福岡県福岡市で伊勢海老などの高級海産物の輸入卸売業を行っている「株式会社マルヨシ」。2代目の吉塚二朗さんは、2012年に継ぐ予定のなかった家業を承継しました。
お父様との対立、突然の死などを乗り越え経営を立て直し、2016年以降はさらなる会社の発展のため3社の企業のM&Aを実施するなど、事業拡大を続けています。親子承継と第三者承継のどちらも経験した吉塚さんに、事業承継についての想いをお聞きしました。
駐在員だったある日、父の会社の経営状況を聞き帰国を決意!
高校時代までを福岡で過ごし、東京の大学を卒業後は大手精密機器メーカーに就職した吉塚さん。当時はアメリカやオランダで駐在員として働いていました。駐在先のオランダにお父様が遊びに来たとき、お父様の会社の状況を聞きます。
吉塚さん「会社どう?って聞いたら最初は言葉を濁していました。あまりいい状況ではないのかな?と思って決算書を見せてもらったら、赤字続きだったことが発覚したんです。『帰国して親父の会社に入る』と話したものの、最初は『赤字続きだからよか』って断られたんですよね。だからといって、そのまま放っておくことはできません。帰国し、父が営む『マルヨシ』に入社しました」
「マルヨシ」は1986年に吉塚さんのお父様が創業した会社で、伊勢海老などの高級食材を輸入し、卸売を行なっています。創業から20年が経ち、業績は低迷、従業員の士気も下がっている中で、入社したばかりの吉塚さんは「早く立て直さなければ!」と焦っていたといいます。
吉塚さん「父と一緒に働いた6年間は、正直暗黒時代でした。それまで父とは比較的仲良くやっていたんですけど、いざ一緒に仕事をするとなると距離が近くなりすぎて対立してばかり。それでも、父の目が届かないところで財務諸表の改善をしたり、取扱商品を増やしたりと少しずつ改善していったのです」
「あなたが会社を潰したとして、明日から同じ売上の会社を作れますか?」
当時は売上目標なども設定されておらず、就業時間内であっても従業員は駐車場でキャッチボールをしているような状況。売上を上げ、経費を下げるための取り組みを行ない、経営状況を少しずつ改善させていったものの、お父様との確執は解消されることはなかったそうです。
そんなある日、お父様が病に倒れ、意識が戻らないまま約1ヶ月後、お亡くなりになりました。
吉塚さん「多額の借入金もありましたし、会社を清算した方がいいか悩み、税理士さんに相談しました。すると、『あなたが会社を潰したとして、明日から同じ売上の会社を作れますか?』と言われたのです。そして、父の葬儀の日、従業員に『私たちはどうなるのでしょうか』と囲まれ、「マルヨシ」を存続させることを決意しました」
代表取締役就任2年で、借り入れ返済の目処がつく
2012年4月、代表取締役に就任し、それから2年間はどっぷり水産事業に没頭します。
吉塚さん「従業員が危機感を持って取り組んでくれましたし、父の時代にも増して経費削減や売上管理などの業務改善に取り組みました。最初の2年は過去最高益を更新し、多額の借り入れをしていた金融機関への返済の目処もつきました。
といっても、何か大きな改革をしたワケではありません。当社のような中小企業は大企業が普通にやっていることすらできていませんので、そこを整えるだけで数字が上がることが肌感覚で感じることができたのです。このことは後のM&Aにも大きく役立ちましたね」
取扱商品を増やし、販路を拡大するためのM&Aを実施
2年間、がむしゃらに水産事業に取り組んだ吉塚さんは、ふと「このまま伊勢海老だけを売っているだけで今後も成長できるだろうか」と考えるようになり、さらなる事業拡大をめざしグロービス経営大学院へ進学。経営学を学ぶ中で、M&Aの存在が気になり始めます。
吉塚さん「会社を成長させるために、取扱商品を増やして事業を徐々に拡大させていく方法もあるけれど、M&Aを行えば成長にかかる時間を短縮できると考えました。これは早く成長できていいかもしれないと考え、2016年10月にM&Aの仲介会社を通じて、マグロの加工及び卸売会社『えくぼ水産』のM&Aを行ないました」
「マルヨシ」は輸入・卸売を行なっていましたが、加工品の製造を行なう「えくぼ水産」が加わったことで、「マルヨシ」グループは高付加価値化を実現。けれど、M&Aから約2年間、「えくぼ水産」の売上は下降の一途をたどってしまったそうです。
吉塚さん「引き継いだ際、マグロの原料相場が上がり始めていたことや、従業員の大量退職、それに伴う品質低下などが重なってしまったんです。2年ほど経った頃、ご縁があってマグロ業界30年のベテランの方に入社していただき、現在、売上は順調に回復しています」
M&Aを通じて地域の困りごとを解決していきたい
「えくぼ水産」のM&Aを経験した吉塚さんは、前経営者は後継者が不在だったことが主な理由で事業の売却を決心したことを知り、さらに世の中には後継者不足に悩む会社が数多くあることを知って、新たな想いを抱くようになります。
吉塚さん「私自身、事業承継者でしたし、地元に戻って事業をさせていただいているのもあって、地域の課題を解決するために事業承継をしていきたいと考えるようになったのです。M&Aは事業拡大のためだけでなく、地域への貢献ができます。そこで、2社目のM&Aも事業承継に課題のある会社を選ぶことにしました」
こうして吉塚さんは、2019年2月、M&Aによりふぐ仲卸及び加工・販売を手掛ける山口・下関の会社「ダイフク」を引き継ぐことを決心します。
吉塚さん「ダイフクは後継者がいないことが課題でした。M&A後、約4ヶ月で不要な経費などを削減し、事業の再構築や企業価値の向上に取り組んでいます。そして、2021年3月には3社目のM&Aを行ないました。この会社はノドグロを輸入・販売していて、偶然ですが、この会社も下関にあります。最近は水産会社のM&A案件があると、お話をいただくことも増えてきたんですよ」
グループ全体で漁業のイメージを、変えていく
これまでに100件以上の案件を検討してきた吉塚さんがM&Aを行なう際には以下の3つの点を意識しているそうです。
・後継者不足という社会的な課題を解決できるか
・自身の事業との相乗効果が生まれるか
・社内の課題を解決することで利益を伸ばす余力があるか
吉塚さん「今は、後継者不足の課題を解決したいという想いでM&Aを行なっています。水産関係って、3Kのイメージもあって採用をしようと思ってもなかなかいい人材が集まってこないんですよね。
現在、マルヨシグループは4社ありますが、これまで各々でやっていた業務を集約することでコスト的に余裕が出てきますし、そこで生まれた利益は従業員に還元していきたいと考えています。待遇面もですが、環境面も改善することで3Kのイメージを払拭し、水産関係でもこんなに面白い仕事ができるということをアピールできれば、流れも変わってくるはず。魅力的な人材が喜んで入ってくれるような環境づくりにも取り組んでいきたいですね」
吉塚さんは、企業が存続し、従業員が職を失わず、その企業の製品やサービスが絶滅しなくて済むことにM&Aのやりがいを感じているといいます。また、4社はそれぞれに取り扱う商品が異なっており、互いの得意先にグループ会社の商品を提案することで販路を拡大。グループ会社が増えるごとにグループ全体のパワーが強化され相乗効果が生まれていることを実感しているといいます。
事業承継の課題を解決しながら、中小企業の新しい形を目指す
今後は、「食品 ✕ 九州 ✕ 事業承継で中小企業の新しいカタチをつくる」ことをテーマに、新たなチャレンジを続けていきたいと吉塚さんは言います。
中小企業が抱える事業承継の課題を身を以て経験した吉塚さんだからこそ、事業承継で悩む中小企業の課題を解決していきたいという強い想いを抱くことになったのでしょう。このような想いのある方が増えていくことが、地域のさまざまな課題を解決する一歩になるのではないでしょうか。
文・寺脇あゆ子 撮影・竹内さくら(一部提供)