事業承継ストーリー

家具引取りのつもりが、家具と常連ごと引き継ぎ。純喫茶×家具の相乗効果で純喫茶文化を守る

JR中央線・西荻窪駅北口から小さな飲食店や商店が並ぶ小路を歩いて2分。喫茶店「村田商會(むらたしょうかい)」が見えてきます。「こんな純喫茶あるよね」と思わせる懐かしい雰囲気のお店。店主の村田龍一さんは2018年に、1973年創業の「POT」を引き継ぎ、この「村田商會」をオープンさせました。

そもそもは家具を引き取るために向かった純喫茶

村田さんは2015年に10年以上勤めた会社員を退職。閉店した喫茶店の家具や食器を引き取ってメンテナンスし、インターネットで販売する「村田商會」を設立しました。

長年愛されながらも「古い」という理由で捨てられてしまうテーブルやイス、カップやカトラリー。昭和レトロのファンだけでなく、喫茶店ファンの間でも村田商會は話題となり、2018年には著書『喫茶店の椅子とテーブル〜村田商會がつないだこと〜』(実業之日本社)を上梓。西荻窪のPOTにも家具を引き取りに行くつもりでした。

村田さん「POTには数回来たことがありました。たまたま僕のことを知っていた常連のお客さんから『閉店するらしい』という連絡をいただいて、引き取りについて相談しようとマスターに会いに行ったんです。そこで話を聞いているうちに、このまま閉店してすべて壊してしまうのは惜しいと思い、引き継ぐ人がいないか知り合いに声を掛けてみたのですが、そう簡単にはみつかるわけもなく⋯⋯」

高齢化、設備の老朽化⋯⋯年々減っていく「純喫茶」の文化

「村田商會」のオーナー村田龍一さん

その時マスターは85歳。子どもはいましたが、親子間の事業承継という選択はなかったようでした。それまで村田さんが家具を引き取ってきた経験から考えても、「個人経営の喫茶店を子どもが継ぐのは難しいことが多い」と言います。

村田さん「マスターが高齢のために引退する場合、子どもはもう中年期。すでに別のお仕事をバリバリやっている世代ですよね。それに引退を決断する頃には顧客も離れていたり、設備も老朽化していたりとお店自体が弱ってしまっているケースも多い。純喫茶はピークとなる1980年にはおよそ15万軒ありましたが、大型チェーン店の進出や嗜好の変化によって年々廃業する店が増えているのが実情です」

また、建物の老朽化による取り壊しや再開発エリアに入ったため承継自体が不可能ということも少なくありません。幸い、POTは建物を取り壊すわけではく顧客もたくさん付いている。駅から近く、一人で営むのにちょうどいい大きさ。お店に食器を置いて販売するスペースもあり、村田商會としての事業を続けながら営業できる。自宅からも近い。

以前から「いつか自分で喫茶店をやってみたい」という夢を描いていた村田さんにとってまたとない好条件でした。それでも1カ月ほど悩んだそうです。

常連客の励ましとマスターの言葉が背中を押した

村田さん「こんないい条件のところはそうそうない。保証金等で何百万円と必要なことはわかっていましたが、居抜きなのでイチからお店を開くことに比べればそこまで多額のお金がかかるわけでもありません。

ただ一番の不安は、開店後、売り上げが成り立つかどうか。飲食関係の知り合いに相談してみても『厳しいんじゃない』と言われました。でも、2回、3回とお店に来てマスターの話を聞いているうちに『やってみたい』という気持ちが強くなってきて、最終的には勢いで決断しました」

当初、マスターからは厳しい言葉もあったそうです。

村田さん「『そんな簡単なことじゃねぇぞ』と言われましたね。逆に、常連さんたちが『せっかくやりたがってるんだから協力してあげなよ』とマスターを叱ったり、『がんばりな』と励ましてくれたりしました。最終的には『ぜひやってくれ』と言ってもらえたのでありがたかったです

開店費用は、貯金やリターン型のクラウドファンディングを活用することで調達。古くなっていたシンク、製氷機、冷蔵庫は一新し、水道管を引き直しました。一方、カウンターやテーブル、イスはそのまま。カップもPOTのものを使っています。その他のお皿や装飾品、店先の大きなコーヒーカップのサインは他の喫茶店から引き取ったものです。POTと、そしてさまざまな喫茶店が重ねてきた歳月が溶け合って流れているかのようです。

少ないメニューから少しずつ増やしていく

村田さんが喫茶店に通うようになったのは学生時代。昭和の小説が好きであちこちの古書店を訪ねては、その街の純喫茶で読んでいました。純喫茶の雰囲気が古書を読むのにぴったりだったからです。そして徐々に喫茶店そのものの魅力に引き込まれていきました。1つとして同じものはない内外装、メニューの味わい、店主の人柄⋯⋯純喫茶文化を愛おしみ、「少なく見積もって1000軒以上」のお店を巡ったと言います。

とはいえ、自分が飲食店を経営するのは初めて。家具専門店にする選択も頭をよぎりましたが、「POTを引き継ぐからには常連さんに喜んでもらいたい」という情熱と、「駅近の家賃を考えると飲食でも稼いでいかなければ」という現実の両面を考えてのチャレンジです。

お店の人気メニュー「プリン・ア・ラ・モード」

村田さん「もともとコーヒーが好きで自宅でも淹れていましたし、喫茶店のメニューを自己流で再現することもちょいちょいやっていました。とはいえ商売にするのですから、本当はマスターに習えばよかったのですが、閉店してから遠方に引っ越してしまい機会がありませんでした。なので、初めはコーヒー、カフェオレ、トースト、ナポリタンと最小限のメニューでスタートして、少しずつ増やし今に至っています」

現在、ドリンク、フード合わせて50種類以上。関東ではあまり見かけない関西の純喫茶名物「キューピッド」というドリンクがあるのは喫茶店を愛してやまない村田さんのお店ならでは。

純喫茶×家具・食器販売の相乗効果で新規顧客を呼ぶ

食器やカトラリーなども常時販売している

開店から3年目。2020年春には新型コロナウイルスの影響で休業を余儀なくされましたが、飲食だけでなく食器の店頭販売、倉庫に保管している家具の通販があることが大きな強みとなりました。現在、売り上げは通販と飲食、半々になっているそうです。

村田さん「1年目は認知度が低かったこともあり飲食の売り上げはあまりいいとは言えませんでした。POT時代から今も来てくださっているお客様もいらっしゃいますが、やはり離れていった方も多いと思います。2年目からは、通販のお客様が来てくださったり、トークイベントやアート作品の展示などを頻繁に開催することで新しいお客様を呼び込むことができ、経営としては安定するようになりました。

たまたま立ち寄った近所の方が、その後足繁く通ってくださることも増えましたね。“常連さん”というとカウンターに座っておしゃべりするイメージがあるかもしれませんが、もちろんそういうお客様もいらっしゃいますが、僕が自分から話しかけないせいか、何も会話しないまま毎週のようにコーヒーを飲みに来てくださる方も結構いらっしゃいます」

西荻窪にはアンティーク店が並ぶ骨董通りがあることもあり、ぶらりと散歩のついでに食器を眺めていく人、窓から店内に並べられた食器をのぞいて入ってくる方もたくさんいます。昨今の純喫茶ブームも追い風となり、若い女性客も増加。POTの味わい深い空間をそのまま受け継ぎながらも、店は村田商會として新しく生まれ変わったのです。

村田さん「飲食の他に副業を持っていたり、うちのように物販を行ったり、夜は別の方に間貸しして営業したり、複数の収入のつてを持ちながら経営している喫茶店が徐々に増えてきたように思います。ずっと変わらず同じ形で残していくパターンももちろんいいのですが、時代に合わせて変えていかなければ生き残れないという現実はあると思います。

営業形態が多少変わっても、形を残すことで喜んでくださるお客様がいるのなら嬉しい。自分で言うのはおこがましいですが、“モデルケース”ではないけれど、こういう形で受け継いでいく形があると知っていただくことで、愛されてきた喫茶店が1軒でも多く残り、喫茶店文化を継承し、まちの活性化につながればいいなと思っています」

事業を、ものを受け継ぎ、文化をつなげていく。その担い手が増えていくことを村田さんは願っています。

村田商會ホームページ
https://muratashokai.theshop.jp

文・安楽由紀子

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