事業承継ストーリー

一度は閉店が決まった豆富店。地域商社がわずか6ヶ月で復活を果たす

岐阜県の北西部に位置し、霊峰白山のふもとの美しい自然に囲まれた白川村は、約1,500人が住む小さな村です。世界遺産に登録されている「合掌造り集落」の白川郷があり、日本有数の観光地として多くの人々を魅了しています。

そこから車で約10分ほど走らせたところに、伝統食材「石豆富」を製造、販売する「深山(みやま)豆富店」があります。村民やファンに惜しまれながらも一度は閉店しましたが、飛騨の魅力を発信し、地域活性化に取り組む企業が事業承継して復活を果たしました。

日本の原風景が残る白川村で愛される伝統食材「石豆富」

「深山豆富店」は、白川村の伝統的な石豆富の製法を村の師匠から引継いだ先代の大野誠信さんが、約17年前に開業しました。新型コロナウイルスの影響による売り上げ減少と大野さんの高齢を理由に、2021年3月に一度は閉店しましたが、株式会社ヒダカラが事業承継し、同年9月に再オープン。

ヒダカラは、ITとデザインの力で飛騨の魅力を発信し、地域活性化に取り組む会社で、ネット通販やPR、マーケティングなどの領域に強みがあります。今回は社長の舩坂康祐さんと豆富事業責任者の古田智也さんに話をお伺いしました。

手前がヒダカラ社長の舩坂康祐さん。奥が豆富事業責任者の古田智也さん

舩坂さん「ふるさと納税の運営代行で2020年から白川村に携わってきました。事業をスタートした時は、白川村には何もないと言われながら進めてきましたが、魅力的な商品がたくさんありました。そこで出会ったのが、この地域で古くから冬の寒さと豊かな天然水を利用して作る石豆富と、先代の大野さんです」

石豆富とは、縄で縛っても崩れないほど水分量が少なく固い豆富で、白川村で古くから食べられている伝統食材です。深山豆富店の石豆富は白川村の湧き水と天然にがり、国産大豆を原料として、一般的な豆富よりも大量に使用される大豆の味と香りをしっかりと堪能することができます。

舩坂さん「ふるさと納税の運営を始めた時に初めて深山豆富店の石豆富を食べました。大豆の味が濃くて美味しいのは言うまでもなく、今まで柔らかい豆富しか食べたことがなかったので、硬さを追求した豆富にとても面白さを感じました。ヒダカラのスタッフにもファンが多かったので、白川村に行けばたくさん買って帰ってましたね」

地域の可能性を発信すべく、豆富事業として再出発

先代の大野誠信さん

そして、大野さんに新商品や新しい組み合わせを提案していた矢先に知らされたのが、突然の閉店報告だったそうです。

舩坂さん「スタッフ経由で閉店の知らせを聞いて、こんなに美味しい伝統食材がもう食べられなくなるなんて悲しいという感情と、何とかできないかという想いもあって、閉店1週間前に直接話を聞きに大野さんの所へ駆けつけました。相当疲れた様子でしたが、何とか石豆富は残したいという気持ちがあったようで、事業をまるごと引き継ぎませんかという話をいただきました」

ヒダカラは深山豆富店を事業継承するまで、飛騨の商品をネットで販売したり、企画やデザイン、PRの仕事が多く、豆富どころか食べ物を作った経験もない企業でした。

株式会社ヒダカラのスタッフ。中央に立つのが舩坂さん、左端が古田さん

舩坂さん「事業承継せずに閉店したら、この美味しい豆富の味も製法も途絶え、また一つ地域の大切な産品が無くなってしまいます。地域を元気にするためにこの会社を作ったので、こんな時こそ、なんとか力になれないだろうかと考えました。また、我々が引き継ぐことで人口が少なくても魅力があれば全国から注文がはいることや、白川村の可能性を知ってもらうチャンスになるかもしれないとも思いました。でも何より、石豆富に惚れ込んで人生を掛けてチャレンジしてきた大野さんが喜んでくれるだろうと思ったのが、事業承継をしようと思ったきっかけですね」

事業承継を決めるまでは、いろいろな不安を抱えながら、何度も先代やそのご家族と話し合ってきたそうです。

舩坂さん「既存事業とのシナジーも大きく、白川村に拠点を持つことで新たな人脈ができ、もっと地域に関われるチャンスに繋がると感じました。豆富職人になるのは大変そうだけど、ヒダカラのチームをフル活用して、豆富事業として取り組めば活路があるんじゃないかと考えたんです」

入社してすぐ事業責任者に立候補。試行錯誤を繰り返す

そして、事業承継とほぼ同じ時期にヒダカラの新たなスタッフに加わったのが、豆富事業責任者を務める古田智也さんです。

古田さん「前職は総合商社で海外向けの販売をしていました。元々将来的には地元に戻るつもりでいたんですが、新型コロナの影響で地元が苦しんでいると思って、27歳で戻ることに決めました。ITとデザインで地域を活性化するヒダカラに魅力を感じたのと、2年目の会社だったので、今なら重要な仕事を任せてもらえると思ったので入社を決意しました。

7月に入社したばかりだったのですが、すぐに豆富事業の責任者に立候補しました。これからの人生で、豆富作りを学ぶ経験なんて二度とこないと思ったんです。それからすぐに、大野さんからのマンツーマンの指導が始まりました。マニュアルがなく、全ては大野さん自身の感覚で豆富が作られていたので、見て覚えないといけないのが大変でしたね」

夏に修行していたために、同じ工程で豆富を作っても季節が変わると味も変わり、試行錯誤を繰り返したそうです。

古田さん「気温によって時間や水の量を変えないと、同じ味を安定的に作り出せないことが分かりました。豆の状態を見ながら進めています。まさにトライ&エラーですね。今はしっかりとデータをとって、これから誰が作っても同じ味が出せるようにしているところです。飛騨の他の豆腐屋さんにも話を聞いて、より美味しい豆富作りを目指しています」

先代の大野さんと豆富事業責任者の古田さん

先代は、「豆が腐るのではなく、豆に富み、幸せが富むように」という想いを込めて豆富に「富」という字を使用していました。その想いを受け継いで、ヒダカラでは今も「豆富」の表記を使っています。

舩坂さん「事業承継をした時に、先代からありがとうと言われたことが今でも心に残っています。心からお店を引き継いだことを感謝してくれたのが伝わってきたからです。だからこそ、深山豆富店はこれからもずっと残していきたいですね」

製造業のノウハウがない中で、試行錯誤の末にオープンまで漕ぎつけましたが、想像以上に大変だったこともあったようです。

舩坂さん「今まで個人事業で経営していた店を会社の事業として運営しようとすると、ある程度の数の豆富を作らなければいけません。売ることには慣れていましたが、作ることは会社としても初めての経験です。今まで売ったら仕入れをすれば良かったのが、たくさん売ったらたくさん作らないといけないのが想像以上に大変でした」

事業承継で新しい風を。チームヒダカラによるお店作り

9月にお店は再オープンを果たし、客層にも広がりがあったそうです。

舩坂さん「再オープンして改めて、地元の人々に愛されていたお店だったことを実感しました。さらに、全国にもファンがいたことを知りました。既存のお客さんを大事にしながら、現在はSNSの発信や他企業とのコラボを積極的に展開し、新たな顧客獲得に向けて進めています。都市部の店にも商品を卸し始めました。

事業承継は先代のノウハウが引き継げるのが魅力ですね。そして、双方の強みが活かせるとさらに面白いものができあがると思います。今は新型コロナウイルスの影響で、みんなの価値観が変わってきています。既存のビジネスにはない新しい風を吹かせるきっかけになるのが、事業承継のおもしろいところですね」

先代の頃はパートの従業員がいたものの、主に大野さん一人で切り盛りしていた深山豆富店。現在は古田さんを中心として、週末にはヒダカラのスタッフが応援に駆けつけるなど、チームの力を活かしたお店になっています。

会社の強みを活かして白川村の魅力を発信。進化し続ける深山豆富店

深山豆富店には石豆富のほかにも、看板商品の「すったて」があります。

白川村ではハレの日に振舞われることが多い郷土料理のすったては、大豆をペースト状にすりつぶしたもの。みそ汁に入れたり、具材を入れてすったて鍋として味わいます。

舩坂さん「すったて鍋は2014年に、『ニッポン全国鍋グランプリ』で優勝したこともある、白川村のご当地鍋です。先日、テレビですったて鍋の紹介をしていただいたところ、反響がすごかったですね」

得意分野のPRと豆富店の相乗効果が、早くも生まれているようです。

リニューアルしたパッケージ

舩坂さん「今後は商品パッケージをリニューアルして、お店もリフォームします。来春には豆富や豆乳、すったてスープやスイーツなど、買い物だけでなく、軽食も楽しめるお店にしていく予定です」

ネット販売に他企業とのコラボ、さらには軽食を味わえる飲食への展開など、今後が楽しみな深山豆富店。今後は地域おこし協力隊のスタッフも加わり、ますます白川村の地域に貢献するお店になりそうです。

文:八反田清正

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