温暖な気候と肥沃な大地、清流天竜川を擁する静岡県西部は、温室メロンの栽培がさかんで、国内トップの出荷高を誇っています。そんな静岡県浜松市にあるクラウンメロン専門店。現在に至るまで30年近く、産地直送のクラウンメロンを届けてきました。
頭にT字型のつるを持ち、球体の表面に入ったきれいな網目模様が特徴の贈答品の定番のメロン。その中でも、メロンショップマエシマが扱うのは、静岡県袋井市・掛川市・森町・磐田市・浜松市のみで生産されている最高級のブランドメロン、クラウンメロンです。
この事業を承継した、株式会社八事財産コンサルティングの執行役員鷹野 将和(たかの まさかず)さん。鷹野さんはM&Aの専門家。メロンの専門家ではない鷹野さんがなぜメロンショップを承継することになったのでしょうか。鷹野さんにお話を伺いました。
事業承継のきっかけは、M&Aのサポート
クラウンメロンは、とても繊細で、その栽培は、ガラス温室のなかで温度や湿度、肥料や水分を徹底的に管理するなど、職人による高い技術によって行われています。栄養を1個のメロンに集中させるため1株につき1個の実を残し、あとは間引きします。こうして栽培されたクラウンメロンは、一度食べたら忘れない格別の美味しさです。最高級品はデパートで1万円以上の高値がつきます。
クラウンメロン専門店「メロンショップマエシマ」は、平成3年に前嶋功さんがクラウンメロンの直売を目指して創業、現在に至るまで30年近く、産地直送のクラウンメロンを届けてきました。前嶋さんの後継者不在や体調不良により、事業の譲渡を希望され、前嶋さんのM&Aアドバイザーとなったのが、鷹野さんでした。
交渉が難航した末に決意した、自身での承継
厳しい条件を提示する何名かの買い手候補の方たちとの間で、条件面で折り合いがつかない状態が半年以上続いていました。
鷹野さん「商品を仕入れるルートもある。お客さんもいる。運営するノウハウがある。インターネットでもお客さんがいる。30年やっているので認知度もある。100パーセントを目指していたらなにもできない。これだけ整っていたら、あとは自分でどれだけ伸ばせるかどうかだ」と決意し、アドバイザーである鷹野さん自らが、マエシマを承継することにしたのです。
鷹野さんは、クラウンメロンという地域資源を産地の浜松で扱っている点を高く評価したといいます。
鷹野さん「M&A型の事業承継の仕事をしていくなかで、事業の後継ぎがいない現状を全国で目にしてきました。メロンショップマエシマも、だれも引き継がず廃業してしまったら多くのお客さんにメロンが届けられなくなります。
地域資源が届く可能性が減少し、地域が衰退していく問題は、マエシマに限らず、日本全国で起こっている問題です。これを解決するためにM&Aがあるべきです。地域資源を活用して、地域資源が生み出す富を地域に戻し、地域――今回のケースでは浜松――をもっといい場所にしていけたらいいなと思います」
コンサルのノウハウを活かして推し進める、経営改革
鷹野さんは、現在、週に数回浜松に通い、さまざまな経営改革を行っています。鷹野さんが経営を引き継いだ後も、店頭やネットショップの対応は承継前からのスタッフが行います。
鷹野さん「課題は明確で、特にインターネット上の販売は、まだまだ強化できると感じました。サイトの古い画像を差し替えたり、SNSを活用したり、ぼくらの世代からしたら当たり前と思えることから始めています。承継前、Amazonと自社ECサイトだけだったオンラインショップは、楽天にもオープンしました。それと同時に、伝票などの処理を一括管理できるようなシステムを導入しました」
本業のコンサルでのノウハウを生かし、新しいシステムを導入することは問題なく進みました。しかし、新しいシステムを使いこなせる現場のスタッフがいません。メールを扱うことも不慣れなスタッフに、新しいシステムがスムーズに行えるようにするための工夫をしています。また、数値が見えていない状態だったキャッシュフローを、可視化し改善を行っています。
メロンで大切な人との距離を近づける
鷹野さんはメロンショップのミッションに「あなたと大切な人をメロンで近づける」を掲げています。先日、ネット経由でメロンのジェラードを購入したお客様から、以下のようなメッセージが届きました。
“これまで何度かメロンを購入させていただきました。 今回初めてのジェラートです。 いつもメロン大好きな彼に贈っていたのですが、昨年末その彼と入籍し夫婦となりました。 旦那となった彼への初めてのメロンのプレゼントとなります。 どうぞよろしくお願いします。”
鷹野さん「これはメロンショップマエシマという会社がすごくいい仕事をしてきた結果です。このお客様は、地域ブランドであるメロンの価値をすごく分かって、思い出を作ってくださっています。メロンショップマエシマがなくなってしまったら、楽しみにして思い出を作ってきてくださったお客様に申し訳ないじゃないですか」
メッセージをくれたお客様は、メロンショップマエシマの経営が前嶋さんから鷹野さんに移ったことを知りません。お客様からのメッセージは、経営者が変わっても、店が存続していく意義を教えてくれるものです。
地域資源が生み出す富を地域に戻し、地域を元気にする
鷹野さん「今回メロンショップマエシマを引き継いでまだ道半ばですけれども、地域資源を活用して上手くビジネスをして、地域資源が生み出す富を地域に戻す取り組みを広げていきたいと思っています。静岡のお茶農家、和歌山県の梅農家や、愛媛県のみかん農家、三重県の伊勢海老漁師など、同じように後継者問題で困っている方々を支援することや、わたしたちが直接引き継ぐことによって、日本各地が盛り上がっていくといいなと考えています」
いままで日本では、事業を承継する親族がいなければ、廃業するしかありませんでした。しかし、「そうではないというところをまず気がついていただきたい」と鷹野さんはいいます。
鷹野さん「M&Aは、大企業を対象にしてきましたが、今回のメロンショップマエシマくらいの小規模企業でもM&Aによって承継していくことが日本でも現実に起こってきています。そして、事業を承継したいと希望する人たちもたくさんいる。このことを売り手の人たちには分かってほしい。
頑張って何年もやってきたのに、もったいないじゃないですか。廃業したら従業員の人も困っちゃうし、楽しみにしていたお客さんもすごく困っちゃうんです。せっかく作ってきた地域資源を、ぜひ次の世代に繋いでいってもらいたい。若い人にいっちょ任せようという人がもっと増えていけば日本全体もいい方向へ向かうと思います」
いまや中小企業を対象にしたM&Aマッチングサイトがいくつも存在します。とはいえ、M&Aのマッチングサイトを眺めたところで、マッチング相手が簡単に見つかるものではありません。鷹野さんはそんな方に向けたオンラインM&Aスクールも運営しています。鷹野さんが、購入したい人に向けたアドバイスをしてくれました。
鷹野さん「再現性が非常に大事だと思っています。買収した後、それまで通りのことがきちんと再現できるかということがひとつポイントになると思います」
日本全国に点在する地域資源を活用して、地域資源が生み出す富を地域に戻し、地域、ひいては日本全体をもっと元気に――。鷹野さんの活動が各地で実を結んでいくことを願ってやみません。
静岡クラウンメロン専門店「メロンショップマエシマ」
文・林夏子