさはありますが、今後もじわじわと規模を大きくして、たくさんの思い出の味を残していけたらと思います」

まぼろし商店のホームページでは、未来に残したいメニューを現在も募集しています。あなたの思い出の味、まぼろし商店に託してみませんか?

文:紡もえ

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