事業承継ストーリー

「働きたい」と感じられる業界を目指す。4代目が見据える、馬の飼育を通した豊かな暮らし

北海道新ひだか町。札幌から車で2時間程の場所にあるこのまちは、日本一のサラブレッド馬の生産地としても有名です。北海道のなかでも夏は涼しく、冬は雪が少ないという地域の特徴を活かし、軽種馬(けいしゅば)飼育が発展してきました。それに伴い、まちとしても「馬」の魅力発信でブランディングを行っています。

この地域で競走馬の生産牧場を営むのは前田ファーム4代目、前田宗将(まえだ むねまさ)さん。もともとは水田農家だったご実家が、前田さんのお父様の代で馬を導入。それからだんだんと馬の比重が大きくなり、現在は専業となりました。

前田ファームの4代目、前田宗将さん

前田ファームは主に、「軽種馬」という乗馬や競馬で用いられる馬が専門の牧場です。

競走馬の牧場は主に、繁殖を中心に行う「生産牧場」と走馬になるための訓練を行う「育成牧場」の2つに分けられます。前田ファームは誕生から授乳期までの初期育成、そして1歳を迎えるまでの中期育成を担っている「生産牧場」です。

兄が継がないのであれば、自分が継ぐ

前田さんが家業を継ぐ決意をしたのは20歳の頃。お兄さんが家業を継がない選択をしたことにより、前田さんは自分が継ぐことを決意しました。

前田さん「2年ほど札幌で浪人生活をしていて。でも、予備校に通っていたものの、勉強もせず、遊びまくるという堕落した生活を送っていました(笑)。これ以上ダメ人間になる前にということで、逆に良いタイミングだと思ったんです。この牧場を継がなかった兄は、自分で事業を起こしたのですが、自分にはそんな考えはなかった。でも、『じゃあサラリーマンになるのか?』と聞かれれば、それもなんだか違うなぁという感じがして。当時は自分の中でこれといったやりたい職業もなかったんですよね」

実家に戻り、学びながら経営者を目指す。その方が自分には合ってたのかもしれない、と当時を振り返る前田さん。

馬は生き物。1頭1頭違うからこその難しさ

4代目を継いでからは、牧場経営の難しさにも直面したそうです。

前田さん「二十数年前は、売却率が3割もいかなかったんです。残り7割の売れ残った馬も、なんとか値段を下げて売り切っていましたが、それまで育ててきた経費を考えたら赤字です」

生き物であり、1頭1頭が違う個性を持った馬だからこそ、小売店の仕入れなどとはまた違います。「今年は売れたけど、じゃあ来年は売れる?」「再来年はどう?」と、先の見えない不安も続きます。しかし、それを安定させるように前田さんは工夫や努力を重ねて行きました。それが結果的に、牧場の個性にもつながっているのかもしれません。

現在は、7~8割はセリで売れる状態となり、北海道競馬も存続危機を乗り越え、黒字経営が続いています。

前田さん「大事に育ててきた馬を、最終的にはセリに出して売ることになってしまう。しかしそれは競走馬として成果が出たという証であり、喜ばしい瞬間でもあるのです。育てている時の大変さはもちろんあります。馬だって生き物、自分の思うように動いてくれないことも多々ですから。しかし、トレーニングを重ねることに、言うことを聞いてくれる瞬間が必ずあります」

馬と心を通じ合わせていけることがやりがいであり、面白さのひとつだと語ってくれた前田さん。

ブラック業界というイメージからの脱却

現在、前田ファームは本場と2つの分場で生産を行うまでに拡大しています。規模拡大に伴って、初めて従業員を雇うようになったのは今から6年前の2015年。それから少しずつ、従業員として一緒に働く仲間が増えていきました。

前田さん「従業員のみんなには『ここで働けて良かった』と思ってもらえる牧場経営がしたいですね。正直まだまだ牧場という仕事は”ブラック”というイメージを持たれる方が多い業界ですから、そうした先入観を払拭できるように職場環境を整えているところです」

前田ファームでは、社会保障完備はもちろん、有給休暇制度なども充実。労働環境が悪いと辞めてしまう人が出てきて、それに伴って従業員の入れ替えが頻繁に起こってしまうと、仕事を教える方も疲弊してしまいます。新しい人が入ってきても「どうせ教えても、すぐ辞めてしまうんだろうな」と期待せずにマイナスな想いを抱え、新人さんと接してしまう雰囲気も、現場の悪循環に繋がります。

こうした状態を見かねて、どこかでこの負を断ち切らなくては、と前田さんは従業員を信じ、期待することを諦めずに向き合い続けてきました。前田さんが改めて整備した職場環境と「従業員のために」と常に期待して見守っていてくれる社長の姿を見て、若手従業員たちの心も動かされていきました。

前田ファーム初の従業員、五十嵐彩さん

「一番は『人』、だからこそ、働くことに不安はない」

2015年から働き始めた五十嵐さんは、離職率が高いと言われるこの業界では立派なベテランで、前田ファーム初の従業員でもあります。そんな五十嵐さんも、働き始めの頃は慣れない激務に大変苦労したそう。家に帰った途端、倒れ込んでしまうなんてこともあったそうですが、今ではこの馬との仕事に満足していると話してくれました。

相本孝輝さん、小夜子さんお二人は、なんとこの牧場で出会いご結婚。しかもお二人とも、東京・千葉という遠方から、前田ファームで働くために北海道の新ひだか町に移住。前田ファームは、お二人の縁を結んでくれた場所となりました。

ここに来るまで北海道には縁のないお二人だったようですが、絵に描いたような「田舎」での暮らしには「快適だよね」と頷き合います。

関東から移住し、ご結婚された相本孝輝さんと小夜子さん

小夜子さん「自然豊かで、何より食べ物が美味しい。それに、牧場に出入りしている方も優しくて、田舎特有の人間関係の息苦しさもありません」

もともと千葉で看護師をしていた小夜子さん。規則正しい勤務形態だった看護師時代に比べて、牧場で働くことへの不安はなかったのでしょうか。

小夜子さん「特に不安は感じなかったです。ここでの暮らしも合っているし、なにより社長がとても優しいから。どこの業界もきっと、働く上で一番大切なことは『人』なんだと思います」

前職では土木作業の仕事なども経験してきた孝輝さんも、以前と比べても体力的な問題はないそう。お二人の笑顔からは北海道の豊かな暮らしぶりが伺えます。

前田ファームで働く皆さんからは「社長も、ご家族もすごく良くしてくれて、スキルアップのための勉強会も開いてくれます。ここで働くことが出来て感謝している」「なにより社長がとても優しい。仕事がきついかどうかよりも、一番は『人』が大事だと思うからこそ、ここで働くことに不安はない」といった声があがっていました。

奥様の真樹さん

こうしてスタッフの方々が伸び伸びと働けるのは、前田さんに加えてもうひとり、前田さんの奥様である真樹さんの存在も大きいようです。

真樹さん「従業員もひとりの大人。ちゃんと向き合って話をすることを大切にしています。技術はもちろん大切だけれど、それだけではなく、人間同士のコミュニケーション能力や、人間力のアップなどの精神面の成長も期待しています」

前田ファームとしての今後の目標は、高卒や新社会人などが就職先を選ぶ時が来たら、この業界を就職先のひとつとして選択肢に入れてもらうようになること。そのためには、業界全体での労働条件の改善や若手の育成に対しての使命を抱いていかなければいけないという前田さん。業界全体の未来を見据えながら、北の大地で今日も馬と向き合います。

文・くらしごと編集部

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