千葉県南房総市にある「みねおかいきいき館」。体験学習施設として、酪農体験や農業体験、草木染め、里山探索など様々な体験プログラムを団体向けに提供しています。食事処やお土産を扱う売店もあり、名物のソフトクリームを目当てに立ち寄る方も多いそうです。
現在事務長を務める芳賀裕さんは、この地で約20年間事業を続けてきた先代が高齢化を理由に閉鎖を考えていることを知り、2019年に事業を引き継ぎました。
今回は事業承継に至るまでの経緯や想いや、今後の展望について芳賀さんにお話を伺いました。
地域のために事業承継を決断
芳賀さんが、先代から廃業の意向を伝えられたのは8年ほど前の出来事だったそうです。
芳賀さん「先代は地域活性化のために飲食ができる施設を始めました。そこから、里山での体験事業やハウスでの園芸事業などを拡大していきましたが、だんだんと維持することが体力的に厳しくなっていき、そのタイミングで『この施設を閉めようと思っている』という相談を受けました。
私達は、農地を守りながら里山風景を維持するための活動を行う里山保全協議会という団体を作って道路整備などの活動をしていて、そのメンバーに『皆で引き受けませんか』と伝えたんです」
その結果、5年前に芳賀さんとメンバーの1人が施設を買い取り、運営を地元の方にお願いすることで事業を受け継ぐ体制が整いました。
都会の子どもたちが自然を学ぶ場
「みねおかいきいき館」を受け継ぎ、新たな一歩を歩み始めた芳賀さんたち。今は多くのお子さんたちが研修のために訪れています。
芳賀さん「昨日も練馬区の小学校の子供達が100名くらい来て、竹を使った明かりや草木染めなどの自然を活かした体験学習を案内しました。学校の研修行事として2泊3日で千葉県内の研修施設を巡るプログラムの中、大型バス3台でやってきて、半日ほどこちらに滞在していただけるケースが多いですね。体験学習の講師は地元の人にお願いしています」
多くの利用者がいる一方で、承継後、大きな危機に直面した経験もあったそうです。
芳賀さん「事業を引き継いだ直後に起きた台風被害や、新型コロナウイルスによる影響は本当に大変でした。大打撃を受けましたね。それでもランニングコストを下げる努力をしながらなんとか乗り切って復活してきたところです」
「みねおかいきいき館」の名物とも言える人気メニューはソフトクリーム。ランニングコスト削減のため、高すぎる原価率を下げられないかと試行錯誤したことも。しかし、生クリームのように濃厚な味わいを出すために原材料は変えられないという結論になり、皆さんで知恵を出し合って工夫しながら看板メニューの維持に努めています。
防災拠点としても地域に欠かせない存在
実は、芳賀さんたちに事業を引き継いだ先代の方は昨年末に亡くなられてしまったといいます。
芳賀さん「この施設は地域おこしのために作られました。今後も地域の関係人口を増やすため、何度もリピートしてもらえるようにしていきたいと思っています。そしてもう一つ、このエリアの防災拠点としての役割も含めて、無くてはならない施設なんです」
芳賀さんご自身は東日本大震災をきっかけに自主防災への意識が高まり、「ここは災害が少ない地域だから備える必要はない」という周囲の声があったものの常に災害への備えを考えていたそうです。
そしてこの「みねおかいきいき館」を承継してからすぐに、千葉県内で8万棟以上の住宅に被害を及ぼす甚大な台風被害が発生しました。
芳賀さん「このあたりも10日間ほど停電、断水になりました。ここを拠点とするべく発電機や水、食料を集め、100人分のお弁当を10日間作り続けて地域の方に配りました。大規模な災害の時には自分たちで地域を守る必要があるため、自主防災の力が発揮された出来事だったと思います」
体験学習事業を通じて地域を盛り上げるだけでなく、いざという時には地域住民を守る存在になっている「みねおかいきいき館」。芳賀さんに、今後の展望について伺いました。
芳賀さん「この先は、ここでバーベキューやキャンプができるように整備していきたいと思っています。防災という面からも、防災訓練のための『防災キャンプ』ができるようにしたいですね。
そして今後はさらに整備を進めて、大きな災害に備えて都市部からの被災者を受け入れられる状態にすることを目指しています。災害時にはまず人命救助を優先するため、結果として景観を壊してしまうこともあるのが実情です。しかし長い目で見れば、しっかりと未来に繋げられる景色を残すことは大切なので、この自然豊かな里山で防災に取り組むことは重要だと思っています」
最後に、これから事業承継を考える方へメッセージをいただきました。
芳賀さん「事業承継では、それまで働いてきたスタッフを大切にすることが一番大事です。長年勤めてきたスタッフが皆いなくなってしまったら、どうにもならなくなってしまいます。今もベテランのスタッフに調理場のことを任せていて、運営面を含めて力になってもらっています。職種や待遇面も含めて、働き続けたいと思えるための取り組みは欠かせないと思います」
広い敷地内を歩きながら細やかに説明してくれた芳賀さん。地域住民にとっても、都市部の子どもたちにとっても大切な拠点として、今後さらにパワーアップしていくことが期待されます。